魔女は共に戦う 4-7
今みたいなのは、長時間できるような戦闘じゃない。ここに来ることが目的の、ただの強行突破だ。
ダンガンコガネがいなくなったので、残りのフクロウは全てこっちに来ている。けれど、この大きく立派に枝葉が四方八方に張り出した大木の下なら、上空から直接突っ込んでくる事はできない。二体の蜘蛛達には、フクロウを主に狙うように言ってある。あたしと違って蜘蛛達は素早いから、上から狙われたとしてもまずやられないだろう。機銃掃射もあるし。
あたしがやることは、これで大体達成だ。あとはただ、寄ってくる奴等の相手を適当にこなしつつ、その時を待つだけ。
大亀の方へと目をやると、向こうでも銃声と共に幾条もの火線が飛び交っていた。蜘蛛達が派手にやっているようだ。サーチライトも何本か大亀に向けて照射され、暗闇の中に巨体が浮かび上がっている。ここからはまだ百メートルちょいくらい離れているが、森の木々の間からでも姿はバッチリ見えているんだから、あらためてでかさがわかる。
チラチラ大亀の巨体を眺めつつ、周りを取り囲んで近づいてくる猿だのトカゲだのを、ひたすらムカデ達で迎え撃つあたし。
そして──ついにその瞬間がやってきた。
ドン、という音がして、大亀の甲羅表面で小さな爆発が起きる。
「よっしゃあー!」
と、直後に響いてきた野太い声は、間違いなくレグゼムだ。そうか、やったか、偉いぞおっさん! さすがおっさん! 無駄におっさんじゃないな、おっさん!
ちなみにおっさんが何をやったのかというと、向こうに行く前に手に持っていたマッチ棒を巨大化させたみたいな形状のあれ、あれを大亀に撃ち込んだのである。
巨大なマッチ棒みたいな武器の正体は、対装甲車両用の無反動砲だ。
構造は実に単純で、一メートルくらいの鉄のパイプに発射用の火薬を詰め、それを爆発させた反動でパイプに差した大型の対戦車弾頭を撃ち出すという、ただそれだけのものである。発射の反動は、パイプの反対側から抜けていくので、無反動。それこそ子供でも撃てる。ただ、その反対側から抜けていくのは発射火薬の爆発による炎と衝撃そのものだ。なので、発射時には後ろに遮蔽物がない事を確認しなければならない。もちろん人を立たせるなんて論外だ。
一発撃ったら基本使い捨てという割り切った兵器であり、構造も簡単で製造コストも安いという事で、我が軍では大量に配備されている。肝心の威力の方はどうかというと、その単純さとは裏腹に、実に厚さ二百ミリの装甲をも撃ち抜いて、内部に熱々の金属ジェットを叩き込むという威力を誇る。安くて凄い、家庭の主婦だってそれを聞けば大喜びだろう。まあ主婦はそんな物騒なモノいらないだろうけど。
ただ、構造が単純すぎる故の欠点がひとつある。目標に当てるのが実に難しいのだ。弾頭自体は百メートル以上飛ぶのだが、弾頭には推進力も何もないので、緩やかな放物線を描きながら、本当にただぽーんと飛んでいくだけなのである。基本的な発射姿勢は、脇に筒を挟んで、弾頭を目標に向ける、それだけ。後は照準器を起こし、狙いを付けたら発射ボタンを押す。それで弾頭は撃ち出される。当たるかどうかは熟練度次第、という感じだ。
一応、有効射程は百メートルとされている。しかし、確実に当てるにはなるべく近く、三十メートル以下が望ましい、と軍では指導されていると聞いた。あたしも訓練で何度か撃った事はある。正直、三十メートルでも当てられる気がしない。五メートルくらいまで近づいたらいけるかな、とは思うが、敵の装甲車両にそこまで近づいたら蜂の巣になるだけだ。よってあたしには使えない。レグゼム達がいなかったら、コンテナの肥やしになっていた所だ。
大亀が首をもたげ、咆哮を放った。こいつも痛みや苦しみを感じない操り人形だ。悲鳴なんかじゃないだろう。この咆哮すら、おそらくジアの妹が上げさせているはずだ。ニュアンスとしては、よくもやったなーとか、そんな感じだろうか。
ここで、二度目の爆発が起きた。今度も見事に亀の甲羅の真ん中付近だ。おっさんの雄叫びが聞こえてこないから、今のはミディオレだと思われる。
さすがに二発も食らったら無事では済まなかったと見えて、大亀の歩みが止まった。ずずん、と軽く地響きがする。立ってもいられなくなったらしい。
さすがは対戦車用の兵器である。これで終わったかな……と、思ったら──。
「……げ!」
腰に下げたエーテル計測器が、激しい警報音で自己主張を訴え始めた。
慌てて腕時計を見て確認する……ええと……前の発射から三分十五秒……ってまだちょっと早いぞコラー!
ひょっとしたら、ジアの妹が無理やり発射を命じた? ありえる。でも撃てるの? もう大亀は決して軽くない傷を負っているはずなのに……。
ええい、考えてる場合じゃない!
元々、徹底的にやるつもりだった。大亀は絶対にここで仕留める! 次の手はこれ!
あたしはキッ、と夜空に鋭い視線を飛ばした。
いくつもの星の瞬きの中から、何かが高速で落ちてくる。目には見えない。小さすぎて。ただ、キィィィィィと空気を斬り裂く音が高く響くのみだ。
先程フクロウの相手を止め、遥か上空へと飛び去った五体のダンガンコガネ達。彼等だった。
加速のための距離は十分。雲より高い上空まで舞い上がったダンガンコガネ達が、V字型の隊列を組んで急降下してくる。羽を畳み、風魔法でもってさらに加速力を底上げしたその速度は既に音速を突破、さらに上昇していく。
目標は言うまでもなく大亀。奴はもう動いていない。絶対に当たる。いや、例え動いていたって彼等は当てる。
──いっけぇぇぇぇー!!
心の中で、あたしは叫んだ。
赤い光を帯び始めた大亀の甲羅。そこに、五つの生きた弾丸が直上より突き刺さる。
硬質の物同士がぶつかって弾け散るような、ガラスの割れる音を幾つも重ね、より重々しくしたような、綺麗で一種不思議な音色が、深夜のガルムデル大樹海に響き渡った。
ここからでも、甲羅の破片が無数に空高く舞い上がったのが見て取れる。
おし! 完璧に決まった!
と、あたしは思わず拳を握った……の、だ、が……。
エーテル計測器の警報音が止まらない。数字はレッドゾーンを超え、なおも上昇中ときた。
……なんでよ!?
性懲りもなく近寄ってくる猿をムカデで張り倒しつつ、あたしは両目をひん剥いた。
大亀を見る。一旦消えかかった赤い光が、またじわじわと甲羅を包み始めていて……ええー!? あれだけされてまだ生きてるってどういう事!? ジアの妹が無理矢理に動かしているのだとしても、大亀の耐久力、生命力は予想以上だ。
素直に感心するしかない。けど……どうする? まず撃てたとしても最後の悪あがきだ。次に一発撃ったらたぶんそれであの大亀はもう死ぬ。が、その一発を撃たれてしまったらあたしには防げない。今から熱弾の範囲外に逃れようとしても、周りを囲んだ生物達がそれを許してくれそうもない。実際、あたしに対する攻撃が一層激しくなってきたし。あっちはもろとも焼き殺す気満々だ。
トカゲのどてっ腹にショットガンをぶち込み、猿の頭を蹴飛ばして……あたしは結論に至った。
……うん、できることは、ない。
そう、できることなんてないのだ──あたしには。
新たな爆発音がした。
大亀の甲羅の表面で、炎と煙の花が咲く。しかもほぼ同時に三つ。片側にひとつ、反対側に二つだ。
例の対装甲車両用無反動砲、あれである。
甲羅を包んでいた光が、すうっと薄れ、消えていった。エーテル計測器の警報も鳴り止み、示す数値が下がっていく。
今度こそ、完全にトドメだ。
あたしがダメなら、レグゼムとミディオレがいる。ま、できればあたしのダンガンコガネ達で決めたかったけどね。
でも、あれ……? レグゼムとミディオレで一発ずつ撃ったとして、三発目は誰だ?
ふと疑問を感じていると、あたしを囲んでいた生物達が濃密な機銃掃射を受けてバタバタと倒れていく。
向こうに行っていた蜘蛛達が、戻ってきたようだ。
……いい頃合いかな。
雄雌のムカデに指示を出し、毒の霧を放出。さらに猿やトカゲの数を減らすと、そこでムカデをあたしの身体から解き放って突っ込ませ、あたしもすぐにその後を追う。そうやって薄くなった包囲網を一気に突き抜け、蜘蛛達と合流した。
ムカデを二体身体に巻いている状態は、確かに防御力は最高なのだけれど、あたし自身が素早く動けない。せいぜいヨタヨタ歩く程度だ。一体だけなら、まだなんとか動けるんだけどね。
戦闘は一旦蜘蛛達に任せ、あたしは後方に下がる。雄雌ムカデ達は、またすぐにあたしに巻き付いてきた。




