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いつか綻ぶ幻想花  作者: 羽乃雪文
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第九話 行方を追って

第九話 行方を追って


「クロード!」


 傷を負った腕を押さえながら足早にギルドに向かっていたクロードを、まだ日が明けていない暗闇の中で聞き慣れた声が呼び止める。


「……っ、ルーエン!?」

「あの子はどうした、まさか一人に……!?」


 ぎり、と歯を食いしばって声を捻り出す。


「……攫われた……俺の力が及ばないばかりに……でもどうしてリノアのことを?」

「あの子の魔力反応が少し奇妙だったので多少ギルドの方で調べさせてもらった。それで判明したんだが、あの子は人間じゃあない。種族について確実なことは言えないが、少なくともその事実だけは合致しているはずだ」

「それがどうした!リノアはリノアだ、人間じゃなくたって俺が……守ってやらないといけないのに……っ!」


 もっと慎重に相手の動きを探っていれば、あの時痛みに怯まなければ、様々な後悔の念が襲いかかり、クロードは拳を握りしめた。

 右腕の傷口から血が溢れ出したのを見て、慌ててルーエンは腰に下げていた傷薬と包帯を手に取り、クロードの腕に応急措置を施し始めた。


「落ち着け、クロード。君があの子に特別な感情を抱いていたのは私も承知しているし、守りたい、助けたいのも理解できる。けれどまず君が普通に戦える状態でないとそもそも話にならないだろう?」

「……済まん……」


 拳を紐解いて大人しくルーエンの施術を受けるクロード。

 ルーエンの言葉で少し頭が冷えたのもあり、クロードは先程抱いた疑問をルーエンに投げかけた。


「そうだ、リノアの魔力反応が奇妙だったとしても、なんでルーエンはそれをわざわざ調べようと思ったんだ?」


 その問いかけに一拍おいて、ルーエンは静かに語り始めた。


「あれは君がちょうどうちのギルドに一時所属するようになって少し経った頃かな。ここ、皇都ファーラーンより西の丘にマンドラゴラの群生する深い森があるのは知っているか?」

「ああ、薬師たちが薬の材料を採りに行こうとしては『還らずの森』の異名に尻込みして避けて通るあの森だろう?あれがどうかしたのか?」


 クロードの語った情報を聞いて頷くと、ルーエンは言葉を続けた。


「あの森の奥でちょうどさっき話したぐらいの時期に奇妙な魔力放出反応があってね、それについてこの都のギルド、つまり我々が調べに行ったんだが、どうやら人が滅多に立ち入らないという好条件を踏んで何者かが森の奥に研究用の施設を作り日夜実験を繰り返していたようなんだ」

「実験……ってまさか……」


 まぁ待て、とルーエンがクロードを静止する。


「なぜ憶測でしか語られていないのか、それは我々が施設を発見した時には既に施設はもぬけの殻だったからだ。実験場と見受けられる広間や被験体たちを収容する監獄なども存在した故にそのような憶測が立てられたわけだが」

「……確証はない、ってことか……施設内の書物や記録物なんかは残っていなかったのか?」


 クロードの言葉にゆっくりと首を横に振るルーエン。


「残念ながら、何も。というのもその魔力放出反応があってから我々がそこに辿り着くまで三日ほどの空白があってね。その三日の間に我々の先を越して別の人間がそこに立ち入っていたらしいんだ。あの時の魔力放出反応はそこらの魔術師の魔力をゆうに超えていた。謂わば魔力暴走と言っても過言ではないだろう。そしてそれをそこの研究員たちが直に受けたなら最悪その場で絶命、運が良くても後遺症を少なからず受けていたはずだ。そして、その施設は……」


 ふいに口を噤むルーエン。小さく黙祷を捧げたのち、再びクロードの目を見てルーエンは話し始めた。


「魔力暴走の後から侵入した何者かに火を焼べられていた。研究情報の抹消というよりはそこに訪れたその人物の姿を広められないために、施設を残った被験体や研究員ごと火にかけた、という表現が恐らく正しいんだろうね。だが、その人間がそこまでして身の隠匿を気にかけた理由が我々には掴めなかった。そしてそのまま月日が流れ、施設の調査にもけりがついた、そんな時だ。君が、あの子を拾ってきたのは」


 そこまで聞いて、ふいにクロードは妙な予感を覚えた。

 ルーエンはギルドの受付人だが、一個人にここまで肩入れするような行動は起こさない。

 常に己の本心とでも呼べるものは表に出さず、仕事としてギルドの受付人をこなすルーエンがクロードに、そしてリノアの事に関してここまで調べているのは些か親切を通り越していた。


「ルーエン……?」


 クロードが何かを察したことに気付いたのか、ルーエンはクロードの右腕の治療を終えると一息ついてからそれを口にした。


「クロード、これは私個人ではなくギルドからの指令だ。あの子は、リノアと言ったかな。魔力反応の波長からしてあの子は件の施設の生き残りである可能性が濃厚だ。故に……」

「リノアを……どうするつもりだ……?」

「何も傷つけようというわけじゃあない。ただ、もしあの子が魔力暴走を起こして件の施設を壊滅させた元凶ならば、それ相応の措置を執る必要も出てくる。我々が、ではなく、あの研究施設に関与する者たちが、かな」

「ぼやかす、ってことは其奴らの存在は確認済みなんだな?なら尚更、リノアをギルドに引き渡す訳にはいかない。俺の保身なんてものだったら直ぐにでも投げ出したって構わない。だが、リノアは別だ。俺がリノアに肩入れする理由なんて、お前たちから見ればしょうもないかもしれない。それでも、リノアは、俺が助けてやらなきゃいけないんだ」


 そこまでクロードの言葉を聞いて、やれやれ、とルーエンは小さくため息をついた。


「皇都のギルドであるうちの指令を聞いてもその信条を曲げるつもりはない、か」


 立ち上がってからクロードに向けて、手を差し伸べるルーエン。


「助けに行くんだろう?私も手伝う」

「……?」


 意図を汲めず、不思議そうな顔をしたクロードに、ルーエンはクロードの傷ついていない方の腕を掴んで立ち上がらせた。


「独りで突っ込むよりは後ろを任せられる人間と組むべきだ。何より、今の君は片腕とは言え手負い。ギルドの方に話は通しておく、極力君の意見を尊重したい、と」

「ルーエン……」

「貸し借りとかではなく、ね。私自身、君が何故あの子にそこまで固執するのか少しばかり興味もある。あと、君一人では足取りが追えないだろう」


 うぐっと言葉を詰まらせたクロードにルーエンはふふっと笑ってすぐに真面目な顔に戻った。


「見る限りでは戦う用意は出来ているようだ、すぐに向かおう。魔力反応を追う事に関しては私の得意分野だからね」


 皇都やその近辺を記した古びた地図を広げると、ルーエンは懐から小さなペンデュラムを取り出し、目を閉じてそれを地図に垂らした。

 ペンデュラムを中心に、地図に蒼い光がふわりと広がり、地図状に波打つ光点がいくつも浮かび上がる。

 目を開いてその光点を見比べると、ルーエンは小さく、見つけた、と呟いた。


「今皇都の西に抜けて行っている薄紅の光、これが恐らくあの子の魔力反応だろう。向かう先は……直線上に結べばやはりあの施設、か」

「その研究施設とやらはもう何もないんじゃなかったのか?さっき調査にけりがついたって……」

「もちろん、我々の調べる限りではもう何もなかったとも。だがそれはあくまで『我々』が施設で調べた結果だ。もしあの子が施設を動かす鍵なら、何もなかったあの施設が再起動しても何ら不思議ではない」


 向かうぞ、と静かに促してルーエンは地図を抱えながら先導して走り始めた。

 無事でいてくれという気持ちと必ず助けるという決意を胸に、クロードはルーエンの後を追い、未だ夜の明けない市街地を走り過ぎていった。

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