魔女は共に戦う 4-8
ヨタヨタと歩いていると、レグゼムとミディオレもこちらに駆けてきた。その後ろには、コンテナを背負った蜘蛛もいる。
「お疲れ」
「おう、そっちも問題なかったようだな……って、また凄いの呼んでるな」
あたしの身体に取り付いているムカデ達を見たレグゼムが苦笑する。ミディオレは……ひぃ、とか小声を漏らして足を止め、一定距離を置いて近づいてこない。ああ……あれか、ミディオレは足がいっぱいある生き物がダメな人かな。いや、いいんだけどね、そういう人って結構いるし。だから無理して笑おうとしなくていいよ。色々台無しな顔になってるよ、今……。
「最後の一撃を入れたのはそっちだったね」
「まあ、結果的にはそうなるか?」
「大事なのはその結果だよ。だから、今回の一番の大手柄はレグゼム達だね」
「そうか? 国家認定魔女殿がそう言ってくれるなら名誉な事だな!」
胸を張り、高笑いするレグゼムは、およそ謙遜とか遠慮とかの気持ちはなさそうだ。ある意味褒めがいがある。それでこそだよ。頼もしいね、おっさん。
あたしも思わず笑った。大笑い程じゃないけど。
「ところで、最後三発撃ったよね? レグゼムとミディオレと……もしかしてレグゼムが同時に二発撃ったの?」
なんとなく、両脇に無反動砲を挟んで仁王立ちするレグゼムの姿が頭に浮かんだ。似合うと思う。
「いやいや、俺じゃない。こいつだ」
と、レグゼムが示したのは……背後にいるコンテナを背負った蜘蛛……のコンテナの上に乗っているナメクジだった。触手で器用に使用済みの無反動砲をくるくる回している。
「……は?」
「いや、本当だぞ。最初に俺とミディオレで一発ずつぶち込んで、その後お前の虫が突撃してもあの大亀まだ生きてたろ? 慌ててミディオレにもう一本渡して、俺はコイツと反対側に回り込んでな」
レグゼムがコイツ、と言ったのは、コンテナ装備の蜘蛛の事だ。
「そしたらコンテナの上にいたナメクジが撃ちたそうにこっちを見てきたんだよ。手数はあった方がいいからコンテナからナメクジの分も引っ張り出して試しに持たせてな、あとはタイミングを合わせて一斉にどーん、ってわけだ。初めてにしちゃ上手いモンだった。大したもんさ」
レグゼムの台詞に、ナメクジがえっへん、とばかりに身を反らした。
……いや、うん……確かにこの無反動砲は操作も簡単で、無反動だから子供でも撃てるって言われてるけどさ……なんでナメクジなのよ。機関銃やランチャー撃ちまくってる蜘蛛達の方じゃなくて……しかも初めてで当ててるし。あたしより扱い上手いぞたぶん。
「……私も実際見て驚きました。ナメクジってこんなに器用な生き物だったんですね……」
ミディオレもそんな事を言う。いやいや、いくらなんでも他全部のナメクジまでこうってわけじゃないからね? 違うよね?
「いい仕事したよな。あんな未発見のデカブツを倒したんだ、俺達勲章もんだぞ!」
ご機嫌そうに、レグゼム、ナメクジ、コンテナ蜘蛛の三者が、手と触手と前足でハイタッチを交わした。いつの間にか随分と仲良くなったねキミ達……。
一種脳天気な会話を重ねながらも、あたし達は周囲の警戒を忘れちゃいない。
だから、すぐに気づいた。
「お見事です。皆様のご活躍、恥ずかしながら私達姉妹共に、胸踊らせながら見守らせて頂きました。素晴らしいです。皆様三人共、実にお強い。私達の予想など遥かに超えたものと認めないわけには参りません。むしろ自分達の見る目の無さを今更ながらに思い知りました。まだまだ、この世は知らないこと、知らねばならない事に溢れています。それを今、まさにその身でもって示して下さった皆様へ、あらためて心より最大の感謝を申し上げます」
森の暗闇から、ジアが姿を表した。多くの猿達が担ぎ上げる輿の中で立ち上がり、あたし達へと言葉を投げかけてくる。やや興奮している様子が見て取れ、拍手までしていた。
あたし達の反応はというと、一斉に銃口を彼女へと向けただけ。
ジアの登場と共にあたし達への攻撃が止まり、彼女の下へと操られた生物達が集まっていった。全ての銃器で攻撃しても、弾はおそらくジアにまで届かないだろう。なので撃たない。
「じゃあもっといいこと教えてやろうか? 例えば敗北の味とかよ」
レグゼムが煽った。こんな見た目のおっさんが若い娘に"いいこと教えてやろうか"なんて言うのは犯罪っぽい。それだけに言葉としての破壊力はなかなかのものだ。あたしが言われたら殴るね。迷わず殴る。
「いいえ、遠慮しておきます」
微笑みを浮かべたまま拒否するジア。まあ当然だ。
「なんにせよ、その様子だとあたし達の身体が欲しいってヤツ、諦めてないんでしょ? いいよ? こっちに来なよ。目の前まで歩いてきたら、少し触るくらいなら許してやるよ」
続けてあたしも少し、挑発してやる。本当に近づいてきたら、もちろん撃つけどね。
「……それは魅力的ですね」
ジアは目に妖しい光を湛え、じっとあたしを見た。なんでだよ。断れよ。
顔をしかめるあたし。
ジアは小さく笑うと……こう、続けた。
「皆様には、楽しませて頂いたお礼の品を贈りましょう。妹も是非に、と申しておりますので、どうぞお受取り下さい」
……お礼の品?
あたし達の間に、警戒の空気が漂う。
別に欲しくはないが、断ったって聞きゃしないだろう。かといってそれが何なのか、想像すらつかない。
ひとつだけ確実なのは、どうせロクな物じゃない、って事だ。
そして確信は……最悪の形となって現れた。
「……え? これ、は……」
ミディオレの瞳が、大きく見開かれる。
生物で溢れ返っているこの場の中でも、彼女の能力は彼等をいち早く正確に捉えたようだった。よく見知った視線だったから……かもしれない。
「……ラクテル……ボーザム……クルスト……」
表情を消したレグゼムが、やや震えた声で呟いたのは、たぶん彼等の名前だ。
「シギトさんと……あとはサクタルさん、ですね……」
ミディオレが口にした最後の一人の名だけは、聞き覚えがあった。確か第一軍団から来た小隊長の副官だ。軍人にしては少々貧相で小狡そうな顔をしている奴が一人いる。たぶんそいつだね。
……以上、五人の軍装を身につけた男達が、ジアの後ろから進み出てきたのだ。
レグゼムとミディオレも所属している第六偵察小隊の仲間達……それくらいは二人に紹介されるまでもなく察した。
全員の首に、水晶の煌めきを放つ操作芯が刺さっている。目は開いているし、呼吸もしている。しかし表情がまったくない。無だ。
手には小銃を持っている者もいるし、拳銃やナイフを握っている者もいる。そして……その物を持つ手が片方無い者もいた。切断面は荒く縛って止血だけした、というような状態だ。手や足がおかしな方向を向いている者もいる。そうでなくても、全員身体のどこかしらに酷い怪我を負っていた。いずれも、まともに治療したような痕跡はない。
そんな五人が、苦しむ事も、何かを訴える事も、言葉の一言さえ発することなく、ただ無の表情でそこにいる。
「……これだけか? 他にもいたはずだ。そいつらはどうした?」
問うレグゼムの声もまた、静かなものだ。ただしこちらには、嵐の前の静けさのような……獰猛さを隠した穏やかさを感じる。
「ああ、他の方々、ですか……」
なんてことはない、という感じで、ジアは言った。
「これ以外の方は、損傷が酷くて操作芯を打ち込む事も叶いませんでした。かなり抵抗なさってましたし、妹もまだ戦いにいまひとつ慣れていませんでしたから手加減もできず、結果的に殺してしまうことになってしまって……ああ、バラバラになった方もおられましたね、確か」
「……遺体は残っているんだな?」
「いえ、死体も利用させて頂くことにしましたので、もうありません」
「利用、だと?」
寒気を催すような事を、彼女は平気で口にした。微笑みさえ浮かべて。




