魔女は奥の手を使う 5-3
蜘蛛を散開させ、あらゆる角度からジアとその背後の妹の入った巨大水晶を狙わせた。
が、腹が立つくらい正確に、射線上に柱が先回りしてことごとくが当たらない。この! 本当に腹立つわ!
レグゼム達はというと、蛇が生えた柱に集中的に攻撃を仕掛けていた。小銃は牽制にもならないので、手段はグレネードランチャーと手榴弾、そして無反動砲だ。一本の触手みたいに地面といわず空中といわずうねうねびゅんびゅん動き回る蛇柱に、上手く攻撃を当てている。今もミディオレの投げた手榴弾でほんの僅かの間動きを止めた隙に、レグゼムが無反動砲を叩き込んだ。爆発が太い蛇の身体を大きく抉り取るが……そのできた穴に内側から水晶がもりもりと湧き出してきて、たちまちのうちに埋めてしまう。ほぼ元通りの元気の良さに戻った蛇柱は、すぐにまた動き出した。って、そんなんアリか!
「ふざけろこん畜生!!」
レグゼムが叫んでる。まあ叫びたくもなるわな。
「どんどん行きますよ。次は……こちらです」
ジアの台詞と同時に、あたしの腰にあるエーテル計測器が派手な音を上げ始めた。
あたし達の目線が、同じ方向を向く。
最初からあった水晶柱は三本。蟹の鋏と蛇の身体、最後のひとつが……あの熱弾を放つ亀の身体まるごとだ。
その亀の甲羅が──赤い光を帯び始めていた。しかも前に見たものよりかなり速い。
「来るぞ!」
レグゼムが声を上げるのよりも早く、あたし達は思い思いの方向に走った。あの熱弾は亀の向いている方、頭のある方向に向かって射出される。この亀は頭の代わりに水晶柱が接続されているが、向きはわかるから、その方向から外れればいい。
するとやっぱり、熱弾は思った通りの方向に放たれた。高熱の塊が陽炎を伴って突き進み、途中にあるものを灼いていく。いくつかの切り株が、激しく煙と炎を吹き上げた。それらは概ね予想の通りではあったのだが……。
「なんか……小さくないか?」
「温度も、前のよりやや低いように感じます」
「速度と射程も、だね」
あたし達は、すぐに気がつく。
前に倒した大亀の熱弾より、威力も規模も小さいのだ。
ざっと見て、ほぼ全てが半減している感じだ。
……単純に、亀が一回り小さいから、パワーもその分ないのだろうか?
そう思っていると……。
「ふふ……」
こちらを見ているジアの口元に、嫌な笑みが広がる。
そして再び、エーテル計測器が悲鳴を上げた。光を帯びる亀の甲羅。
「なにっ!?」
「そんな!? まだ一分と経ってないですよ!?」
驚いている間にもあっという間に光は収束していき、新たな熱弾が撃たれる。
それでも、あたし達は即動いた。
熱の塊が飛んでくる方向から走って逃れ……ようとするその先に、蟹の鋏付きの柱が伸びてくる。
思わず止まりかける足。熱を感じる。間に合わない!
「引っ張れ!!」
背中の方に向かって、ぐん、と強く引かれた。それに合わせて、地面を蹴って思いっきり後ろに飛ぶ。我ながら無理矢理な大ジャンプ!
かなりギリギリだったが、なんとか高熱の塊に飲まれる前に、安全圏へと飛び退くことができた。
勢い余って地面を転がり、ちょっと土を食うことになったけれど問題ない。
「ありがと」
ペッペッと土を吐き捨てながら、寸前に糸を巻きつけて引っ張ってくれた蜘蛛に礼を言う。
あたしは良かったが……進路を蟹の鋏に邪魔された別の蜘蛛が一体、かわしきれずに焼かれてしまった。最後に鋏に向かって撃っていたのは見えたから、あたしを逃がすために気を引いてくれたんだと思う。くそ。
「今のは少々肝が冷えたぞ」
「でも、なんでこんなに早いタイミングで……」
レグゼムとミディオレも駆け寄ってきた。
「生き物を焼き殺すのに、それ程の高温は必要ありません。せいぜい四、五百度か、それよりももっと低くても、生物の身体は深刻なダメージを受けます。基本的に熱には弱いのです」
ジアが微笑みを浮かべた顔で、ご丁寧に解説を始める。
「メリエは亀の熱攻撃を最適化して、威力を下げつつ、より早い時間で撃てるようにしました。一瞬で炭化させてしまう超高温より、動けなくなる程度の熱傷を負わせるのが狙いですね。動けない相手なら、後はいかようにもできますから」
……いかにも簡単そうにアホな事抜かすな、と言ってやりたい。
「余計な事しやがる」
「生物の元々持っている能力まで改変できるなんて……」
それだけこの超越遺物が凄いのか、妹が凄いのか……少なくとも後者は認めてやらない。認めたらこいつら付け上がらせるだけだ。あと、単純にちょっと悔しい。ちょっとだけね!
しかし、これでかなり状況はまずくなったと言える。
短時間で連射可能な熱弾に、他二本の柱。全部かわしながら攻撃するのは至難の業だ。
こうなってくると、いっそここは一旦逃げるのも手かもしれない。いや、戦略的撤退、だな。言い方は大事。
そんな事を思いながら、二人を見ると──。
「……腹ぁくくるか」
「……はい」
なんか気持ちを固めてる雰囲気。その表情は……逃げよ? とか言えるような感じじゃない。
あーもー、どーしよーかなー。
いや、正直言っちゃうと手はある。あるんだ。けど……。
あたしはもう一度、二人を見た。
この手はあんまり使いたいとは思わない。この二人の前では。
仮に今ここにいるのがあたし一人だけだったら、何もためらわなかったろう。
だけど、そうじゃない。
あたしは三人でここに来ることを選んでしまった。
三人なら、なんとかなるんじゃないかと思ってしまった。
現実は……姉妹の能力が予想以上であり、どうみても追い込まれている。
こんなはずじゃなかった、なんてのは単なる甘えだ。口に出せないし、出す気もない。
……どうする?
「どうしました?」
じっと考えていると、逆にミディオレに聞かれた。
「え?」
「なにか、悩んでますよね?」
……あ。そういやミディオレは視線で感情も読めるんだった。ぎゃー。
「なんだ? 腹でも減ったか?」
「んなわけあるか!」
怪訝そうな顔をするレグゼムに、反射的に大声が出る。
「後でクッキー分けてやるから、我慢しとけ」
「だから違うっての!」
「レグゼムさんのクッキー、美味しいんですよ」
「……へー」
ミディオレにまで言われると……ちょっと気になる。でもクッキー? この頭のてっぺんから足の先までどっから見ても山賊みたいなおっさんが? 強奪品かな?
「なんかおかしな事考えてそうだから言っておくが、妻と娘が作ってくれたものだからな」
「いつも多めに作ってくれてるんですよ。隊のみんなにも好評で……」
「……そっか」
少し安心した。そして二人の気遣いにも感謝した。
二人の隊の仲間、か……。
その人達は、もういない。
この上この二人までいなくなったら……ダメだよなぁ。絶対、ダメだ。
「ねえレグゼム」
「なんだ?」
「奥さんと子供に会いたい?」
「……は?」
「会いたい?」
重ねて尋ねる。最初は何いってんだコイツ、とか言いそうな顔をしていたレグゼムだったが、あたしが結構真面目な顔をしているのを見ると、口をへの字にしつつも、
「……当たり前だろうが」
そっぽを向きながら、こたえた。
まあ、そうだよな。当たり前だ。
だったら、ちゃんと無事に返してあげなきゃならない。奥さんと子供の所に、この見た目が山賊みたいなおっさんを。




