全ての元凶 ミゲルという男
「うひ~♪ 今日もギャンブルで大負けしちゃったぁ」
とても負けたとは思えないような明るい声で呟き、街をふらつく1人の男がいた。ひょうきんな態度で口笛を吹きながらチラチラと辺りを見渡している。
「うひひ、まあ、別に僕のお金じゃないからいいけどね」
そう言って男……ミゲルは思い出し笑いをした。
このお金の元の所有者であったエマの旦那、ザインが自分とエマが愛し合う姿を間抜け面して見ていたのを思い出したのだ。
「あの時の絶望した旦那の顔、マジでウケたわ~! エマも凄い締まりが良くて僕と相性バッチリだったし、本当にこの前の夫婦は実入りが良かったなぁ」
ニヤニヤとしつつミゲルは再び辺りを見渡す作業へと戻った。
次の獲物を探しているのだ。
「今回はどんな女にしよっかな~♪ しっかし、これを手に入れてから僕の人生薔薇色だね♪」
笑顔を維持したままミゲルはポケットから小さなキューブ状の物体を取り出す。
彼が持っていたのは、遺跡に眠る聖遺物と呼ばれる超常の力を持つアイテムであった。
ミゲルは元々、戦闘力も低い3流の冒険者として生活していた。
狡すっからく報酬の何割かをメンバーに内緒で懐に入れて喜んでいるような小物冒険者だったのだ。
そんな彼に転機が来たのは、ある遺跡調査の依頼を受けて、遺跡へと入った日だ。
他のメンバー達が前へと進んでいる最中、盗賊だった彼は隠し扉の存在に気付き、こっそりと一人で中へと入って行った。
財宝があったら独り占めできるかも知れないという浅はかな考えからである。
しかし、運が良いのか……いや、彼以外の人々にとっては運が悪かったというべきか、隠し部屋にあったのは想像を絶するような代物だったのだ。
――聖遺物『心変わりの宝珠』
青白く光るキューブ状のこのアイテムを手に入れてから、ミゲルの人生は一変する。
最初は盗んだものの、どんな効果なのか分からなかったミゲルだが、切欠は同じパーティに所属していた幼馴染カップルと一緒に居た時に起こった。
「今日も疲れたよ~! ねぇアレックス! 甘えさせて~♪」
「フィリス……みんなの前でそういうことは、なるべく」
「いいじゃない! あたし達がラブラブだってことくらい、みんな分かってるよ! ね、ミゲル?」
「あーはいはい。そーですね。羨ましい事で」
「ほら! だから、思いっきり甘えちゃうの!」
「もう、仕方ないな……」
「えへへ~♪」
パーティのリーダーであるアレックスと、彼とずっと一緒に過ごしてきたフィリスの関係は周知されたものであった。
だが、自分の目の前でイチャイチャし始める幼馴染カップルに段々とイライラしてきたミゲルは心の中で悪態を付いた。
(うぜぇな、猿共が。人様の前でイチャつくなよ、マジでゴミだなこいつら。モラルって言葉を知らねぇのか? 死ねよカス)
その間にも2人のイチャイチャは激しくなり、やがてフィリスの服が少しはだけ始めた。
(しかし、頭は猿未満だが良い身体してんだよなこの女。はぁ……ヤりてぇ)
チラチラとフィリスの身体を見ながら、ミゲルは心の中で溜息を付く。
……この時、偶然にも遺跡で拾った聖遺物をポケットの中で握り締めていた。
すると一瞬だけ聖遺物がポケットの中で強烈な光を放出し、それがフィリスの中へと入って行った。
(は? 今のなんだ?)
不可思議な現象に首を傾げるも、目の前の二人はまるで今の光が見えていなかったかのように気にした様子もなかった。
「アレックス~♪ 好き好き! だいす――」
「ちょっと、フィリス。それは流石にはずかし……ってあれ、どうしたの?」
「…………」
だが少し経つと、フィリスの様子がおかしくなる。
アレックスに甘えていたはずの彼女が急に黙り込み、ミゲルの方を熱い視線で見始めたのだ。
そして、ミゲルの方へと近づいてきた。
「ん? どうしたんだよフィリス」
「ああん♡ だめ、もう我慢できないよぉ!」
不思議に思ったミゲルが声を掛けると、突然フィリスがミゲルの唇を奪い熱心にキスをし始めたのだ。
「んちゅ、ちゅっ、ミゲルの唾液美味しい♡」
「なっ!? フィリス! なにをしてるのさ!!」
恋人の目の前でいきなり他の男と舌を絡め合うフィリスを見て、アレックスは大声を上げた。
当のミゲルも事態に困惑こそしていたが、フィリスの瑞々しい身体の感触と甘い匂いで混乱よりも性欲の方が勝ったため、フィリスを抱き寄せ彼女の唇を貪るように味わった。
「どういうつもりかは知らないけどさ、誘ってるなら遠慮なく頂いちゃうけどいいの?」
「うんうん、いいよぉ! アレックスみたいな弱い雑魚キスと違って、すっごく男らしいキス気持ち良い♡ ねぇ、あたしの全部、ミゲルで染め直して?」
「あはは、酷い女だなお前。彼氏の前で普通そんな事言うか?」
「じゃあ別れるからぁ! 今からあたしの彼氏はミゲルになっちゃったからいいの! アレックスみたいゴミ、もういらなーい♡」
「そ、そんな……嘘でしょ、フィリス? 一体どうしちゃったのさ!!!」
悲痛な叫びを上げているアレックスを見て、激しい優越感を感じるミゲルは、もっとこの惨めな負け犬を貶めてやろうと思った。
「うわぁ……ゴミとか言われて哀れだねぇ。よっぽど下手くそだったのかな幼馴染君は」
「ミゲルに比べたら、ゴミみたいなキスだった♡ マジでなんであんなのと付き合ってたのかわかんなくなっちゃいました♪」
「ぷっ、それは流石に言いすぎじゃない……? ゴミックス君、ぷぷっ! いや、アレックス君に悪いよ~」
「もう、あんなのどうでも良いからぁ♡ ミゲルに一杯シてほしいよぉ」
もはやアレックスの事を見向きもしないフィリスを見て満足したミゲルは、その場で彼女と身体を重ね合った。
先程まで自分に愛を囁いていた最愛の幼馴染が突然パーティメンバーの男と愛し合い、獣の様なあえぎ声を上げ喜ぶ姿を見て、アレックスは悪夢を見ているような気分となっていた。
「フィ……リス……どう、して」
掠れた声で小さく幼馴染を呼ぶアレックスに、ミゲルはニヤリとした顔を見せてこう言った。
「あれ? 負け犬君まだいたんだ? フィリスはもう僕の女になったんだから、ただの幼馴染があんまりジロジロ見るなよ~。あぁ君の幼馴染、ちょー気持ち良い♪」
「う、うわぁぁぁああああああああああああああ!!!」
発狂して走り去ったアレックスのその後は分からない。
ただ、幼いころから一緒だった幼馴染を最悪な形で寝取られた彼の心は、修復不可能なくらい破壊されてしまったのは言うまでもない。
きっと彼の未来はとても暗く、悲惨なものとなっているだろう。
今まで何をしても勝てなかったリーダーを完膚なまでに叩き潰した優越感。
この時のミゲルは、まさに自分が上位者となった気分であった。
これがミゲルの悪行の始まりであり、彼によって愛を壊された最初の被害者達となる。
元は3流冒険者に過ぎなかった彼は、この一件から変わり始めたのだ。