魔女は夢を見、そして目覚める 6-3
「では、起動します」
ファロディアさんが、手に持った箱のスイッチを押した。
箱からは長く伸びたケーブルが、鋼の獣まで繋がっている。
「一般的な鋼の獣は、一定量の魔力を注ぎ込む事で起動します」
魔女王様が、説明してくれた。
「一旦起動すると、あとは周囲のエーテルを吸収しながら稼働状態を続けます。いわばエーテル機関とでもいうべき動力で動いているわけですが、そのエーテルを制御するためには魔力も必要とするのです。さて、ここでひとつ大きな問題が出てくるのですが……わかりますか?」
魔女王様が、じっとあたしを見る。
「……鋼の獣は機械だから、魔力を自ら生み出すことはできない……という事ですか?」
少し考えて、思いついたことを言ってみた。
「その通りです」
よかった、正解だ。ルナティリア様の微笑みを受け、内心ホッとする。
「動作を続けるためには、自分達では生み出すことができない魔力が必要不可欠。なら、彼等はどうやってその魔力を得るのかというと……」
バキン、と硬質な音が響いた。
鋼の獣が、身を起こそうとしている。
今の音は、その口で目の前にあった缶を噛み砕いた時のものだ。缶の大きさはちょっと大きめの缶詰くらい。中身は……なんだろう、食い破られた缶からキラキラ光る粉みたいなものが舞っているのが見える。
「高純度濃縮エーテルに魔力を溶かし込んだものです。次世代のエネルギー候補として現在研究中の試作品で、起動のために今回特別に用意したのですが……どうやら気に入ったようですね」
手に持ったスイッチ付きの箱を足元に置きながら、ファロディアさんが言った。今の台詞からすると、どうやらあれで魔力を与えて鋼の獣を起動したようだ。でも……次世代のエネルギーの試作品とか、あたしなんかに見せちゃっていいんだろうか。
「ああやって、彼等は外から魔力を補充することで自らの活動時間を伸ばそうとします」
魔女王様の説明が続く。
キラキラとした輝きの粒子が、鋼の獣の口から体の奥へと吸い込まれるように消えていった。
完全に立ち上がった獣は、猛獣というよりはどことなく牛を思わせるようなバランスの体型をしている。見るからに力強そう、という印象だ。
「そして最も効率よく魔力を得るために、彼等がどう行動するのかと言えば……」
獣の赤く光る二つの目がこちらを向く。と、次の瞬間には身をかがめ、一気にこちらへと飛びかかってこようとして……やや前にジャンプした所でその場に落ちる。獣の両方の後ろ足には、太い鎖が巻き付いており、反対側の先は床に固定された金具に繋がれていたのだ。
「……」
獣が動いたその時から、あたしは自然と後ろに数歩下がっていた。跳んだ際には思わずその場に尻もちを付きかけて、魔女王様に支えられた程だ。
「まったく……相変わらずいやしい獣だね。しつけがなってやしないじゃないか」
「技術部からは主に関節部に不具合がある個体だと言われていたのですが、その割にはよく動くものです」
「なんだい、アレはポンコツなのかい?」
「はい、だからこそ試験用にとなんとか話をでっちあげて持ち出す事ができました」
そんな会話を交わすファロディアさんとバルザイール様。話をでっちあげたって……いいんだろうか。
繋がれている事に気づいた獣は、鎖に歯を立て、噛みちぎろうと首を激しく振っていた。
激しい金属音が、施設内に響く。
そんな様を見ても、あたし以外の三人は平然としたものだ。さすがというかなんというか……。
「一旦起動すると、あのように周囲にいる生物に手当たりしだいに襲いかかり、魔力を吸収しようとするのです。とりわけ、人間の魔力がお気に入りのようで、優先的に人は襲われることになります」
「さすがにそれでは兵器としても使用が難しいですから、なんらかの制御手段があるはずなのですが……残念ながら現在までに制御方法はおろか、内部構造も殆どが解析を寄せ付けず、解明が進んでいないありさまです。まあ、これは他の超越遺物全般に対しても言えることなのですが」
「そうかい? あいつの身体を構成している金属については、最近少しは再現できるようになってきたって聞いたよ?」
「……バルザイール様、それは結構な高レベル秘匿情報です」
「そりゃ済まなかったね。でもいいだろそれくらい知られたって」
三人がそれぞれに説明やら秘密の暴露やらをしてくれる中、獣は鎖を切ることを諦めたのか、再び顔をこちらに向ける。
その目に宿った赤い光が急速に輝きを増し──。
「無駄ですよ」
むしろ優しいとすら言える口調で、ルナティリア様が言った。
と同時に、あたし達から見て右手奥の壁でいきなり激しい光が爆発する。
キュボォッというような爆発音が、僅かに遅れて響き渡った。
……こ、今度は何!?
「目から光線を射出したのですよ。それを魔女王様が曲げたのです」
ファロディアさんが解説してくれる。
あたしには、なんにも見えなかったし、わからなかった。
つまり光線を撃たれて、それを防いだんだ。あの一瞬で。
直撃した壁はというと、コンクリートに大穴が空き、一部が焼き溶かされている。とんでもない破壊力だ。人間なんて食らったら何も残らないかもしれない。それをあんなに簡単に防いでしまうのだから、魔女王様はやっぱり凄い。凄いを通り越してる。
二代目の魔女王様であるルナティリア様は、親しみと畏れを込めて、こう呼ばれることもある。
──光の魔女王。
その魔女としての能力は、光を操ることとされている。魔女王の地位を継承する際の式典では、その能力で空に複数の虹の橋をかけ、様々な色の光を乱舞させた。幻想的な当時の光景は多くの映像や写真で残されており、実際に目にした人間だけでなく、今でも多くの人々の目を楽しませている程だ。あたしも親に抱かれて現場にいたそうだけれど、残念ながら赤ん坊だったので殆ど覚えていない。ただ、ぼんやりと何か凄くきれいなものを見た気がする、という記憶があるだけだ。
「あれの相手は任せます。適当にいなしておいて下さい」
「承知しました。では──」
ルナティリア様の言葉に頷くと、ファロディアさんが鋭い眼差しを獣に向ける。
不意に、獣の姿が消えた。
……え?
目をぱちくるする、あたし。
どこにもいない。一体あの獣はどこへ……。
「よく見な。落ちたんだよ」
しわがれた声で、ようやく気がついた。さっきまであの獣がいた場所に、大きな穴が黒い口を開けている。
ええと……コンクリートの床、だよね?
なんらかの仕掛けが動いた気配はなかった。という事は……。
「ファロディアは穴の魔女を受け継ぐ者なのです」
魔女王様が言う。
「穴の魔女って……始まりの六人の魔女の……」
「ええ、彼女はドメイラ様の末の娘です」
あっさりと魔女王様がそれを認めた。
えええ……始まりの六魔女の一人、穴の魔女ドメイラ様の末娘! 初めて聞いたよそんな事! というか娘さんがいる事すら殆どの人は知らないと思う。
始まりの六魔女の話は誰もが知っている程有名なのだけれど、全員がほぼ人前に姿を見せることがなく、表に立つ魔女王様に対して影の存在として語られる事も多い存在なのだ。彼等は皆、国のために魔女王様に強い忠誠を誓い、己を殺してあえて日陰に身を置き、建国以来ずっと魔女王様を支えている影の守護神的な役割を担っている最高の忠臣達だと、そう言われているのだが……。
「ドメイラの奴は元気かい?」
「それが……年に数回手紙が届くだけで、一体今どこで何をしているのか皆目検討もつきません」
「……相変わらず世界中をほっつき回ってるのかいあの風来坊は。どうしようもないね」
「面目次第もございません」
「ああいや、別に責める気はないよ。そもそもあたしら全員が揃いも揃って面倒事が嫌いだからね。好き勝手にやらせてもらってる身からすると、感謝しかないよ。あいつもそうだろうさ」
はっはっは、と笑うバルザイール様。
なんだろう……知らないほうが良いことをどんどん知ってしまってる気がする。できれば全部聞かなかったことにしたい。遅いだろうけど。




