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魔女が来る!  作者: うちだいちろう
1.魔女と虫と森の中
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魔女は奥の手を使う 5-5

「ここに来て魔法、ですか……ふふ、面白いです。本当にあなた達は興味深いです……その調子で、どうか私とメリエのより一層の成長のため、良き糧となって下さい」


 ジアの言葉と共に亀の甲羅に光が宿り、一点に集中していく。


「下がれ! 俺が防ぐ!」

「了解!」


 レグゼムの指示で、壁の端から半身を出して射撃を続けていたミディオレが壁の内側に引っ込んだ。下がる前に無反動砲を亀に向けて一発撃ったが、伸びてきた柱によって防がれる。


「……やはり撃つ瞬間を見られたら駄目ですね」


 下唇を噛んで、何やら考える表情のミディオレ。


 熱弾が来る!


「ぬん!」


 レグゼムが気合を込めると、さらに新たな壁が地面から盛り上がった。熱弾が飛来する方向に対して二枚。元からあった壁と合わせて、都合三枚の分厚い土壁でもって、亀の熱攻撃を受け止める。


 空気の激しく弾ける音のみが聞こえてきた。あたし達三人がいるのは当然壁の内側だ。一番外側の様子など見えない。


 熱の奔流が一旦収まるのを待って、ミディオレがまた壁の端まで走り、外の様子を確認する。同時にレグゼムも壁の一部に切れ目を入れ、向こう側が見えるようにした。思ったより随分と器用に魔力を制御している。外見からはそんな真似ができるようにはとても思えないのに、ある意味詐欺っぽい。


 レグゼムの魔法による土壁は、亀の熱弾を完全に受け止めてみせたようだった。一番外側の、熱を直接受けたと思われる壁の部分一帯が黒く焼け焦げ、今も激しく白煙を吹き上げているが、その他には特に異常は見られない。


 これなら、あの熱弾にも十分持ちこたえられる。


 誰もがそう思うような結果に見えたが……。


「なかなかに頑丈ですね。ですが……どこまで耐えられるでしょう?」


 ジアの微笑みは、消えなかった。


「続けてきます!」


 ミディオレの声。亀の甲羅がまた光り始める。


「……間隔が短いな。でもって……前より眩しくないか、あれ……」


 呟くレグゼムに額には、じわりと汗が滲んでいた。

 その言葉通り、目を細めないとまともに亀の方を見ていられないくらいだ。先に倒した五メートル級でもあんなに光ってはいなかった。一体これはどういう意味を持つのか……。


 答えは、すぐに判明した。


「うおぉぉ!?」


 今度の熱弾は、今までのものとは違い、はっきりとその姿を見ることができた。真っ赤に滾る熱の塊が、渦を巻きながら押し寄せてくる。大きさも、速さも、熱量も桁違いだ。


 レグゼムが新たに形成した分厚い土の壁が灼かれ、ドロドロに溶かされていく。一部は触れた瞬間に細かく崩壊しつつ燃え上がり、消えていった。レグゼムは内側にどんどん壁を作ることで対抗し、押し止める。二枚はあっという間に突き抜けられ、三枚目で勢いが鈍り始めたのを感じ、四枚目が崩れ去って……そこでようやく熱の猛威が急速に減衰していく。


 最後の一枚、五枚目の壁の表面に押し当てたレグゼムの右手からは、煙が立ち上っていた。軍服の右腕が肘のあたりまで燃えて無くなっている。下の地肌も真っ赤だ。皮膚は至る所で破け、血が滴っている。最後の防壁をさらに高く、厚さも倍化させてなお、その結果だった。後ろにいたあたしにまで、熱風の余波が届いている。


「レグゼムさん!」

「……騒ぐな。ちょっと痛いが無事だ」


 ちょっとどころかかなりの火傷なはずだが、眉を少し潜めただけで平然と言ってのける。


「……メリエがさらに亀の攻撃を調整しました」


 ジアの声が、聞こえてきた。


「熱量をギリギリまで高めてみたのですが、如何でしょう? これ以上だとこの亀の身体でももたない程の、文字通り上限です。この亀の個体の耐久性だと、あと三回ほど今の熱放出を行うのが限界でしょう」


 つまり……少なくともあと三回は今のと同様の攻撃ができるわけだ。


「そうかい。そりゃよかった! 俺は熱い風呂が好きでな、今のは温すぎて風邪引いちまうかと思ったぜ!」

「……左様ですか。ですが、あなたの潜在魔力量からすると、いい所あと一度、多くても二度目は防げないと私は判断しましたが?」

「うるせーよ! 余計な心配してんじゃねーぞコラ!」


 威勢よく毒づくレグゼムだったが、直後に「ちっ、流石に察しがいいなあの女」とか、小さく呟くのが聞こえた。ジアの推測は当たっているようだ。


「レグゼムさん、ちょっとやって欲しいことがあるんですが」


 と、今度はミディオレが無反動砲片手に、疲れが見えているおっさんへと寄っていく。


「……なんだお前まで」

「ええっとですね……」


 そこから小声で二人は何やらゴニョゴニョと話し合っていたが……。


「というわけで、お願いしますね」

「わぁったよ! やるよ!」


 半ばヤケクソ気味に、レグゼムは引き受けたようだ。


 ったく、ここに来てミディオレまで人使いが荒くなりやがって……誰の影響だクソ。


 ……なんてぼやきが耳に入ってきたが、聞こえなかった事にする。


「来ます!」


 ミディオレの声。新たな熱弾が放たれた。言うまでもなく、高熱改良タイプだ。本当に間隔が短い。もう十秒くらいしかかかってないんじゃないだろうか。撃つたびにあの妹が亀の身体の構造や熱弾発射の仕組みを解析し、より効率的な形へと改良を重ねているものと思われる。その理解力と応用力はとんでもないレベル……実際天才なんだろうな。それは認めよう。狂ってるけど。


「くそがぁぁぁぁぁ!!」


 下品な雄叫びは、レグゼムである。今度は最初から熱弾に向かって七枚の壁が持ち上がり、立ち塞がる。

 一方、熱弾の方にも新たな工夫が施されていた。射出されたと同時に、激しく回転していたのだ。

 回転運動はドリルのように働いて、熱と共に壁を容赦なく削っていく。レグゼムはそれに対抗して、崩れそうな部分に新たに壁を作り、修復しようとする。が、それでも熱が壁を掘り進む勢いの方が勝った。


「ぐ、おぉぉぉぉぁああぁぁぁ!!」


 最早意味など成さない、獣のような唸り。

 最後はもう、気合と気迫、と言わんばかりのレグゼムは……二度目の超熱弾も辛うじて防ぎ切った。またしても最後の一枚の壁を残すのみ、といった状態だ。その壁も、端のほうからボロボロと崩れていく。彼自身の魔力自体、もう限界らしかった。


 ただの土くれへと戻っていく壁の向こうから、仁王立ちする男の姿が現れる。その手に携えられたのは──無反動砲。先端は真っ直ぐに今熱弾を放った大亀へと向けられていた。


「こいつはお礼だ! とっとけ!!」


 発射。砲弾は弧を描いて亀へと飛翔する。

 ジアは、横目でちらりと見ただけだった。


 柱が数本、亀の前へと伸びていき、六角形の防壁を展開する。受け止められた砲弾はその表面で爆発。炎も衝撃も、破片の一欠片すら……大亀には届かない。


「……ふふ」


 薄く微笑むジア。

 が、レグゼムの方もまた、口の端を上げていた。笑いの形に。


 ターン、と、一発の銃声が響く。


 ジアの前に水晶の柱が集まるが──ほんの一瞬だけ遅かった。


 一本の柱の端をかすめた銃弾が、甲高い音を上げつつ僅かに方向を変え、ジアの脇腹に突き刺さる。


「……残念。胸のど真ん中を狙ったんですけどね」


 その台詞を口にしたのは、ミディオレだ。

 伏せ撃ちの態勢で彼女は地面に横たわり、銃を構えていた。

 彼女の目の前にある壁。その丁度顔の前の位置に、直径十センチに満たない程の穴が空いている。


 穴はその壁一枚ではなく、七枚全ての壁の同じ位置に、同じ大きさで開けられていた。

 そしてその小穴の開いている方向を線で結んでいくと……終端はジアに繋がっている。


「十分だろ。腹のあの位置は始末に悪いぞ。早いとこ治療しないとえらく苦しんで死ぬことになる」


 レグゼムの撃った無反動砲は囮。本命はこの小穴の連続を通してジアを狙ったミディオレの狙撃だ。

 防がれるのを承知で派手な攻撃をしつつ、裏でレグゼムは魔法操作で壁に穴を開けていた。そこからミディオレが撃った、というわけだ。


「こういう細かい操作は苦手なんだ。おかげでもう魔力がスッカラカンになっちまったぞ」


 ドサリと、その場に座り込むレグゼム。


「でも、おかげで一矢報いることができましたよ」

「ああ、もう上出来だ上出来」


 残っていた壁も、一気に崩れて形を失い、ただの土の山に変わっていく。込められていた魔力が無くなった証拠だ。

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