魔女は奥の手を使う 5-2
「……ふざけたもんだな、超越遺物ってのは」
レグゼムが、吐き捨てる。
あたし達が繰り出した攻撃は……姉妹の生み出した壁を超えられなかった。
「一枚だけでも頑丈そうなのに……多重構造にされてしまうと……」
「威力も途中で止まっちゃうか」
ミディオレとあたしも、この結果には苦い顔をするしかない。
壁の破壊具合からして、一枚なら楽々、二枚目でもなんとか、でも三枚目以上は無理……という感じだ。
同じ場所に時間差で次々に当てていけば崩せるかもしれない。でも手持ちの無反動砲はそんな細かい狙いが効くような兵器じゃないのだ。ジア達だって黙って撃たれるわけもないし……方法としてはかなり難しいだろう。
半透明の壁の向こうで、ジアがこちらを見ながら微笑んでいる。
「今のは……よかったですね。メリエも面白かったと言っています。え? ふふ、そう……お腹が空いたの? うん……わかった」
ジアが何か会話したかと思ったら、再び壁が柱へと戻り始めた。地面に散らばる破片も吸収され、あっという間に十本程の柱がジア達姉妹前方の空中でうねうねと蠢き始める。色や形こそ水晶だが、その動きはまるで生物の触手のようだ。
そこに、彼女達の背後の森から、多数の猿が進み出てくる。
次はこいつらとも相手しなきゃならないか、と覚悟を決めていると……。
「ああ、安心して下さい。あなた達とのこの戦いでは、配下は使いません。なによりメリエが自分だけで戦ってみたいと申しておりまして……姉としては心配なのですが、その気持ちは叶えてあげたいのです」
そんな台詞を述べるジアだが、それじゃあなんで猿達を出してきたのだろう?
という疑問も、すぐに解決される事になった。
一頭の猿が、蠢く柱の前に進み出ると、仰向けに寝転がった。すぐ横に別の猿が立つ。立っている猿の手には、大ぶりの包丁が握られていた。ところどころ欠けた粗末な刃は、ドス黒い赤に染まっている。
立っている猿が、寝ている猿の首めがけて、無造作に刃を振り下ろした。何度も。
悲鳴すら上がらず、猿の首が地面に転がる。
柱は、残された身体の方に群がった。
先端に鋭い針を何本も生やした形へと変形し、それが猿の身体に次々と突き立てられる。
なんとも言えない、何かを啜るような、搾り取るような音が響いた。生理的な嫌悪感を掻き立てる音色を伴った、とても嫌な音だ。
「頭を残すと、食べた時に思考のノイズが発生するようなのです」
いちいち聞きたくもない説明を、ジアがしてくれた。
「この超越遺物の実験時に、動物を用いた試験で、頭を残した生物を食べさせると、思考が混じり合って次第に混沌としていき、やがては自我を失って自己崩壊を起こし、死亡する事が判明しました。下位の生物が上位の生物を捕食したときにその傾向は顕著だったのですが、反対に上位の生物が下位の生物を食べたとしても、思考に不純物が交じるのは避けられないようで、その場合でも回を重ねるに従い、自己崩壊していきました」
柱によって血肉の全てを吸われた首なしの猿はすぐに骨と皮のみになり、どういう仕組なのかそれらすら吸収されて……後に残ったのは首を落とされた際の大量の血痕と……頭だけだった。
「こうして頭を落とせば、その事態は防げるのです。メリエであれば、この程度の低級な生物であれば、歯牙にもかけず、影響を受けない可能性もあります。ですが、万が一を考えると、こうするのが安全なのです。ふふ……過保護? 何を言っているのメリエったら……」
包丁を持つ猿が二頭、三頭と新たに現れ、同時に頭を落とされる猿も増えていった。流れ産業のように首は切り離され、柱がそれを吸う。恐るべき食事の時が、その場で淡々と続けられていた。
「もし……まったく同じか、それに近い意識を持った者同士であれば、上手く融合して新たなステージへと進めるのかもしれません。ですが……そんな存在など、例え双子でもありえません。おそらくどこにもいないのでしょうね……」
また、新たな猿が首を落とされた。切り口から勢いよく噴出した血液の数滴が、たまたまメリエを孕んだ巨大水晶の表面に跳ね、赤い汚れを残す。ジアは目を僅かに細めると、ハンカチで血を何度も丁寧に拭い、綺麗になった事を確認してから、微笑みつつ水晶の表面を優しく撫でた。
「お腹はいっぱいになった? そう……ええ、そうね……」
ゆっくりした明滅を繰り返す巨大水晶と会話を交わすと、ジアはまた、あたし達へと振り返る。
「皆様のようなお強い方々との戦いは、本当に学ぶことが多くて勉強になります。どうか、可能な限り皆様の力を見せて下さい。そうすれば……妹はさらに……もっと強くなれます。妹も、それを望んでおりますので──」
彼女の台詞は、銃声が遮った。
が、やはり柱が動き、ジアの前に立ち塞がると、銃弾は全て防がれてしまう。
「くそ、確かに反応が良くなってやがるな」
構えた小銃を下ろしながら、舌打ちしたのはレグゼムだ。撃ったのも、もちろんこいつである。
柱の動きがいくら速いと言っても、飛来する銃弾よりも、というわけではない。こちらが武器を構える素振りを見せただけで、その攻撃方法から、威力、方向を読んで先に対処してしまうようだ。一度見せた手は、確実に通じ難くなる。そう思ったほうが良さそうだった。なるほど、言うだけあってたいした学習能力だ。
「……不意を突ければ、あるいは」
ミディオレはそう言うが……。
「周りに木があれば、隠れながら少しは撹乱できたかもな」
「……思いっきり広場だもんね、ここ」
こんな場所で不意打ちは少々難易度が高い。
「最悪、さっきの壁であいつらが自分達の周りをぐるっと囲っちまったら、かなり厄介だぞ」
「ですね……でも、あの壁はかなりの力を消耗するんだと思います。ですから、ああやって……」
ミディオレは最後まで口にしないが、言いたいことはわかる。
ああやって……かなりの量の"食事"が必要となるくらい、あの壁の展開にはエネルギーを使うのだ。
「とにかくだ、今は──」
レグゼムがグレネードを撃ち込んだ。背後の蜘蛛達もそれに合わせて一斉にグレネードランチャーを発射する。
爆発が連続し、ジアの周囲が炎と煙で包まれた。しかしやっぱりこちらが撃ったタイミングで多重の六角壁を構築され、防がれる。
「撃ちまくるしかねぇよな」
「……だね」
「はい!」
実際、こっちはそれくらいしかできることがない。
通じなくても弾幕を切らさず、相手に攻撃のペースを握られないようにするのがまず第一。
その上で、相手を一発で沈めるような攻撃をぶつけられれば最良だろう。
でないと……あの姉妹、今はこっちを舐め腐って自分達だけで戦っているが、劣勢になったら配下をぶつけてくる事だってためらわなくなるだろう。そうなってしまえば、大量の猿やらトカゲやらフクロウやらその他やらの大群に飲まれてこっちはお終いだ。いくらなんでもこの場であの数に一気に来られたら対処しきれない。
だから決める時は一発で、だ。
……難しいよね、実際。でもやるしかない。
精々その時まであたし達をいいようにペロンペロン舐めてりゃいいんだよ、そこの姉妹!




