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占いばばあ

 熱中症のニュースは新しい疾病にかき消されたのか熱波の病魔たちは息をひそめて所在なさにしている。一方、新進気鋭の疫病は暑さにやられたのかかっての勢いをなくし少し落ち着いたかに見えた。そして彼らが打ちのめした経済が復活のために為政者に祈りをささげた。ほどなくして施策により、またひとびとはそぞろ動き始めている。


 私はナオミと共に自然を求めて近隣の森林を散策した。これから秋へ向かって赤く色づく木の葉は最後の緑を解き放っている。少し落ち着いた森の匂いをかぎながら、歩きづらい遊歩道を進む。

「これからはいっときいっときが最後の日かもしれない」

「よしな。そんなことは気にせず生きたい」

「最後は恋で飾りたかった」

少し歩くと古い池が見える。濁った水面に映る自分の顔は若い。でも、今度の病魔は老いも若きも容赦しないと思うと少し怖くなった。


 散策を終えた私たちはゴールにたどり着き、何かを果たしたわけではないが架空の達成感に浸った。ただ歩いただけなのに、簡単にかどわかされる私達。狐も狸も人間相手ならチョロいものだ。


 食堂で木の葉丼という名前のただの親子丼を食べて、食休み。言葉を交わすとにらまれるので私たちは終始無言だった。制限されたレジャー、戦時中の隣組に見張られたかのような私生活。シートにくるまれた解放感に居心地の悪さを感じている。気を配れ、密になるぞと心に警察官が常駐してる。


「あーっ。占い小屋だって。行ってみない」

ナオミが水辺で貝殻を見つけた子供のようにはしゃぐ。やれやれと重い腰を上げて私はついていく。運命は決まっているのさ。病魔の接吻を受けるかそれ以外で死ぬか。


 蝶番に油をさすのを忘れているのか、ドアが仕事のたびに私たちに語り掛けて、それがいっそう古めかしさを煽り立てる。予想通りに三畳間ぐらいの部屋の中には椅子に根を生やしたような老婆が鎮座していた。


「大丈夫。何も言わなくも分かる」

 勝手に仕切って大丈夫かなこの婆さんと思った。こうでもしなきゃ占い師過当競争時代生き残れないだろう。お手並み拝見と行くか。


「そこのお嬢さん。あなたは近いうち熱烈な恋をする」

「本当ですか。あー良かった」

大胆な婆さんだと思った。もしこれが私だったら何と言っていただろう。恋愛依存症のナオミでよかった。


「いや、あんたじゃない。隣だ」

「え」

ふいのご指名に私は驚いた。別に恋する気分じゃないし、この社会情勢なら出会いのきっかけは薄いだろう。


「そう、お前だ。おぬしは自分史に残る恋をする」

婆さんはオカルト掲示板に君臨する自称未来人のような圧倒的な自信で言葉を紡いだ。


「あのお婆さん当たらないよねー」

自分が対象外だったナオミは悔しいのか私を遠回しにディスりに来た。もっとも私は恋の予定はこの先十年ぐらいはない。ナオミの言葉を軽く流して私たちはバスに乗り込んだ。

 

 見飽きた車窓の流れる街並みに目を泳がしていると、先ほどの体験が頭の中から少しずつ抜けていった。おそらく私は占い婆さんのことなど忘れて、また病魔を意識しながら不便な日常生活をつづけるのだろう。

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