魔女は奥の手を使う 5-1
暗い森の中、道なき道をあたし達は進む。
あたし達の前方約三十メートル程に、こちらに背を向けて真っ直ぐに歩く数頭の猿の姿があった。
あの後すぐに全員で装備を整え、さて行くかと森の奥へと目を向けると、この猿達が現れたのだ。
攻撃を仕掛けてくるでもなく、一定距離を置いて立ち止まり、こっちにじっと意志のない瞳を向けてくる彼等の意味は、すぐに知れた。
……案内人だ。
おそらくはあたし達のことは操った生物の目や耳を通して、ずっと見ていたのだろう。それで支度が整ったようだから、迎えを寄越したと……たぶんそんな所だ。覗き魔め、趣味悪いぞ。
そのまま、無言で進むこと一時間程。
あたし達の前に、ぽっかりとした広場が姿を現した。
大体直径五十メートル程に渡って、木が切り倒されている。断面はいずれもかなり新しく、しかも荒っぽい。まともな手段で切り倒したとは到底思えず、倒れた木々も枝打ち等の処理がまったくされていない状態で、広場の外、森のそこかしこに適当に打ち捨てられていた。
「ようこそ、皆様」
そして広く開けられた空間のほぼ中央に……姉妹はいた。
姉──ジアは相変わらず、温度がまったく感じられない微笑みのようなものを顔に浮かべて立っている。
問題は、その後ろだ。
「あれが……妹の方か」
レグゼムの呟きには明らかな緊張感が含まれ、ミディオレは息を飲んで言葉もない。
ジアの後ろには、巨大な水晶が屹立していた。
いずれもあたしの目算だけれど、直径は一メートル超、高さは二メートルを大きく上回って三メートルに近いだろう。先の尖った、それこそ綺麗な水晶のような多角形角柱状の形状をしている。地面と接している根本部分からは、長さも太さも異なる数え切れない程の杭の形状をした水晶物質が、斜め上に向かって先を伸ばす形で林立していた。たぶんだが……これが操る生物の首に打ち込む操作芯の大元だと思われる。
そして……巨大な水晶の結晶の中に、車椅子に座った少女がいた。あれが……ジアの妹、メリエだろう。確かに、髪の色も同じだし、顔の形も似ている。ただ……顔色はほぼ色が消えた真っ白で、かなり痩せていた。目も閉じられていて、開く気配すらない。その上、巨大水晶の中に完全に取り込まれ、融合しているのだ。呼吸などできないだろうし、ここからでもあの状態で生きているようには到底見えない。
……異様な点は、それだけではなかった。
巨大水晶の根本部分から林立する水晶柱の中に、他と違って明らかに太く長いモノが数本見て取れる。それらは地面の上で不規則に折れ曲がりながら長く伸びており、幾つかは先端に生物の一部分が付いていた。
あるものには、人間の身体ですら両断できそうな巨大な蟹の鋏と思われるもの。
あるものには、一抱えもあるような太さの蛇の胴体から尾の先端部分まで。
あるものは……前にも見た熱弾を射出する大亀と同じ生物に繋がっていた。頭が切断されており、その切断面と水晶の柱が融合しつつ、甲羅の中へと伸びている。あたし達が倒したものより一回り大きさが小さいから、別個体なのは間違いないだろうが……。
「こちらも、このような場を整え、準備を済ませて皆様をお待ちしておりました。心より歓迎いたします……ええ……そうね」
ジアの手が、林立する水晶の柱のひとつに触れる。すると、ちょうど妹──メリエのいるあたりの部分だけが、淡いピンクの光をゆっくりと明滅させた。
「妹も歓迎すると申しています」
光の明滅が、地面に伸びた水晶柱のひとつにも伝わっていく。
と──その水晶の柱全体がバキバキと異音を発しながら動き始め、大きく先端を空中へと持ち上げた。巨大な蟹の腕が付いたものだ。
「これは……!?」
驚いたのもつかの間、全員の銃口が一斉に同じ方向を向く。
「本来はこうやって、生物の身体を取り込みながらメリエの栄養に変えているんです。でも、それだけじゃなく、他に何かできないかと、妹は考えました。そして色々試していくうちに、このような事も可能になったんです。ふふふ……本当に凄い子。想像力も豊かで、がんばり屋さんなんです。ええ……あなたは自慢の妹ですよ、メリエ……」
ジアの声と、空中で開閉を繰り返す蟹の鋏の硬質な音が重なる。
「……なるほど、直接手足にするってか」
「まあ、本人は動くのが大変そうだしね」
とか言っているあたし達の上に、容赦なく蟹の鋏付き水晶柱が振り下ろされた。動きは見た目水晶だけあって硬い感じだが、結構速い。
「おおっとぉー!」
地面を走り、避ける。ドン、と地面が揺れる振動と共に、鋏が地面に中程まで食い込んだのが見えた。パワーは満点だ。
「食らえ!」
レグゼムと蜘蛛達が射撃を開始。が、鋏部分はまるで通らず、全て弾かれる。水晶部分は当たれば細かい破片が飛び散るものの、それだけだ。破壊力が全然足りてない。
「こいつは──どうだ!」
レグゼムが水晶部分を狙って、グレネードランチャーを撃った。ちょうど地面に刺さった鋏を抜こうとしているタイミングだったので動きが止まっており、見事に命中する。着弾点で炸裂する炎と煙と爆発音。さすがにこれは効いたようで、大体太さでいうと三分の一くらいが大きく抉れ、破片が周囲に飛び散った。
これなら! と思ったのもつかの間……なんと、削れた部分が急速に盛り上がり、元に戻っていく。
「回復すんのかよ!!」
悔しそうなレグゼムの声。けれども手はすかさずランチャーの次弾を装填している。
……レグゼムとあたしがそんな派手な事をやっている間、ミディオレはあたし達から静かに離れ、切り株のひとつに身を潜めて小銃を構えていた。
狙いは……ジアだ。距離は三十メートル程。狙撃というより、最早通常の射撃距離である。ミディオレの腕でも、十分に狙える。
頭を撃つよりも、彼女は確実に当てるべく、より大きな目標である腹のやや上あたりに照準を取ると──撃った。
響く銃声、しかし。
「そんな!?」
ジアの前に、先端に何も付けていない水晶柱が伸びてきて、簡単に防いでしまう。
お返しとばかりに、蛇の身体が付いた柱が動いた。大きく横殴りに振られる長大な蛇。動きはまさしく鞭のそれだ。加害半径が広く、到底避けられない。
「きゃぁぁぁぁーーーー!」
が、蛇身が到達するよりも前に、ミディオレの身体が後ろに引っ張られる。勢いはまるで矢のようで……振られる蛇より余程速かった。
ミディオレがいた切り株が、直撃を受けて根ごと地面から引き剥がされ、大きな音を立てて地面を転がっていった。
そのずっと後方で、ミディオレは一体の蜘蛛に身体を受け止められていた。最初から蜘蛛の糸を身体に巻いていたのだ。危なくなったら引っ張ってもらおうと考えての備えだった。それが上手く機能した。
「あ、ありがとうございます。すごく怖かったですけど、助かりました……」
半分目を回しながら、礼を述べるミディオレ。
言われた方の蜘蛛は。前足を一本上げて、それにこたえていた。気にすんな、とか、そんな感じだと思われる。
「あっちもだめだったか」
「やっぱりそう簡単じゃないよね」
今のミディオレの狙撃結果を見て、あたしとレグゼムがそんな感想を漏らす。とりあえずあたしとレグゼムが派手に動いてそっちに引きつけている間にミディオレがジアを狙う……というのは、事前に決めていた事だ。
でも、決めていたのはそれだけ。あとはもう、出たとこ勝負。それしかない。
「撃たれる前に、撃っておいた方がいいよね」
「おおよ、派手に行こうぜ」
次の手は、すぐに一斉砲撃に決まった。
「やるぞ相棒!」
レグゼムの声を受けて、コンテナを背負った蜘蛛がやってきた。上にはナメクジも乗っている。
……しかし相棒て。いつの間にか絆でも生まれたのかキミ達は。
大急ぎでコンテナから例の巨大マッチ棒──無反動砲を引っ張り出す。
撃つのはレグゼム、ミディオレ、ナメクジ、そして今回はあたしも一本持って加わった。当てられる気がしないけど、とりあえず撃つ!
あたし達は散開し、ちょこまか動いて蟹の鋏や蛇の攻撃をかわした。狙いは絞らせない。蜘蛛にも適時応射させつつ、タイミングを合わせる事に集中する。
そして──。
「撃てぇー!!」
ここ、という一瞬を見極め、レグゼムが号令をかけた。
レグゼム、ミディオレ、ナメクジ、あたし。四つの砲弾が射出され、ジアとメリエへと飛翔していく。
周囲からは、蜘蛛達も一斉にグレネードランチャーを放っていた。
今のあたし達が出せる瞬間火力としては、これが間違いなく最大だ。
対して……姉妹はこれを正面から迎え撃った。
水晶の柱を何本も新たに生み出し、自分達の前へと展開させると、瞬時に先端を正六角形の壁へと変化させる。それらは互いに繋がりながらさらに大きな壁へと成長。その背後にも、別の柱がまた新たな六角形を生み出していき……。




