魔女は奥の手を使う 5-4
「あんた達二人、この先の人生を魔女に捧げる気、ある?」
「……なに?」
「……はい?」
あたしの新たな問いかけは、二人にはあまりにも唐突な内容だったろう。
揃って目を丸くする二人に、あたしは言葉を続けた。
「あの姉妹をまとめてぶっ飛ばす手段をあたしは持ってる。ただ、それはあたしという魔女が持つ最大の秘密であり、ひいては魔女国ウィレミアにとっても最高クラスの機密事項になっているものなんだ。それを見て、知ってしまう以上、二人には覚悟を決めてもらう必要がある」
言い切ってから、じっと二人を見る。
レグゼムとミディオレは互いに顔を見合わせると、
「……続けてくれ」
レグゼムの方が、話を促してきた。あたしは頷き、続ける。
「まず、二人には軍を辞めてもらって、代わりに魔女に関わるそれなりの部署に就いてもらうことになると思う。これは適正を見て、上の人間が決めるから、あたしにはなんとも言えない。ただまあ……間違っても楽な仕事じゃないとは思う。その辺は諦めて欲しい。でも給料や年金は軍よりいいはずだから、将来は安泰かもね」
ここまではまだいい。問題は次だ。
「仕事の内容については、殆どが機密扱いで家族や友人にも言えない。これは絶対。もし漏らしてしまうと……双方にとって不幸な結果になるかもしれない。そして、この先ずっと、生きている限り行動には監視がつく。魔女の監視が、ね。誰も見ていないと思っても、必ず知られる。どんな方法かはあたしも良くわからないけど、その気になったらそれこそ考えている事まで簡単に見抜かれると思って。隠し事なんて無理。そしてルールを守れない悪い子の前には、あたしなんかよりずっと優秀で怖い魔女が直ちにお仕置きにやってくる。とまあ……うん、他にも細かいことは色々あるんだけど、今あたしがここで話せるのは、大まかにはそんなとこ、かな」
早口で、我ながらかなり大雑把な説明だったと思う。のんびりもしていられない状況だから、それは許してもらいたい。
あたしとしては嘘も誇張も一切していないのだが……こんな唐突な話をいきなりして、二人は果たしてどう思ったやら、と内心ヒヤヒヤものだった。
ほんの僅かな沈黙の後、
「その提案を私達が飲めば、あの姉妹を確実に倒せるんですね?」
ミディオレが、聞いてきた。あたしもその瞳を見返して、はっきりと頷く。
「それは保証する」
あたしの視線から、嘘はないと感じ取ってくれたと思う。内心の不安まで伝わるだろうけど、それはしゃーない。判断はもう向こうに任せよう。
「俺達は、あとは見物してればいいのか?」
と、今度はレグゼムが聞いてくる。
あたしはそっちに向き直り、首を振った。
「残念ながらそう簡単じゃない」
指を一本立て、それをレグゼムの前に突き出してやる。
「一分。それだけ時間を稼いで欲しい。準備が必要なんだ。その間あたしは動けないし、今いる虫達も全部消さないといけない。あと、準備が済んで発動したら、あたしの側から絶対に離れないこと。でないと死ぬ」
きっぱり言い切ると、ふむ、と考える顔になるレグゼム。
「俺達だけで一分か……ある意味今までで一番キツイな」
「確かにそうですけど、なんとかしましょうよ」
「いや、なんとかするけどよ」
……なんて、レグゼムとミディオレは二人して話してる。
あれ? なんか随分あっさり信じてない? あたしの話。
結構無茶な事言ったよね? もっと疑うのが普通じゃないの? 言った本人がそんな風に思うのも何だけどさ。
「では早速始めましょう。って……どうしました? 難しい顔をしていますが……何かまだ問題でも?」
「やっぱり腹減ってんのか? 安心しろ、クッキーならたくさんあるぞ。でも後だ、後」
「だから違うっての!」
……なんか調子狂うな。
今のあたしの話を聞いて、悩むどころか迷う素振りすらないってどうなのさ。本当にいいのかあんたら、と問い詰めてやりたい。その時間さえあれば。
「……そろそろ、良いですか?」
むしろのんびりした調子で、ジアが声をかけてきた。
「なにか話し合っておいでのようでしたので見守っておりましたが……良い策が浮かびましたか?」
完全に上から目線で余裕ぶちコキまくりの発言だ。こいつはこいつで頭にくる。
「おう、待たせて悪かったな。今済んだ所だ。これからお前等まとめてコナゴナにしてやるから安心してくれ」
「こちらは貴女達のように優しくないですから、一切待たないですし、手加減もしません。覚悟して下さい」
売り言葉に買い言葉、とはこの事だろうか。レグゼムもミディオレも揃って強い口調で堂々と煽り返した。
ジアの顔に刻まれた笑みが深くなる。
蟹の鋏が付いた柱と、蛇の柱が空中高くに持ち上がり、亀の甲羅には新たな光が宿り始めた。
「おし、向こうもやる気満々だな。じゃあ早速始めようぜ。遠慮なくやってくれ」
「私達にも見せて下さい。特務魔女の本気の力を」
あたしへと振り返る二人の顔にもまた、不敵な笑みが浮かんでいた。戦意と気迫が炎となって全身を包み、燃えている……そんな感じ。あたしが断言してみせた勝利を、これっぽっちも疑っている様子がない。
……なんだろう。一人で色々考えてるのが馬鹿らしくなってきた。
こと、この状況に至っては、そもそも余計な事考えてる場合じゃない。
この二人を連れて無事に帰るためには、やるしかないんだ。
いいよ、わかった。やってやるよ。
レグゼム、ミディオレ、そしてそこの姉妹! 今から見せてやるよ! このあたしの秘密をさ!
蜘蛛達を近くに呼び寄せた後、召喚を解除した。
「今回は本当にお疲れ様。一足先に休んでて」
次々に、蜘蛛達が消えていく。最後にコンテナを背負った蜘蛛と、そのコンテナの上に乗ったナメクジが残り、彼等もまた、片足と触手を揺らして……空気に溶けるようにいなくなった。
あたしの周囲に、蜘蛛達が背負っていた砲台やコンテナだけが残される。
「……あら? 今度は何をするおつもりですか?」
首を傾げるジア。もちろん、こたえてやる義理はない。
あたしはその場に片膝立ちでしゃがみこみ、腰のパウチからひとつの小さな包みを引っ張り出す。封を破って中から取り出したのは……使い捨ての医療用注射器だ。長さは大体十センチ、太さはあたしの指より一回り太いくらい。目盛りは二十五ミリリットルまで付けられている。
あたしはそれを手に取ると、左腕をまくり、血管の位置を確認して……ためらいなく突き刺した。
まさにそのタイミングで、蟹の鋏付き触手があたしの真上から振り下ろされてくる。
「レグゼムさん!」
「俺が止める! ミディオレは下がってろ!」
レグゼムが止めると言った。ならあたしは動く必要なんてない。
「俺もとっておきを見せてやるよ! いくぞぉぉぉぉ!!」」
レグゼムもまたあたしの前でしゃがんだかと思ったら、地面に手を付いて吠えた。それと共に。地面から激しい勢いでそそり立つ、分厚い土の壁。
「魔法!? レグゼムさんって魔法使えたんですか!?」
ミディオレも驚いている所を見ると、今まで見せたことがなかったんだろう。
「まあな。魔力は人並み以上にあるんだが……恐ろしく使い勝手が悪いんだ」
「どういう事です?」
高くせり上がった土壁は、瞬時に目算で五メートル程の高さにまで成長し、蟹の鋏を受け止めた。ドン、という音がして地面が揺れる。厚さもかなり、少なくとも一メートル以上はありそうだ。
「一定以上の量の魔力を放出しようとすると、自分でも止められなくなる」
「……はい?」
「小さな種火やコップ一杯の水を出す程度ならいい。しかし攻撃にも使える程の魔力を放出すると、もうカラになるまで止まらない。そうだな……一度アクセルを目一杯踏み込んだら燃料を使い切るまで止まらない暴走車……って感じか」
「あー、なんとなくわかりました」
「そんなわけだから、俺はこうやってひたすら攻撃を防ぐ事に徹する。というか、今の俺は止まらない魔力を必死こいて制御する事以外できん。攻撃は任せた」
「……頼りになるんだかならないんだか……」
渋い顔をしたミディオレが、コンテナから無反動砲や手榴弾、その他弾薬等々を取り出しつつ、地面に並べていた。
本人が暴走車と言うだけあって、レグゼムの魔法は確かに扱いがかなり難しいのだろう。が、その分パワーは申し分ないようだ。壁に食い込んだ蟹の鋏の周囲にさらに新しい壁を生成し、鋏とそれに繋がる柱ごと中に埋め込むようにして固めてしまっていた。柱はかなり暴れていたが、壊れそうになるとすぐに修復し、上手く抑え込んでいる。
蛇の身体を生やした柱もこちらに向けて叩きつけられていたが、それもまた、新たな壁を作ってレグゼムは防いでいた。蛇の方は蟹鋏の二の舞になることを警戒してか、簡単に壁の中に捉えられないよう、一撃の力よりもスピード重視で何度も連打を繰り返している。
その蛇の柱に小銃や手榴弾で攻撃をかけるミディオレ。たまに狙いを変えていきなりジアを撃ったりもしているが、どれも有効打にはなっていない。が、注意を引く嫌がらせとしては十分だ。
それらを見ながら、あたしは注射器で自分の血を吸い出していた。ジリジリと満たされていく赤い液体。十ミリリットルを超えた。もうちょい欲しい、あとちょっと……。




