違うのこれは誤解なんです!
豪雨の所為で帰るのがすっかり遅くなってしまった。
きっとエマは心配して不安がっているかもしれない。
一時は激しいどしゃぶりだったが、今では外の天気も小雨となっていた。
遅くなったお詫びに帰り道で妻の好きなケーキを買い、家路を急いだ。
家に着くと、妙な事に気付いた。
家の明かりが点いていなかったのだ。もう寝てしまったのだろうか? 彼女はいつも俺が帰るまで必ず待っていてくれていたので、珍しいと思った。
だけど考えてみれば無理もない。あんな酷い天気の中1人で待っていたのだ。もしかしたら、その所為で疲れてしまったのかも知れないな。
家に入った俺はとりあえず明かりを点ける。
そのままリビングに移動すると、テーブルには空になった料理の皿が置かれていた。
最初は妻が食べた分かと思ったのだが、それにしては皿の量が多い。
「……誰か、来たのか?」
いまいち状況が掴めずそんな事を呟いていると、なにやら寝室の方からガタガタと音がした。
「エマ? いるのか……?」
仕事の荷物を置き、俺はゆっくりと寝室の方へと向かった。
ひょっとしたら俺を待っていてくれたのではないのかと淡い期待をしつつ、部屋の近くまで行くと。
そこから聞こえて来たのは。
「あん♥ 気持ち良いですぅ……もっとシてください! ミゲルさぁん♥」
「ホント僕達って、相性バッチリだね。ねぇエマさん? ザインと僕、どっちが良い? やっぱり愛しの旦那さんには負けてるかなぁ~」
「そんなことっ、ないですよぉ! ザインなんかより、ミゲルさんの方がずっと気持ち良いぃ♥」
「あははっ、そうなんだ? なんだか旦那さんに申し訳ないなぁ」
血の気が引いた。
扉の向こうから聞こえてくるのは、知らない男の声と、妻のあえぎ声だった。
部屋から聞こえて来たのは、物音などではなく……ベッドが軋む音だったのだ。
エマ……君は今、そこで何をしているんだ?
い、いや、うそだ! これは何か事情があってっ……!
こんなの嘘だ! 嘘だ! 信じないぞッ!
彼女はけして、そんなことをするような女性ではないはずだ。
『今日もお仕事頑張ってくださいね! 疲れたら私が沢山癒してあげますから! えへへ』
『ねぇ、ザイン、あのね。そろそろ子どもが欲しいかな……なんて』
『……私ね、あなたと結ばれて、本当に良かったです』
『あなただけを愛する事を、誓います』
エマは、俺を裏切らない。
そうだ……これは何かの間違いだ。きっと俺が何か誤解してるだけなんだ。そうなんだろう? きっとその声は俺が想像してるようなものじゃなくて……ああ、そうだ。きっとそうに違いない。
だったら、何も恐れる事なんて無いじゃないか。
エマは俺だけを愛してくれている。もちろん俺だってエマだけを愛してる。
彼女に限って……そんなことあるはずが、ないんだ。
俺は信じているから……絶対に、この愛は本物なのだと。
だから、不安を打ち消すように俺は――寝室の扉を開けた。
***
ザインだけを愛していました。
ううん、その気持ちは今でも変わっていません。
だけど、あの日……私の幸せは消えてしまったんです。
訳も分からず、あの男……ミゲルと寝室で身体を重ねていく内に私は段々とミゲルの事が愛おしくなっていきました。
ザインが家に帰るまで、何度彼に抱かれていたのか分かりません。
初めは強制されているはずだったのに、気づけば私は自らミゲルの唇に吸い付き、彼を求めていました。
その姿はきっと、無理矢理などとは程遠いものだったでしょうね。
彼は執拗にザインと自身を比べさせました。
ほとんど堕ちかけていた私ですが、愛するザインを侮辱するような言葉だけはけして言わないと決めたんです。それなのに、与えられる快楽に屈し私は彼よりもミゲルを選びました。
ミゲルの方がずっと気持ちいい。
ザインなんて、全然大したことなかった。
これからは、ミゲルとだけシていたい。
ザインとの行為なんて、気持ちいい振りをしていただけ。
そんな酷い言葉を大声で並べ立て、ミゲルに媚びを売りひたすら行為を続けていると。
寝室の扉が、開いたんです。
音に気付いた私が振り向くと……。
そこには涙を流しながら、怒りの形相を浮かべた。
ザインがいました。