浮気した女が囁く愛など誰の心にも届かない
ザインを探してから、どれくらい時間が経ったのでしょうか。
アテもないまま探しに出てしまいましたが、一向に足取りが掴めませんでした。
彼がいつも働いているお店へ行くと、今日は来ていないと言われました。
いつも真面目に頑張っていたザインが、何の連絡もせずに休むなんて普通ではないと思ったのでしょう。もしかして喧嘩でもしましたか? とお店の人からやんわりと聞かれましたが、私は何も答える事が出来ませんでした。
夕方になっても見つからず途方に暮れていると、夫の友人であるガイさんとばったり会いました。疲れた顔してるけど何かあったのか? と心配されたので、先ほどお店の人から言われたことを咄嗟に思い出した私は、ザインと少し喧嘩をしてしまい彼が家を出て行ってしまったと嘘を付いてしまいました。
……本当の事なんて、とても言えません。
すると、何かを納得したような様子を見せた後、ガイさんがザインの居場所を知っていると言い出したのです。
「昨日、ザインの奴があそこの宿屋に入るのを見たんだ。なぜ家に帰らないのかと不思議に思っていたが、そういうことだったんだな。喧嘩するほど仲が良いとも言うが……ちゃんと仲直りした方がいいぞ、エマさん」
ガイさんが指さしたのは、酒場の近くにある宿屋でした。
考えてみたら、家を出た彼が宿屋に泊まるのは当然の流れです。
そんな当然の事ですら思いつかない程、私は焦っていました。
彼に謝りたい気持ちばかりが逸り、冷静な判断が出来ずに空回りばかりしていたんです。
ガイさんにお礼を言った私はすぐにその宿屋に入り、ザインが泊っているか聞きます。
客についての質問にはお答えできないという宿の人に、自分が彼の妻だという事を必死に伝えました。
「お願いします、主人の泊っている部屋を教えてください!」
焦燥感に駆られていた私は、最後には泣きながら懇願してしまいました。
ザインとこのまま終わってしまう事を考えただけで、涙が止まりませんでした。
すると、宿の人は困ったような顔をしながらもザインの泊っている部屋を教えてくれたのです。
ようやく彼に会える――嬉しい気持ちとなった私は何度も頭を下げてお礼を言った後、ザインのいる部屋へと向かいました。
とにかく会って謝りたい……この時の私は、そんな事しか考えていませんでした。
***
エマを寝取られたショックからか、何もする気が起きない。
今この時も、エマがあの男の上で嬉しそうにあえぎ声をあげているかと思うと腸が煮えくり返ってくる。俺の時よりも、夢中になって快楽にのめり込んでいた妻の顔が頭から離れないんだ。
「ちくしょうっ……! よくも、よくもあんな……!」
ああ、最悪の気分だ。
仕事も無断欠勤してしまったが、今はとてもじゃないが働けるような状態じゃない。こんな日は、酒でも飲まなきゃやっていられない。
……酒場にでも行くか。
酒など呷ったところで、この最悪な現実が変わるわけでもないが気休めにはなる。
今の俺には必要な物なんだ。
エマと結婚してからは、立派な夫になろうと禁酒を誓ったのにな……まさかこんな形で、破ることになるなんて思いもしなかった。
「くそっ……うぅ」
だがもう無理だ。今だって油断すると、涙が出ちまう。
妻との生活があまりにも幸せだったから、温かかったからこそ。
俺は……エマの事を。
そんな事を考えていたら、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
宿の主人か? 何か俺に用でもあるのだろうか。
「はい、今開けます」
何度も扉を叩く音が聞えたので、急ぎの用事かと思った俺はすぐに扉を開けた。
しかし、そこにいたのは宿の人などではなく。
「やっと……やっと見つけました……ザイン!」
俺を裏切った……エマの姿があったのだ。
エマは俺の姿を見るなり、いきなり抱き付いてきた。
「うっ……うぅ、ザインが出て行ってから、どこを探してもっ、見つからなぐで! もう二度と会えないんじゃないかと思ってました……!」
俺の胸に顔を埋め、泣きじゃくる妻の姿を見れば本気で心配しているように思えてくる。だけど、そうじゃない事を俺は知っている。
コイツの本性は嫌というほど、昨日見たのだから。
「ごめんなさい! あんなこと、するつもりじゃなかったんです‼」
謝罪の言葉など、胸には響かなかった。
いま彼女が言葉を発している唇は、ミゲルと恋人のように激しいキスをしていたものだ。彼女の口は、奴の唾液を美味しそうに飲んでいた唾棄すべきものだ。
俺達の寝室で散々おぞましい行為を繰り返しておいて、今更何を謝っているのだろうか。
謝るくらいなら、あんなこと……最初からしないだろ?
「でも、信じて欲しいんです! 私が好きなのは、愛してるのはあなただけなんです!」
なにを、信じろと言うんだこの女は。
俺がお前達を見ていた時、お前はなにを言った?
ミゲルと、俺を比べて……なにを言ったのかもう忘れたのか?
お前は。
本当に好きなのは、ミゲルだと言ったんだ。
今愛してるのは、俺なんかじゃないって……そう言ったんだぞ?
「ザイン、愛してます! この気持ちは、あの頃から変わってな――」
「黙れッ!!」
怒りに任せて、エマを思い切り突き飛ばした。
廊下に尻もちをついた彼女は、信じられないような目で俺を見上げていた。
「ザ、ザイン……?」
そりゃ驚くだろうな、お前に対してこんな乱暴な事なんてしたことなかったもんな。だけどよ……俺にだって我慢の限界ってものがある。
浮気しておいて、あんなに嬉しそうにミゲルと愛し合っておいて。
俺を愛してるなんて言葉――吐くんじゃねぇよ。




