魔女は夢を見、そして目覚める 6-5
目を覚ますと、世界が赤く染まっていた。
またしても夕方、なのだろう。
昨日とは違う部屋だったが、似たような作りなので、やっぱり魔女統合本部内にある病院施設……のどこかだと思われる。
「目が覚めましたね」
同じなのは、今日も窓を背にして人がいた事だった。
あたしが寝ているベッドの側に小さな丸いテーブルがあり、向かい合う形で座っている人影が二つある。薄暗くて顔はよく見えないが、シルエットと声で分かった。片方がルナティリア様だ。反対側がおそらくバルザイール様。ルナティリア様の側に立っているのは、ファロディアさんだろう。
タイミングよく照明が点けられ、それが正しいことはすぐにわかった。
「……っ」
慌てて身を起こそうとするが、すごく体がだるい。関節という関節の油が切れ、おまけに身体全体が鉛にでもなったみたいに重く、意志に反して動きが鈍い。意識ははっきりしているのに……なんだこれ。
「動かなくていいから、そのまま寝てな。精密検査の結果、肉体に相当な疲労と衰弱があるって診断されたんだ。まず二、三日はまともに動けないはずさ」
「え……?」
なんでそんな事に……って、原因はひとつしかないだろう。
「今のお前の身の丈にはまるで合っていない力だった、って所だろうね。その分反動がキツくて、身体にダメージが来るのさ。けど、その面……」
何がおかしいのか、バルザイール様はニヤニヤ笑い始めた。
「身体はともかく、精神は毛が生えてるね。あんなモンを呼び出しておいて随分と余裕そうじゃないか。小娘にしちゃ大したもんだ」
遠慮なしにあたしの顔を見ながら憎らしい笑顔を向けてくる老婆に、あたしも思わず口をへの字にして見返してやった。あたしを小娘って言うくらいなんだから、この程度は気にしないでもらおうじゃないか。
「申し訳ありませんが、貴女にはこのまま三日程、ここに留まってもらいます。まずは体調の回復が第一ですからね。ここで専門の医療スタッフによる検診を受けつつ、静養して下さい」
「ご家族の方には、きちんとこちらから連絡をしておきますので」
と、言ってくる魔女王様とファロディアさんにはきちんとお礼を言った。当たり前だよね。
しかし家族か……母さんと兄さんはともかく、父さんは心配するかもなぁ……。
「さて、そんな事よりもお前の能力だ。ありゃ面白いね。実に面白い」
テーブルに置かれたティーカップから琥珀色の液体を飲み干すと、空のカップをあたしに突きつけてくる老婆。
「あの後どうなったか、自覚はないのですね?」
「はい」
魔女王様に聞かれて、素直に頷く。
「言ってやりな」
バルザイール様がファロディアさんに促した。
「まず、第一七実験場ですが、完全に消滅しました」
「…………はい?」
あっさりと語られた言葉に、思わず目が点になる。
「魔女ラーゼリアが召喚を行い、気を失うのとほぼ同時に、その場にいた我々の直上およそ十メートルの空中に"心臓"が出現。正体不明の赤黒い粒子を噴出させると、その範囲にある全ての物質を灰化させていきました」
「獣の光線も届かなかったね」
「そうですね。途中で完全に消失していました。減衰でも屈折でもなく、消失です」
魔女王様も、ティーカップを口元で傾けつつ、紅茶を飲んでいる。こちらはすごく上品だ。絵になるなー、とか、ぼんやり思ってしまった。正直語られている内容が衝撃過ぎて頭にまともに入ってこない。
「消滅範囲はその後急速に拡大、鋼の獣もあっさりと灰化させるとそのままさらに範囲を広げていき、最終的に直径にして約四百メートルの空間が灰のみを残して消え去りました。影響は地下や上空にも及んだため、実験場の天井部分も崩落。実験場のあった地下空間全体が陥没し、地上部にクレーターを形成しています。現在さらに詳しい調査を行っていますが、正直報告書になんと書けば良いのか今から非常に頭が痛いです」
真面目な顔と口調で手元のメモをめくりつつ、ファロディアさんが説明してくれた。
こっちも血の気がさーっと引いていく。だだだ大惨事じゃないのよそれ!
「あ、あの、怪我人とか犠牲者なんかは……」
なんとか、それだけ聞いてみる。
「それはありません」
すぐに返ってきたファロディアさんの答えに、少しだけほっとした。
「実験場が潰れたくらいで怪我するような魔女なんて、少なくともここにゃいないよ。よくある事だからね」
「そうですね。あれくらいは珍しくない事ですから」
魔女王様とバルザイール様は涼しい顔でそんな事をおっしゃる。
「……」
そんな二人に、一瞬だけ疲れたような瞳を向けたファロディアさんの反応を、あたしは見てしまった。
「あの程度の破壊力を持った魔女なんて、この国にはゴロゴロ転がってるんだよ」
「もちろんここにいる三人も、同じような事はできますね」
「そしてやったとしても、直後に無様に倒れたりはしないのさ」
ニィっという擬音がぴったりくるような笑みをあたしへと向ける老婆、バルザイール様。
要するに……あたしなんて魔女としては全然大したことなんてない、という事だろう。破壊力だけはあるが、そのたびにこんなにヘロヘロになっていたんじゃ使えやしない。例えて言うなら、よちよち歩きの幼児が拳銃持たされたようなもの、とか、そんなあたりだろうか。引き金は引けるし弾も撃てるが、撃ったら反動で倒れて自分じゃ起き上がれない。弾もどこに飛んでいくかわかったもんじゃない。なんて感じ。
確かにそれは間違いなくそうだ。認める。認めるしかない。が、けれど、この目の前のお婆さんに言われると……なんか素直に認めようって気になれない。いや、わかってるんだよ。この人が建国の英雄だってのはもちろん、魔女としてもあたしなんか足元にも及ばないって事も。でも、こう、なんか……ええい、単純にムカつくんだわこの人!
……これが魔女王様だったら全面的に受け入れるんだけどね。人徳って、あるよね。
「そのふくれっ面からすると、自分の身の程はわかったようだね。それなら結構。お前の魔女としての能力は未熟もいい所だし、攻撃力も常識を外れたって言えるほどのものじゃあない。発動までの手順に手間がかかるのも問題だね。今のお前じゃ素人に毛が生えた程度の相手でも発動前にまず潰されるだろうさ。話になりゃしない」
遠慮なく、なおも言葉でズバズバ斬ってくるバルザイール様。これ、普通の子供なら泣き出すとこだよ。残念ながらあたしの場合はそんな可愛い反応じゃなくて、殴りかかるか噛み付くけど。身体が自由にならないから、どっちもできやしない。おのれ。
「あとね、それとはまた違った面で、お前のあの力は厄介なんだよ」
「……やっかい?」
ふと、バルザイール様の眉根が寄り、そんな言葉を口に出した。
「あの"心臓"を見たものは、まず古代伝承にある魔神と結びつけて考えるでしょう」
「そう、ですよね……」
魔女王様の台詞に、あたしも頷いた。
魔神の壁画を見た時に召喚できるとあたし自身思ったし、その時に強く頭に焼き付いた心臓のイメージそのままの姿で現れたのだとしたら、多くの人はやっぱり魔神の心臓だと判断するだろう。結局あたし自身は召喚された実物を見てないけど。
「それがまずいのさ。古代文明をまるまる滅ぼしたって言われてる魔神様の心臓だよ。そんな物騒なモンを呼び出せるって言ったらあんた、世界中を敵に回すよ」
「……え? ええ、と……」
魔神はかつて世界を滅ぼした存在。その心臓だけとはいえ、呼び出せるあたし。世界を滅ぼした奴の一部を自らの能力で呼び出せるあたし……あ、うん。確かに危なすぎる奴だわこれ。下手すると魔神の使徒とか巫女とか言われそうだよね。そりゃ命狙われたっておかしくないよね。むしろ積極的に狙われるよね。いやー、うっかりしてた。単純に魔神の心臓を呼び出せるって事だけでどうしようって頭が一杯になってて、そこまで考え回ってなかったわー。あはははー。って、うわぁぁぁぁぁ!!




