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魔女が来る!  作者: うちだいちろう
1.魔女と虫と森の中
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魔女は奥の手を使う 5-7

「ふふ……なるほど……私に魔神の事を尋ねたのは……こういう意味だったのですね…………ああ……なんて……凄い……魔女とは、まさか……ここまでの……」


 全てを灰にして迫りくる破滅の力を前にして、それでもジアはうっとりとした表情で微笑んでいた。

 しかし、腹の傷から流れる血は止まる事なく今も溢れ続けており、彼女の足元に大きな血溜まりを作っている。その顔はもはや背後のメリエの顔色よりも白い。


「あの力……メリエに欲しかった……そうすれば……もっと……」


 辛うじて立っていた身体が崩れそうになった所を、水晶の柱が伸びてきて支える。


「メリエ……貴女は逃げなさい……あれには勝てない…………貴女だけなら、まだ逃げ切れる可能性、が……」


 その言葉に、メリエの巨大水晶は激しい明滅で返した。


「……そんな……ワガママを言っている……場合、では…………メリエ……?」


 柱がジアの身体を巨大水晶に押し付ける。すると……ジアの身体がじわじわと巨大水晶の中に飲み込まれ始めた。


「メリエ……いけない! こんな事をしたら……貴女は……!」


 初めて、ジアが焦ったような声を上げた。が、それでも沈み込んでいく流れは止まらない。光の明滅がゆっくりになり、姉妹の身体を柔らかく照らして……包み込む。


「確かに確率はゼロでは……もう……しょうがない子ね……いいよ、わかった……お姉ちゃんの負け」


 やがて、ジアの身体が水晶の中に完全に埋没していく。

 最後に周囲に流れたのは……こんな台詞だった。


「やるからには……とことん、ね…………見せてあげましょう……私達…………姉妹の力……」




 姉妹を揃って内包した巨大水晶が、突如強い光に包まれた。混じりけのない、真っ白な光。

 と同時に、周囲の地面から無数の柱が立ち上がってくる。幾本も、幾本も。

 あっという間に、光る本体を取り囲むようにして、周りは林立する水晶の柱で埋め尽くされた。全ての柱は本体の根本と繋がっており、ゆらゆらと揺れている。その姿はまるで……膨大な数の足を持った蛸や烏賊のようだ。ただ、何もかもが透明の水晶状物質で形作られており、それが本体からの光を受けて輝く様は、一種異様な美しさをも秘めていた。


 その透明な触手群が、一斉に動いた。ただひとつの方向へ。心臓を中心として迫りくる絶対破壊の領域へ。

 水晶の背後からは、次々と生物が湧き出してきた。

 猿やトカゲといった地を駆けるもの、空を飛ぶフクロウなどはもちろんいたが、その他の種類の生物もかなり混じっている。言うまでもなく、首に操作芯が刺さった、操られし生物達だ。森の暗闇から際限なく姿を表すその全体の数は、少なくとも数千を軽く超え、万の単位に迫っていたろう。


 柱も、生物達も、迷うことなく正面から向かっていく。

 それらが……皆、灰となってあっけなく消えていった。

 姉妹が超越遺物の力を借りて作り上げた軍団も、生物の身体と融合して利用する力も、そんなものなどまるで無力だと言わんばかりに、不可視の力が蹂躙し、飲み干していく。


 空中に純白の灰が飛び散り、また何かが消失する。


 大亀の熱弾は限界を超えた最高温度で放たれた。一度の発射で甲羅が裂け、炎と血肉が一緒に吹き出す。

 が、どちらも一瞬で掻き消え、たった一握りの灰と化した。


 無数の水晶の柱も、忠実な軍団も、何もできずに、ただ数だけが恐ろしい勢いで減っていく。


 ──ふふ……そうね、これは反則だと思う。何をやっても、勝てそうにないよね……。


 殆ど時を置かずに、その場に動くものは何もなくなり……姉妹だけが残された。


 ──うん……うん……確かに、これだけやって駄目なら、諦めもつくかな……。


 姉妹を内包した巨大水晶も、破壊の領域に触れた端から、同じ命運を辿った。例外はない。


 ──え? なに……ふふ……うん、私もよ、メリエ……。


 輝いていた水晶の光が、薄れていく。


 ──私も貴女を愛しているわ……。


 最後に見えたのは、優しく妹を抱きしめる姉と、その姉の胸に顔を埋めて微笑む妹の姿……だった。





「……あー、ちょっとここから移動は無理かもしれないですね……」


 ミディオレが、身を起こしながら言った。

 彼等がいるのは、ラーゼリアを中心とした半径二メートルの安全地帯である。

 その端で、ミディオレは目の前の地面に、手にした使用済みの無反動砲をズブズブと沈めていたのだが……全長一メートル程の砲身が全て沈み、さらに彼女が手を伸ばして肩の根本近くまで突っ込んでも……底に届かなかった。


 安全地帯の外側は、今や地面まで灰と化していた。

 既に、彼等の頭上に心臓はない。

 姉妹を飲み込んだ後も破壊の領域は広がっていき、どこまで行くのかとかなり不安に見守っていたレグゼムとミディオレだったが……始まったときと同様、終わりも唐突に訪れた。

 心臓が不意に消え、同時に上空を覆っていた不可解な色の雲も消失。残ったのがこの安全空間と、あとは周囲三百六十度を埋め尽くす灰の海……というわけだ。


 チラチラと、まばらに降る雪のように、白いものが舞っている。


「……救助を待つしかないな、これは」

「ですよねぇ……」


 二人の目から見て、破壊された空間はここを中心として少なくとも半径一キロメートル以上に及んでいた。ずっと向こうに森の木々の連なりが見えてはいるが、その綺麗に寸断された境界まで、地面は全て灰が占めている。深さも背が立つかどうか分からない以上、歩いてそこまで行くのは現実的ではない。


 状況としては、まるで小さな島に取り残された漂流者のようであったが……二人にはそこまで切迫した空気はなかった。むしろ緊張から開放されて緩んでいる、といった雰囲気だ。


 ミディオレが小島となったスペースのほぼ中央まで戻って、そこにポツンと残されたコンテナに背を預け、座り込む。隣には未だ気を失ったままのラーゼリアが、背嚢を枕にして横になっていた。そのまた隣には、同じくコンテナを背にして座るレグゼム。


「腕、大丈夫ですか?」

「ああ、さっき痛み止めと化膿止めも飲んだ」


 火傷を負ったレグゼムの片腕は、指先から肘までガッチリと包帯が巻かれ、一回り以上太くなっていた。それをレグゼムは軽く振ってみせる。


「ラーゼリアさんが起きたら、ナメクジちゃんで治療してもらいましょう。それですぐに治りますよ」

「そうだな。やってもらえりゃ助かる」


 二人の視線が、そのラーゼリアに向けられる。


「……勝てたんですよね、私達」

「殆ど全てこの魔女殿のおかげでな」


 目を閉じて静かに寝息を立てている姿は、まさに年相応の少女にしか見えない。実際に二人よりも年下で、レグゼムに至っては年齢だけならば二倍近い差だ。


「凄い魔女……なんですよね」

「どっちかってーと、めちゃくちゃな魔女、だな」

「もう、すぐそんな事言って……」


 ラーゼリアの頬に舞い降りてきた灰の小片を、ミディオレは指先で優しく拭い取る。


「実際、能力はとてつもないし、この年であれだけ戦えるのも大したものだろうさ。けどなぁ……」

「なんです?」


 若干眉をひそめつつ、レグゼムは続けた。


「指揮官としてはお粗末だな」

「そうなんですか?」

「そもそも、生き残りである俺達を見つけた時点ですぐさま森を出るのが正しい選択だ。森を出て、俺達の安全を確保した上で、救援を待ち、万全の体制で望むべきだった。俺がこいつの立場だったらそうした。従わないようだったら、殴り倒して強引にでも森の外まで引きずってただろうな」

「えー、でも、確か最初に同行したいって言い出したの、軍曹じゃないですか!」

「……まあ、な」


 指摘されると、レグゼムは気まずそうに視線をずらす。


「反対されるのを承知で言ったのさ。駄目だと言われたら素直に従って、お前を説得する気でいた。お前も付いていきたいって顔してたからな。それをさせないためには、最上位の上官の命令が必要だった」

「でも、結果はあっさり許可された、と」

「あっさりでもないとは思うぞ。こいつなりに悩んで決めたんだろう。仲間を救いたい俺達の気持ちとか、そのあたりを考えちまったんだろうな」

「それって……駄目だったんですか?」

「指揮官としてはな。正しい選択とは言い難い」


 きっぱりと、レグゼムは言った。


「他にも細かい所を上げたらキリがないが……一番でかいのは、あの姉妹との決戦の場に、俺達を同行させた事だな」

「……それも指揮官としては」

「ああ、失格だ」


 頷くレグゼム。ラーゼリアが聞いていたら、頭を抱えてしゃがみ込んでいただろう。


「俺達なんか連れて来なくても、こいつにはあの姉妹を一蹴できる奥の手があったんだ。俺達は必要なかった。むしろ邪魔者でしかない。俺達をここに連れてきたせいで、こいつは本来見せるべきじゃない最大の秘密を俺達に知られるハメになったわけだし」

「まあ……そうなりますよね」

「最初はこいつも奥の手なしであの姉妹を倒せるとか考えてたんじゃないか? 俺達三人なら、ってな。でも結果的にあの姉妹の力は予想をさらに超えていた。だから奥の手を使わざるを得なかったんだ。俺達に魔女に人生を捧げる気はあるか、って聞いてきた時も、こいつは内心迷ってたと思うぞ。本当に俺達を巻き込んで良いのか、ってな」

「……あの時悩んでるように見えたのは、やっぱりそれなんでしょうね」


 ミディオレも、それには薄々気づいてはいた。今のレグゼムの言葉で、あらためてピースが嵌った気がする。


「で、結論だ。この魔女殿は指揮官には向いてない。判断も行動も迅速ではあるが、悪く言えば行きあたりばったりで他人に流されやすい。こんな指揮官ばかりだったら、到底軍隊なんてまともに機能しないぞ。断言してやる」

「ひどい評価ですね、それ。本人が聞いたら怒りますよ絶対」

「……蜘蛛の糸で拘束された上でムカデに噛まれるかもな」

「いえ、おそらく直接自分で殴るか蹴るかしてくると思います」

「だな……」


 容易に想像できたのか、素直に認めるレグゼム。ミディオレがクスクス笑った。


「結局の所、優しいんですよ、身内には」

「甘いとも言うがな。どっちにしろ、これから長い付き合いになるかもしれないんだ。そういう奴だっていうのが早々に分かっただけでもいいんじゃないか」

「……私達、この先ずっとラーゼリアさんみたいな魔女の人達の下に就く事になっちゃったんですよね……」

「なんだ今更? 不安か?」

「当たり前ですよ」

「お前だって魔女だろ。なんとかなるって」

「そんな簡単に……」


 同じ魔女でも私はたいした事できないし、とか、だいたい軍曹は大雑把なんです、とかブツブツ言い始めるミディオレだったが、レグゼムは我関せずとばかりにあくびをすると、コンテナに深く背中を預けて目を閉じた。


「魔力がカラッケツで身体を動かすのもキツイ。少し寝るから後は任せた。なんか変なのが寄ってきたら適当に撃っとけ」

「……わかりました」

「救助に来た人間は撃つなよ」

「撃ちませんよ!」


 すぐに、その場にレグゼムのいびきが響き始める。

 東の空が、そろそろ明るくなってきていた。

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