魔女は夢を見、そして目覚める 6-6
「なんだいやっぱり気づいてなかったのかいこの小娘は……救いようがない馬鹿だねぇ」
ベッドに突っ伏したあたしを見下ろして、しみじみ呟くバルザイール様。
「貴女が呼び出したあの心臓が本当に魔神のものかどうかは誰にもわかりません。ですが、あの姿はあまりにも魔神伝承に近過ぎるのです。全てを灰にするその力も、まず、誰もが魔神のものだと感じるでしょう」
魔女王様の言葉が、追い打ちのように突き刺さった。それこそ心臓がきゅっと縮んだ気がする。
「これは確認なのですが……貴女が召喚できるのは、もう既にこの世界から滅んでしまった存在のみ、なのですよね?」
ふと、ファロディアさんがそんな事を聞いてきた。
「……はい、そうです」
のろのろと顔を上げ、認める。
七歳のあたしが呼べるのは、心臓以外だとナメクジと蜘蛛のみだった。それぞれナメクジはイヤシオオナメクジ、蜘蛛はハイイロジゴクグモ、という名称で、どちらも既にずっと昔に絶滅している生物である。どうやらあたしが召喚できるのは、もうこの世にはいない、けれどもかつては存在していた生物だという事が、最近自分でもなんとなくわかってきた所だ。心臓は正直……予想外過ぎたけれど。
あたしの返答を聞いて、ファロディアさんは魔女王様に振り返る。
魔女王様は小さく頷くと、あたしにまっすぐ顔を向けた。
「あくまで私が感じた印象でしかありませんが、あなたの能力は単純にどこかから対象を召喚しているというわけではないのでしょう」
「そうなんですか?」
そんな事を言われたのは、初めてだった。というか、そもそも自分の召喚する生物がどこから来ているのか、なんて、自分でもさっぱりわからないのであんまり深く考えたこともなかったりする。
「例えば……そうですね、あなたが見て、知って、考え、想像した存在を、あなた自身で作り出し、あなたの中からこの世に生み出している……というのはどうでしょう?」
「あたしの、中……」
なんとなく、両手を胸に当ててみたけれど……。
「……すみません、わからないです」
あたしは首を振っただけだった。本当にわからないんだから他に答えようがない。
「ま、そりゃそうだろうさ。魔女の力の源泉なんて、誰も知りゃしないよ。もしその一端にでも迫ることができたら、その時はあんたが次の魔女王様だね」
肩をすくめてみせるバルザイール様だ。
「それはいいですね。次期候補が早めに決まってくれるのは大歓迎です」
ふわりと微笑む魔女王様。
魔女王という称号と地位は、世襲制ではない。
前の魔女王様がその座を交代する際は、自ら自分の後継者を指名して、魔女王の座を譲られたのだ。
国の顔であり、魔女を束ねる存在である魔女王は、なにより最高位の魔女と呼ばれるにふさわしい実力を多くの人々、特に魔女達に認められていなければならない。
ルナティリア様はもちろん、何の問題もなく、満場一致で二代目魔女王になられた方だ。人格も、魔女としての力も素晴らしいという言葉以外当てはまらない。
たとえ冗談でも、そんな雲の上の方とあたしが比べられるなんて、畏れ多いにも程がある。
まったく、なに言ってくれちゃってるんだこの干物の魔女は!
内心で恐縮しつつ文句を言っていると、さらにとんでもない言葉が聞こえてきた。
「そんな将来有望なこいつには、優秀な指導役が必要だ。というわけで……あたしでいいね?」
「勝手に決めてしまって、他の方に後から何か言われませんか?」
「いいんだよ。ここにいるのはあたしだ。いない奴なんて知るもんか」
……え? あの、ちょっと待って。なに指導役って? え?
「ラーゼリア」
「はい」
考える間もなく、ルナティリア様に呼ばれた。
「あなたが"心臓"を召喚できる事は、当面我が国の最重要機密事項とします」
「はい…………って、えぇぇぇぇぇ!?」
「なに素っ頓狂な声出してんだい。当たり前の事だろ。他の奴等に知られたらあんた命がいくつあっても足りないよ。特に王国あたりの連中が知ったら、暗殺者の大群が押し寄せてくるだろうね」
「魔導テロリスト集団である黎明の叡智あたりも、知ればまず間違いなく積極的に狙ってくるでしょう。ただ殺されるならともかく、そちらの場合は生きたまま実験台にする線が濃厚かと」
バルザイール様だけでなく、ファロディアさんまで、理知的な声でかなり衝撃的な事をおっしゃる。
あああああ……なんか、思ってた以上に大事になってきたぁあぁああぁぁぁぁ……。
「なーに、問題ないさ。要するに、そうなっても笑いながら相手を片っ端からぶちのめせるくらいに腕前を上げりゃあいいんだからね。安心おし、あたしが一から、いや、ゼロどころかマイナスからでも鍛えてやるよ」
「"穴蔵"の幼年課程に枠をひとつ用意しないといけませんね。ファロ、誰か適当に推薦者を見繕ってねじ込んで頂戴。私やバルザイール様の名前を出すと目立ち過ぎますから、あくまで匂わす程度で」
「承知しました」
なにやらあたし抜きで着々と話が進んでいるようだ。
魔女王様が言う"穴蔵"って……高等魔女養成機関の事だろうか。国内でも実力がトップレベルの魔女を集めて集中的に鍛えているっていう、我が国最高にして最難関の魔女の学び舎で、通称が"魔女の穴蔵"だ。高度にして実践的、かつ特殊で独自なありとあらゆる手法でもって最強の魔女を養成する事を目的としており、基本的にここの全ての課程を修了して実力を認められた者だけが、我が国の魔女のトップ集団である国家認定魔女に任命されると……そういう話である。あたしも魔女の端くれだから、それくらいは知っている。
で、でもあたしがそんな所に入っていいの? あたしだよ? そりゃ心臓は呼び出せるかもしれないけど、制御できないよ? 他は蜘蛛とナメクジだけだよ? どっちもそこそこ強いけど……だ、大丈夫なのかな……。
「お前、早いとこ身体の調子を元に戻すんだよ。そしたら早速地獄の訓練開始だ。最年少での国家認定魔女を狙うつもりでやるからね」
「……ええぇ」
自分で地獄の訓練とか言っちゃってるバルザイール様は、やたら楽しそうである。気のせいか肌の艶が良くなってない?
「あと、この際だ、今後あたしの事は師匠とお呼び。特別に許可してやるよ」
「……師匠?」
「おおさ」
まあ、バルザイール様、と呼ぶよりは短くていいかもしれない。でも師匠っていうより、荒くれ者共を従える女親分って雰囲気なんだよね……乱雑に釘を差したごっつい棍棒とか持たせたら似合いそうな気がする。口に出したら絶対殴られるだろうから言わないけど。
口元をひくひくさせながらなんとか愛想笑いを浮かべていたら、なんか言いたそうな顔だね、と低く呟かれた。さすが英雄様だ、心くらい読めるのかもしれない。
「自分からそのような事を言い出すなんて、随分この子を気に入られたようですね」
「ああ、いいねこいつは。このクソ生意気そうな面構えなんて最高じゃないか。あたしの事なんてきっと死にぞこないの干物程度にしか思ってないね。それがいいんだ。そのくらいの奴の方が叩きがいがある。最近は変に上品ぶってお利口そうなガキが目立つが、あたしは断然こっちだよ」
褒められてるのか貶されてるのかいまいち不明な言葉をありがたく頂戴した。
こっちはこっちで、死にぞこないの干物なんてとんでもない! まったく全然思ってませんよ! という顔を頑張って一応作ってみたが……通じたかどうかはわからない。
「立場上、あからさまに目をかける事はできませんが、私もあなたに期待していますよ。将来有望な魔女のひとりとして、是非、その実力を伸ばして下さい」
「はい! 魔女王様!」
ルナティリア様にかけられた声には、はっきりと返事をした。うん、魔女王様のためになら、きっとがんばれる。そんな気がする。やってやるぞ! 悪の老女になんて負けるもんか!
「……本当に鍛えがいがありそうな小娘だねぇ」
額に血管を浮かべつつなんか言ったお婆さんが約一名いたようだが、そっちは極力見ないようにした。怖いから。
「せめて命に関わるような怪我だけはしない事を祈っております」
相変わらず丁寧な物腰で、ファロディアさんが黙礼をくれた。
またまた何を大げさな……などとこの時のあたしは思ったものだが、彼女の言葉は正しくもあり、少々物足りないものでもあったと、すぐにあたしは身をもって知ることになる。




