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魔女が来る!  作者: うちだいちろう
1.魔女と虫と森の中
9/44

魔女は森の中へ 2-4

「あ、動き出した! 森の中から出てきます!」

「全員止まれ! 銃構え! 来るぞ!!」


 目を見開き、叫ぶミディオレ。レグゼムが小隊員達に命じる。


「正面からだけじゃないぞ!」

「何!?」


 他の小隊員も、声を上げた。

 見ると、右も左も、二百メートルは離れた森の中から、小柄な影が集団で飛び出してくる。


「カミツキザルの群れだ!」

「くそ! 数が多すぎる! 二十や三十じゃないぞ!」

「おいおい! こんな団体さんが森の中から出てくるなんて聞いてねぇぞ!!」

「各自応射! 近づかせるな!!」


 少隊員達の自動小銃が火を吹いた。やや遅れて突っ込んできた正面からの猿の群れをなぎ倒していく。


「軍曹! カミツキザルとはこんなに積極的に襲ってくるものなのか!?」

「いいえ少尉殿! 森の中ならともかく、こいつらが森から出てまで襲ってくるなんて聞いたことがありません!」


 そうなのだ。この猿は森の中がテリトリーであり、そこから出てくる事は殆どないとされている。これは滅多にないどころか、前代未聞と言っていい部類の異常事態と言えた。


「こいつら、首に何か生えてるぞ」

「普通のカミツキザルじゃないのか?」


 そこにも気がつく者はいたが、細かく確認している暇などなかった。とにかく弾幕を張り続けないと、すぐにでも数に飲まれる。そうでなくても、長くはもちそうにない。


「トラックを呼べ! ここに来させろ!」

「今無線で連絡を──まずい!」


 左右から距離を置いて出てきた猿達の一群が、小隊員達を無視して真っ直ぐにトラックに向かっている。

 残っていた三名も気づいて応射を開始したまではよかったが、いかんせん三人だけだ。肉薄する猿の数はざっと見ても五十はいるだろう。当然殲滅する事も押し止める事も叶わず、猿にまとわり付かれる事となった。こちらからも援護するが、トラックに当てるわけにもいかないのでどうしても遠慮が入る。

 無数の猿にしがみつかれたまま、動き出すトラック。


「よし! もうそのままこっちに来い!」


 誰かの叫びは……無駄になった。

 猿が己の身などどうなってもいいとばかりに車輪に噛みつき、フロントガラスに体当りし、後輪の履帯部分に自ら巻き込まれていく。タイヤは数匹の猿を巻き込んで轢き潰しながらも噛み割かれ、履帯は巻き込まれた猿の肉片が大量に詰まって動きを止め、フロントガラスは割られて、中に猿たちが次々と踊り込んでいった。


 銃声が響くが、やがてそれを絶望的な悲鳴が塗りつぶす。誰も乗っておらず、動いてもいない指揮車の方にまで猿たちは破壊の手を伸ばし、さんざんに蹂躙した。


「嘘だろ、おい……」

「なんで猿が車を狙うんだよ! おかしいだろ!!」


 そう、明らかにおかしかった。森から集団が出てくる事からしてそうだが、まるで己の身体の無事など最初から頭にない、といった風な彼等の行動はもはや狂気だ。まともではありえない。


「あ……わかった。でも、そんな……」


 破滅的な空気が漂う中、震えながら小さく呟くミディオレ。


「なんだ? 何かわかったのか?」

「はい、いえ、あの……」


 問うレグゼムに振り返った彼女の顔は、紙の色をしていた。


「ゆっくり話してみろ」

「は、はい。ええと……」


 怯えを押し殺すように大きく息を吸うと、ミディオレは説明を始める。


「私は……ある程度なら視線に込められた感情も分かるんです。それが強いものなら、特に。中でも……憎しみや好意、恐怖、怒りなんかは、すごくて……あと、単純に興奮している時なんかも……わかります。これは動物なんかに多いんですけど……」

「なるほど、それで?」

「あの猿達なんですが……」


 唇を一度噛み締めてから、彼女は言った。


「何も感じないんです」

「……は?」

「ですから、何も感じないんです。あれだけ激しく襲いかかって来ていて、仲間も大勢殺されているんだから、少なくとも興奮するか、怒るか、恐怖しているはず……なのに、猿達の視線からは何も感じられない。彼等の心はつまりフラットで、何とも思ってないんです。でも、でも……こうして今も襲ってきてる。ありえないんです、こんなの! 変です! それとも私の能力の方が変になったんでしょうか!?」


 泣きそうな顔でミディオレは訴えるが、レグゼムは返す言葉が見つからない。


 ──こいつらが、何も考えていない、いや、何の感情も持っていない、だと……。


 次々に襲いくる猿達を撃ち続けるレグゼムの背に、冷たいものが走った。


「くっ、軍曹! どうする!? どうすればいい!?」


 さすがにこの状況だ。焦った様子のネダム少尉が、レグセムに意見を求めてきた。下士官とはいえ、軍の実務経験でいくと、レグゼムがこの小隊の中では一番である。


「どうする、と言われましても……」


 今更どーしよーもねーよ。と言いたかった。相手の数は多く、全部を相手にするには銃弾の予備が少なすぎる。それに、猿の数は見えている分が全部とも限らない。手持ちの無線は短距離用のみ。長距離用は車にあったが、その車両も潰されたので本部に連絡はおろか逃げる手段もなくなった。八方塞がりもいい所だ。


「ふざけるな軍曹! 早く上官の質問に応えんか! ええいこの上は貴様ら全員が私と少尉殿の肉壁となって守るのだ! これは命令だぞ! さもなくば貴様らまとめて軍法会──ぎっ!!」


 目を血走らせて喚くサクタルの顔面に、拳大の石が直撃した。


「おーおー、投石かよ。あいつら道具も使うのな」


 取り乱したサクタルとは裏腹に、レグゼムはもはや一周回って落ち着いたものだ。飛んでくる石をひょいひょい避けつつ、点射で確実に一匹一匹仕留めている。他の隊員たちも似たようなものだが、長くは続かないだろう。


「軍曹、ここは遮蔽物もないから、これ以上無理できませんよ。それと……」

「ああ、わかってる」


 声をかけてきた隊員と、レグゼムは同じ方向を見ていた。ガルムデル大樹海、その木々の連なりを。


「少尉殿、提案があります」

「なんだ?」


 レグゼムはネダムに言った。それが今この場を凌ぐだけの、決して良くない手段である事を知りながら。おそらくは、向こうの思う壺であることを理解しながら。


「森の中から猿共の気配が消えました。見通しの良すぎるこの場に留まるより、一時森林内へと足を踏み入れるのも手です」

「森の中、か……ミディオレ、君の能力で感じるか?」

「あ、はい……まったくいないわけではありませんが、ここよりはかなり少ないかと」

「よし、わかった。総員! 森の中に移動するぞ! ただし決して必要以上に奥に進むな! 木を遮蔽物として各個に応戦して耐えるのだ! そのうちに連絡の途絶えた我々に気づいて、救援が送られてくるはずだ! それまでもたせればいい!!」


 そして……少尉の命令に従い、小隊全員が森の中へと駆け足で入っていった。

 鼻血を吹いて気絶したサクタルは、ネダム少尉が直々に担ぎ上げていたし、まったくしょうがない奴だ、などとこぼしていた所からして、結構憎からず思ってはいるようだ。


「意外といいコンビなのかもしれませんね」

「かもな。俺はサクタルの野郎だけはどうやっても好きになれそうにないけどよ」

「同感」

「右に同じ」


 口ではそんな事を言いつつ、小隊員達の多くは、黒々とした森の木々の連なりが、まるでそれ自体が巨大な化物のように思えて、どうしても重苦しい気分になっていくのを止められなかった。


 確かに、森の中から急に猿達の気配は消えた。

 罠である可能性は、高い。というか、まず間違いないだろう。

 わかっていながら、殆どの者は飲み込むしかなかった。

 ネダム少尉が言った通り、自分たちに残されたのは、救援が来るまで耐えるという手段、ただそれだけなのだから。

 いかに絶望的であっても、もう他にまともな選択肢などありはしなかった。




 第六偵察小隊の面々が森の中へと足を踏み入れると、猿達の襲撃はより苛烈なものとなった。


 下草や倒木を利用し、身を隠しながら襲ってくる。木々の間を跳ね回り、頭上からも狙われる。森の中は彼等の世界だ。数も、地の利も向こうが上であり、しかも何匹倒されようとも、怯みや恐れといった気配の片鱗すら見せずに、執拗に、それでいてどこか機械的とすら思えるほど淡々と猿の群れは向かってくる。


 最初のうちこそ森の入口付近に留まって戦っていたが、次第に数の暴力に押される形で、奥へ奥へと押し込まれていった。

 やがて小隊の仲間も一人減り、二人減り、さらに分断され、散り散りにされていく。

 各員が目の前の猿に応戦するのがやっとであり、必死だった。


 気がつけば、レグゼムとミディオレは二人だけになっており、残弾も底を尽きかける中、ミディオレが噛まれた。レグゼムは今更彼女ひとりを残して逃げる等という気はさらさらなく、最早これまで、と最後の抵抗をする腹を決めたところ……あたしが現れた、とまあ、そんな感じだ。


 第六偵察小隊の他の隊員達がどうなったのかは、わからない。レグゼムとミディオレも、とにかく自分の周りの事だけで精一杯だったのだ。無事でいればいいが、その可能性は限りなく低い……かもしれない。

 蜘蛛達でここらの猿をあらかた掃討し終えた今、周囲はまた、気配の耐えた、妙な静けさに満ちていた。


「ああ、そういえばコレ、ここに来るまでに拾ったんだけど」


 と、蜘蛛が見つけた拳銃を二人に見せると、レグゼムが少尉殿のものと確認したので、彼に渡しておいた。

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