魔女は出撃する 1-4
装備部に赴くと、そのまま外に案内された。
各種装備品や車両、資材等が詰め込められた巨大ガレージがずらりと立ち並ぶ一角。ガレージ群の前は広大な荒れ地だ。金属製の網フェンスによっていくつかに区切られ、実弾射撃訓練場と書かれた大きな看板が立っている。看板自体にも無数の弾痕が穿たれているのがいかにもそれっぽい。
「おーい、待ってたよー!」
ぶんぶんと手を振って待ち受ける、小柄が影がひとつ。
頭の後ろで適当にまとめられた明るい色の茶髪はボサボサで、着ている白衣も見事に正体不明の極彩色の染みで汚れている。色白で、黙っていればそこそこ美少女っぽい外見なのだが、大きな目の下には、今日もやたら目立つ隈が存在感を主張していた。ロクに寝ていないのは間違いない。
彼女の名はロミル。自他共に認める仕事中毒の装備部主任殿である。年はとっくに二十を超えていると本人から聞いたが、正確な所を知るものはいない。暴こうとするものは実験材料にされるとの噂もあってか、真実は常に闇の中だ。
「やーやーナメちゃんも久しぶりー。元気してるー?」
小走りであたしの前まで来ると、肩に乗っていたナメクジをひょいと手に取り、目元に押し当てる。おー冷たくて気持ちいー、とか勝手に始める彼女に苦笑しつつ、
「それで、今回用の装備があるって聞いたんだけど?」
そう尋ねた。
「あー、うん、わかってる。じゃあ蜘蛛出して」
「一体でいいの?」
「五体は欲しいかな」
「了解」
言われるまま、とりあえず蜘蛛達を六体ほど召喚した。
「じゃあみんなー、持ってきて付けてあげてー!」
ロミルがひとつのガレージの方に声を上げると、中から数台のトラックがゆっくりと出てきた。運転席と荷台にワラワラと乗っている白衣の集団。荷台にはもちろんなにやら武装っぽいものも複数積まれている。
蜘蛛の集団の前にトラックが横付けされると、次々と装備を手にして降りてくる白衣達。
「おおおお凄い! 大型の蜘蛛! 感動ー!」
「細かい毛がチクチクするねー」
「これだけ大きい節足動物が体を保てるのって、やっぱり魔法?」
「だろうねー、じゃないとこの身体の構造で自重を支えきれるわけないもん」
「ついでに色々データとるぞー! 機器持ってきてー!」
白衣集団はもちろん、装備部のスタッフ達だ。
初見の者が殆どだろうに、まったく恐れないどころか、目を輝かせつつ蜘蛛を撫で回し、用意された装備を装着している。逆に蜘蛛達の方が少々戸惑っている空気すらある。
「上がこうだと下も大差ないか……」
「うん?」
頭の上にナメクジを乗せ、小首を傾げるロミル。あたしは軽く首を振って、話を進める。
「あれだ、装備って、蜘蛛達用のものだったんだね」
「そうだよ。行くのってガルムデルでしょ? 密林の中じゃ車両は入れないし、人が担いで持っていける量なんてたかが知れてるけど、ラーゼには蜘蛛がいるからねー。活用しない手はないっしょ! だから急ぎ突貫で用意したのさ!」
むふん、と彼女は得意げに胸を張る。
用意された装備とは……あたしの蜘蛛に装着する武装だった。
装着完了! との声に振り返れば、そこにはずらりと並ぶ我が蜘蛛達の勇姿。
彼等の背中には"砲台"が乗っていた。
「へぇ……」
近づいて眺めてみると、砲台は蜘蛛達の胴体部分に金属製のベルトで固定されているようだ。肝心の武装はというと、ボックスマガジン付きの軽機関銃や回転弾倉の五十ミリグレネードランチャーが主である。それらが一丁ずつか、あるいは同武器が二丁並んで乗っている。
「高速機動する小型多脚砲台って感じかな。運用としては中間距離での援護、制圧戦闘を想定してるよ。ほら、ラーゼの場合、能力的に近距離での殴り合いが多いじゃない? でもこれだったら数十から……うーん、最大三百メートルくらいはいけると思う」
ロミルの説明を背中で聞きつつ、蜘蛛の周囲を回って、さらに細かい機構を確認してみる。
「操作は……糸で?」
「そう。ラーゼの蜘蛛達ならそれくらいできるでしょ? 賢いもん」
「まあ……そうだね」
正面から賢いとか言われたら、否定できない。蜘蛛達の顔も、まんざらじゃなさそうだ。
「じゃあそういう事で早速実射テストいってみよー!」
元気な声で、ロミルが拳を振り上げる。その後ろに並んだ配下のスタッフ達も、各々カメラやよくわからない機器や工具を手に、おー、と追従していた。ついでにロミルの頭の上で、ナメクジも触手を振っている。
「了解、やろう」
あたしももちろん、見てみたかった。
──結果から言うと、蜘蛛達の装備は十分実用に耐えうるものだった。
荒れ地を疾走する蜘蛛の背中から連続する射撃音。間を置かず、的である人の形をした木の板が穴だらけになっていく。射撃を行うのは一体だけというわけではない。蜘蛛達は互いの動きに合わせ、時には同時に、時にはタイミングをずらしつつ、二方向、三方向、あるいはそれ以上の射線を放って目標を狙っていた。たまに飛び跳ねたりもしてる。なんというか……実にアクロバティックだな、これ。
しゅぽん、という、少々気の抜けた音が連続したかと思ったら、今度は傍らに置かれていたボロボロの廃棄トラックが轟音を上げて爆発する。言うまでもなくトラックもこの射撃試験場の的のひとつであり、今蜘蛛達が放ったのはグレネードランチャーだ。上手いもんである。正直あたしなんかより上手い。足が多いからだろうか。いや関係ないな、たぶん。
熱を帯びた爆風の余波を頬に感じつつ、あたしがそんな事を思っていると、
「いいねー! 予想以上だよコレ! この子達だったら完全武装の一個中隊くらい余裕で殲滅できちゃうと思う!」
目をキラキラさせたロミルにそんなお墨付きを頂いた。
一個中隊か……ざっと百人程度の兵隊相手、ねぇ……うーん。腕を組んで、ちょっと想像してみる。あ……確かになんかいけそうな気がしてきた。装甲車両が複数いたりすると少々面倒かもしれないけど、それも状況とやり方次第ではなんとか…………って、ちょっと待て。いかんいかん。なにその気になってるんだあたしは! 単身で一個中隊の相手なんて普通しないからね! そんな状況になったら普通死ぬからね! やめてよね!
慌てて頭をぶんぶん振った。いくらうちの子達が優秀でも、好き好んで死地に飛び込もうって思うほどうぬぼれちゃいないよ! 本当だよ!
危ない想像を頭から追い出しているうちに、全弾撃ち尽くした蜘蛛達が戻ってくる。
「おっけー、ほんじゃあ各装備の微調整と確認、点検よろしくー! データはまとめとくだけでいいよー! 手早くやっちゃってー!」
ロミルの声を受けて、研究員達が蜘蛛に群がっていく。皆いい笑顔だ。仕事熱心だよね。
「あーいいなーこの手触り」
「動きも速くて格好いいよね」
「なんか来月から購買部でぬいぐるみが発売されるって話だよ」
「本当? 買おうかな」
……なんかあたしも知らないんだけど、それ。後で確認しとこう。
「ラーゼ、今しがた新しい情報入ったってよ」
ロミルの所に、小走りで走ってきた研究員の一人が何事かを伝えた。それを受けてすぐ、彼女があたしに言う。
「なに?」
「えっとね、目標地点付近で定期パトロール活動中だった軍の偵察部隊一個小隊が連絡を断ったって」
「あらら……」
確実になんか起きてるよね。まあ、そんなの今更だけど。
「一時間頂戴。それで装備の方は仕上げるから」
「了解、任せた」
「任された!」
びしっと敬礼すると、ロミルもまた、研究員と蜘蛛達の方へと駆けて行った。
残されたあたしは、とりあえずすることがない。
ガレージの壁に背を預けて、座る。
休めるときには、躊躇なく休む。あたしはそうしている。イザって時に体力が尽きました、動けません、じゃ話にならないからだ。というか、実際それに近い状態に陥って危なく死にかけた事がこれまでにも何度もあった。能力にもよるが、魔女はハードなお仕事なのだよ。
ロミルの台詞の通り、準備はきっかり一時間で完了し、世界が夜の帳に包まれ始めた頃、あたしは出発した。