出会い
天気が良いからと言って日常が破壊された今、私にとっては何もいいことがない。天空は心を描かず小説に書かれた描写はまやかしだと知る。澄み切った青空は心が空に吸い込まれそうな爽快感をもたらしてくれるが現実は厳しく突然現れた目に見えない呪いが重くのしかかってくる。
今日もまた学校は休みだ。友達に会えないのはもちろんのこと、勉強の遅れが心配でもある。いずれは私たちの世代も氷河期世代やゆとり世代のように識者から揶揄される存在になるのだろうか。理不尽だ私たちのせいではないのに世界はいつだって気分で人間どもをジャッジする。
自分だけは取り残されたくないので朝食もそこそこに机に向かう。だが集中を突き破るかのようにスマホの着信音が鳴った。
「おはよう。たまも今暇よね。ちょっとお話しない」
同級生のナオミからの通話だ。電源切っておけばよかった。私は仕方なく付き合うことにした。ナオミの話し方は要領を得ず同じところを客のないタクシーのようにぐるぐる回るので「こりゃ長くなるなぁ」と思いつつ会話を始める。
「もうコロナでいつ死ぬかわからないし、わたし恋をすることに決めたの」
「いや、今学校行けるかどうかわからないよね」
「マッチングアプリがあるじゃない。あれに登録して素敵な彼ぴっぴを見つけるんだー」
やれやれナオミは相手が誰でも恋がテンプレのストーリィーのように展開するもんだと思っている。典型的な恋に恋するタイプだ。
ナオミとの曲がりくねった三日月湖だらけの蛇行した川のようなとりとめのない会話を終えてちょっとの疲労感を背追いつつ参考書の文字を眺める。どうもナオミが変なスイッチを入れたようで、頭は「私と恋」という議題を中心に脳内会議が始まってしまった。
「人を好きになったことがありません」
「以上。審議を終わります」
非恋愛脳だと楽な物で妄想はすぐに終了した。そう私は男性を好きになったことがないのだ。そもそも好きという感情が分からない。
食料は調達しなければいけないのでなるべく人と出会わぬようにしてマスクをつけ最短距離で行けるコンビニへと向かう。不安を笑顔の下にしまい込んだ店員がビニールシート越しに所在なさげにゾンビのような緩慢とした動きをしている。まるで世紀末だ。飲料と弁当を家族の分買って会計を済ます。買い出しは一番若くて元気な娘の役目。免疫力は家族で大差ないと思うのだが、なぜか若い人はコロナをよせつけないという常識でもあるのだろうか。
雑誌コーナーで立ち読みしている若者がいた。本屋も開いていないので暇つぶし用の少年誌を取ろうとして脚に手がぶつかった。慌てて引っ込めると男性はごめんとつぶやいて股を開いた。
おいおい、それじゃあ余計取りづらいだろう。と思いつつも省力化を目指す私の右手は股くぐりをして雑誌をゲット。男性はまだ書籍とにらめっこしている。その時ポケットから鍵が落ちた。
「ほい」
私は落ちた鍵を拾い上げて男性の顔にかざす。男性は無言で鍵を受け取るとお礼も言わずに本を読みふけっている。
私は多少呆れていたが、長居は無用と出口へと向かった。外の空気は冷え冷えとして鼻腔にさわやかな空気を送り届けていた。
大量の商品をレジ袋に入れて、荷物が体の軸になって不格好に歩いていると、さっきの男が駆け寄ってきた。なんだあいつ。
「はじめまして。お礼言ってなかったね。僕は底なし沼けんじ。ありがとう」
「はぁ!」
私は初めて聞く名前に面食らった。なんだそれは芸名か?
「今お笑い芸人暇で暇でさー、商売あがったりだよ」
その見知らぬ男は世間話モードに入った。あのね今密はやばいんだよね。それに知らない人だし。
「コロナが終わったらお笑いライブに来てね。この名前で出ているから。じゃあね」
やれやれ、その芸名のセンスじゃコロナ関係なく売れないんじゃないかと私は毒づきながら家に帰った。