第52話 冴えないヤンデレの作り方
「火山の都、この大陸きっての観光地。そう、さっきまで私達がいたあの街に、私達家族はバカンスに来たの」
「それで早い話、某白い糞ウサギに会ったんだろ? でも、契約はしなかったんだよな?」
ネウレアは、震えながら頷く。
「その時、はね。はっきりと断って、宿に戻ったの。そして次の日、事件は起こった……」
◆
朝のほのぼのとした光に照らされ一組の、夫婦とネウレアを含む二人の姉弟が、山道のハイキングを楽しんでいた。
朝早い時間だからか、その日は有名な観光地としては珍しく、人があまりいなかった。
「お母さん、もう疲れた~。お姉ちゃんも待ってよぉ」
「やだ、いつ休憩しても、どうせ出発するでしょ?」
「ネウレア、お父さんも速く歩き過ぎないの。ほら、もう少ししたら休憩所があるから」
そして、休憩所に着いた家族は、屋根とその下に設けられた椅子に座り、30代~40代くらいの夫婦が、景色を優雅に眺めている。
カップ付きの水筒からお茶を出し、それを飲みながら、在りし日のことを思い出しているようだ。
「いつぶりでしょうね。ここに来るのは」
「新婚旅行の時以来じゃないか? ってコラ、こんなところで走り回らない。疲れたんじゃなかったのか?」
「もう、休憩が長すぎ。これじゃあ、いつまで経っても帰れないよぉ~」
椅子の周りをグルグルと回っていた少年は、急かすように言う。
「ネウレア、出発するぞ」
「うん、わかった。……パパ、あれは何?」
ネウレアが指差す、『立ち入り禁止』の看板と柵の奥には、一人の金髪の女性が。
「おや、これは危ないな。おーい、そっから先は立ち入り禁止ですよ~!」
金髪は歩みを止め、怪訝そうに、こちらに振り向く。
そして、四人家族を見て、気味の悪い笑みを浮かべ始めた。
「キシシシ、イチニイ、サン、シー。幸せそーな旅行だねぇ」
父親は不審な女性を見て後退りをする。
「アンタ、何言ってるんだ? そこから先は危ないからさっさと出ろ!……念のため下がってろ」
「無駄だよぉ!」
金髪はジャンプし、看板を踏みもう一度飛ぶ。
それから、空中で腕に氷の刃を生やし、父親の後ろ側に着地した。
「イチ」
父親に、真っ赤な血の花が咲く。
「ネウレア! アビス連れて逃げて!」
「でも、ママは!?」
「後で行くから……早く!」
涙ぐみながら、状況を呑み込めず固まる弟の手を引き、ネウレアは来た道を走る。
絶叫のような、女性の断末魔が聞こえても、走る。
しかし、どれだけ走っても、誰一人としてすれ違わない。
「お姉ちゃん、足が痛いよー」
「いいから走って! なんで……誰かいないの!?」
やがて、姉弟は走り続けるが、一つ前の休憩所で息切れし、座り込んでしまった。
「お姉ちゃん」
「アビス、大丈夫だから。……本当に、誰かいないの」
一つの足音が近づいてくる。
よかった、これで助かる。と、安心した弟は、その方向へ駆け寄る。
その方向とは、さっきまで自分達が逃げてきた、登りの方向なのに。
そしてそれが、先ほど襲ってきた女性だったのに。
「助けて、お父さんが、お母さんが……」
「キシシシ、ヒーローだと思った? ザンネーン!」
見上げて、初めて助けを求めていた者がさっきの金髪と知ったのか、恐怖でまた固まってしまう。
金髪は、刃先からポタポタと水滴が滴る、腕の氷刀で、弟を斬り上げた。
頬についた返り血をペロッと舐めて、ゆっくりとこちらを向く。
「キシシシ、ハッハッハッハ! さぁ、後はお姉ちゃんだけだねぇぇぇぇ!」
血が混じった水滴の跡を地面に残しながら迫る金髪。
ネウレアは怯えて腰を抜かし、尻を引ずりながら後退り。
「キシシシ、もう逃げられないよぉぉぉぉぉ! そこから先は崖なん……」
金髪のセリフが途切れ、大地が反転する。
さっきまで乗っていたはずの地面が、頭の上に見える。
スカートに土をつけながら、ズリズリと下がってちたネウレアは、後ろにある崖に気付かず、そのまま転落してしまった。




