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いつか綻ぶ幻想花  作者: 羽乃雪文
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第十一話 覚醒する古代樹

第十一話 覚醒する古代樹


 クロードとリノアが皇都に戻って数日が過ぎたが、リノアは未だ自身の取り戻した記憶の一部をクロードに言い出せずにいた。

 クロードは依然としてリノアに対して親身になってくれていたが、今はリノアの方が若干気後れしている。

 明確に思い出した記憶ではないけれど、あの魔術師に聞かされたもの、数多の命を奪ったという事実は今なおリノアの心を縛っていた。


「リノア」


 不意に声をかけられ、リノアははっと我に返って顔を上げた。


「考えるのも大切だとは思うけど、たまには息抜きも必要だぞ?ちょっと近くを散歩でもしてこないか?」

「……うん」


 手を差伸べるクロードに、おずおずとリノアはその手を取って座っていた椅子から立ち上がった。

 クロードの手は温かい。

 そう、生きているという事実を明確に感じ取ることができる。

 そしてそれが今のリノアには逆に恐ろしかった。

 もし、魔術師の言っていた様にリノアが再び魔力暴走を引き起こしたとしたら。

 それは親身になってくれているクロードの命も巻き込むのではないか、と。


「クロさん……」


 宿屋の階段を降りながら、リノアはぽつりと呟いた。


「どうした?」

「……クロさんは、ボクが……」


 一瞬言葉に詰まって、でも意を決してリノアは小声でそれを口にした。


「ボクが、クロさんの隣にいていいと思う?」


 きょとんとした顔をしてリノアを見つめるクロード。


「ボクは……たぶん、たくさんの命を既に奪ってきた。そうあの人は言ってたんだ。それが事実なのかはボクにはまだはっきりとわからないけど……でも、嘘だって否定できるほどの確証もなかった。だから……」

「リノアは俺の隣に居たくないか?」


 リノアの言葉を切って投げかけられたその言葉に、リノアは首を横に振った。


「そんなことない……クロさんの隣は温かくて、一緒にいてすごく落ち着く。でも……」

「ならそれでいいじゃないか。人はどうやっても過去には戻れないんだ。例えあの魔術師が言っていたことが真実だったとしても、俺はリノアが隣に居てほしいと思ってる。それじゃダメか?」


 どうして。

 どうしてこの人はこんなに温かいのだろう。

 クロードの発する一言一言が、今のリノアには眩しくて、嬉しくて、けれど同時に苦しかった。

 クロードと一緒にいたい、それはリノアの本心だったけれど、同じくして自分にはその価値がないと思っていることも事実だった。

 答えは、自分で出さなければいけない。

その時、不意にリノアの心臓が強く鼓動を打った。

 深く、体内に響き渡る様な心音。

 ぐらりと階段の途中で傾いたリノアの身体を見て、慌てた様子でクロードが手を伸ばす。

 しかしその手が届こうとした瞬間、強烈な雷撃の様なものが二人の間に迸り、思わずクロードは手を止めていた。

 倒れかけたと思ったリノアの身体はゆらりと宙に浮き、その目は虚ろな視線を辺りに投げかけていた。


「リノ……ア……?」


 それが今まで感じていたリノアの気配ではないことをクロードの髭は察知していた。

 けれど今の今まで話していたリノアは紛れもなくリノアで。

 突然の気配の豹変に思わず後ずさったクロードの視界から、瞬間的にリノアの身体は転移した。

 魔術的なものではなく、何か人智を超えたエネルギーの波動を受け、思わず全身の毛が逆立つ。

 宿の外の人声が騒がしくなったのを聞き、クロードは階段を飛び降りて宿の外へ向かった。

 宿の外、その先の広場にある噴水の上空にリノアと思しき人物は漂っていた。

 一般人から見れば宙に浮いたまま移動するような人間は常識的になく、旅人や傭兵、魔術師といった魔術に幾らか場慣れしている者たちでも、今のリノアが宙に浮いている原理は皆目見当がつかないようだ。

 それ故辺りの騒がしさは物珍しさと野次馬で徐々に膨れ上がっており、謎の気配を纏ったリノアはその様子を冷えた眼差しで見下ろしていた。

 リノアの唇が音を立てずに静かに動いた。

 そしてそれを読んだクロードは背筋に悪寒を覚えた。


『喉が……乾いたな』


 言葉自体は一般人が口にするそれと全く変わらないというのに、背筋を襲った寒気が止まらない。

 嫌な予感がする。

 そう直感したクロードは人混みから後退り、周りに見えないよう袖の下で懐刀を構えた。

 す、とリノアが手を伸ばし、その指を小さく鳴らした。

 人混みの騒音に掻き消される程度かと思われたその音は、波動のようなものを放出し噴水近くに集まっていた人混みを軒並み容易に吹き飛ばした。

 途端に辺りの喧騒は恐慌の声へと変貌し、しかしリノアの動きはそれだけに留まらない。

 リノアが掌を上に向け、指を引き上げるような仕草をした直後、波動に吹き飛ばされて気を失ったり動けなくなった人々の身体から、視覚化できる量のマナが魂のように抜き取られ、リノアの指先に集まってゆく。

 ふいにその視線が、人混みから離れていたおかげで難を逃れたクロードを見つめた。

 クロードの視界から消えたリノアが目の前に現れ、吟味するようにじっくりとクロードを見つめる。


「リノア……?」

『其方……何故妾の力の片鱗を持っている?』


 力の片鱗。

 そう言われてもクロードには何の事なのかさっぱり理解できない上、リノアと思しきその人物はふいに指先に集中させていたマナの塊を吸い込むように呑んだ。


『ふむ……足りぬな』


 その目が、視線がクロードの胸元を捉える。


『渡してもらおうかの、妾の力を』

「魔術隊、総員放て!!」


 ふいに聞こえたルーエンの声に合わせて、目の前のリノア目掛けて複数の氷刃が降り注いだ。

 けれど、魔力の乱れに事前に勘付いたのか、瞬く間にクロードの目の前から転移したリノアは再び上空からクロード、そしてクロードの危機を辛うじて防いだルーエンと魔術隊を見下ろしていた。


『何故邪魔をする?妾を呼び起こしたのは人の子だというのに』


 クロードと魔術隊を交互に見た後、リノアと思しき人物は空から転移して消えてしまった。


「何だってんだ、一体……」

「クロード、一般人の救護を頼む、至急だ!」


 空を見上げて呟いたクロードにルーエンが檄を飛ばす。

 慌ててルーエンの手伝いをするため、都民たちを助け起こし始めたクロードだったが、すぐにその異変に気付いた。


「これ……どういう事だよ……」


 倒れていた都民たち、リノアにマナのようなものを奪われた者たちは軒並み呼吸をしていなかった。


「っ……あの化け物……!」


 ルーエンが苦い顔で舌打ちする。


「ルーエン!これ……どういう事だよ!」

「魔術隊、恐らく奴はこの場を離れた。至急都民の肉体の安全を確保し、この場から連れ出せ。クロード、お前はこっちだ!」


 言われるがままルーエンに着いていったクロードは唐突に振り返ったルーエンに強かに頬を叩かれた。


「なぜあの子供を、いや、あの化け物を監視下に置いておかなかった!」

「っ……!化け物じゃない、あれはリノアだ!」

「人間の魂とも呼べるモノを奪うあれはもうあの子供じゃあない、厄災だ。ギルド上層から既に抹殺の指令が出ている。言っただろうクロード、君が守りたいと思っていたモノは人間じゃあない、と」


 思わず拳を握りしめるも、今目の前でリノアが行ったことはクロードもしかとその目で確認している。

 言い返したい事は山ほどあったが、自身の目で見たそれを覆してまでルーエンの意見を否定することは出来なかった。


「じゃあ……ルーエン、お前は……リノアが何なのか知ってるのか?」


 絞り出すように口から出たクロードの低い声にルーエンは静かに頷いた。


「アレは『ラズラワズリ』、この大陸に古くから在る伝承の中の存在だ。通称は『古代樹』、地脈のマナを吸うことによって悠久の時を経て生き続けてきたある種の伝説だ。本来なら人間に危害を及ぼすような存在ではないし、そもそもアレの存在は人間種とほぼほぼ関わりがない。アレは自然を司る大いなる精霊の一種、その中でも特に無害な物のはずだった。だが……」


 広場で倒れた都民を救護しギルドに運び込むメンバーたちをちらりと見て、ルーエンはクロードに囁いた。


「もう、見ただろう。アレは本来のラズラワズリではない、歪められている。先日の廃墟の魔術師が関わっていることは明白だが、私たちは皇都を守るギルドとして、まずアレを狩らなければならない」


 リノアを、殺す。

 ルーエンの言葉は、ギルドの指令はそれを意味していた。

 ギルドに所属させてもらっているクロードにとって、その指令は無視できないものだった。


「もうわかっているだろう、優しさだけでは人は救えない。クロード、君がどれだけあの化け物に親身になろうとアレはもう手遅れだ」


 諦めたくないという気持ちは本心だった。

 あの謎の意識体をリノアの身体から引き剥がせば、あるいは。

 そう思っているものの、それは願望であり現実味があるとはとても言えなかった。


「一時ギルドに戻る。 緊急時だ、君もすぐに来るように」


 そう告げてルーエンは足早に魔術隊の去っていった方角、皇都のギルドハウスへと行ってしまった。

 路地裏に残され、思わず煉瓦の壁に左の拳を強く叩きつける。

 自分が守りたいと思ったものは何だったのか。

共感はただの押し付けで、リノアには何も伝わっていなかったのだろうか。

 否。

 リノアはクロードの言葉にちゃんと応えてくれていた。

 商人の荷車から助け出したあの時から、少しずつでも人間らしく笑うことを覚えていっていた。

 それをむざむざ否定などさせはしない。

 視線を上げ、クロードは足早にギルドハウスへ向かった。


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