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魔女が来る!  作者: うちだいちろう
1.魔女と虫と森の中
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魔女は共に戦う 4-6

 あたしの意志を受けて、二体のムカデが動き出した。

 右の雄が鋭い牙で猿達の体を切り裂き、左の雌は長大な体躯を思うままに振り回して体当たり、かなりな勢いで次々に吹き飛ばす。その間を掻い潜り、あたしへと迫ってくる一匹の黒トカゲ!


 あたしは、ただ見ていただけだ。

 ガキン、と硬質の音がした。


 トカゲの前足から伸びた見るからに凶悪な爪……それがあたしのちょうど脇腹の辺りで止まっている。正確には、あたしの体に巻き付いた、ムカデの硬い甲殻の表面で。


 黒光りするムカデの殻には、傷一つない。そりゃそうだろう。このムカデの甲殻は銃弾だって通じないのだから。五メートル級ならともかく、二メートル級の()()()トカゲの爪なんて通るもんか。


「はい残念」


 あたしは動きを止めている黒トカゲの頭にピタリとショットガンの銃口を突きつけ、撃った。ちょうど撃ち頃な高さと位置に頭を置く方が悪いに決まってる。

 ドカン、と景気の良い音。弾けて飛ぶトカゲの頭。


 カチカチカチカチ……と、二体のムカデが激しく牙を鳴らし始めた。どちらも両方の瞳が赤く輝いている。あー、なんかかなりエキサイトしてらっしゃる。あたしに攻撃の矛先が向いた事に対して怒ってくれたようだ。別になんともなかったんだからいいのに。


 とはいえ、もちろん気持ちはありがたく受け取っておこう。

 あたしは一番手近で数が多いと判断した猿及びトカゲ集団へと向き直った。


 両肩のムカデが、揃って前方へと長く身体を伸ばす。あたかも、あたしの両方の肩からそれぞれ大砲の砲身が突き出るかのように。


 その例えは、割と正しかった。


 ムカデ達がピタリと静止したかと思ったら、口から激しく霧状の液体を放出し始める。色は淡いグリーン。今は夜だから殆ど見えないが、陽光の中だと結構綺麗で、青空にも映える。

 が、正体は高い腐食性を持った強力な強酸だ。効果の方はというと……これが正直ちょっとエグい。


 森の下草や木の幹の場合は、かかった瞬間から腐食が始まり、みるみるうちに枯れ萎んでボロボロに崩れていく。地面に落ちても地面は泡立ち、異臭を放つ。そんなものが生物の身体にかかったら一体どうなるか……。


 正解は、たちまちのうちに溶け崩れていく、だ。肌が溶け、肉が露わとなり、その肉すら筋肉繊維が断裂しつつ消えていき、そのうちに骨まで達する。もちろん骨も放置すれば泡立ちながら液体となって流れ……最終的には、全てが渾然一体な、表現の実に難しい色をした水たまりと化してしまう。


 ……今回の被害者である生物達も、大筋にはこうなった。ただ、少々毛色が異なっていた。

 通常、普通の生物であれば、この霧に触れ、少しでも身体の腐食が始まれば、ほぼ例外なくあまりの激痛に悶絶し、地面を転げ回ることになる。


 対して、目の前にいる生物達は、ジアの妹に精神を支配されて操り人形となったモノ達だ。ただ命じられたままに相手を襲うだけしかできない彼等は、痛みすら感じない。なので、多少身体が溶け崩れたとしても、そのままあたしへと迫って来ようとする。


 足が溶けても、腕が溶けても、目や耳が無くなっても、簡単には止まらない。地面を這いずり、半分ドロドロになった内臓を引きずって、さらに近づいてくる。


 ……これには、さすがに少し嫌になった。


「撃って」


 近くで控えていた二体の蜘蛛に命じ、地面で蠢く、もはや生物とも呼べないようなもの達に止めを刺していく。

 軽快な軽機関銃の発射音が響き……ほどなく止んだ。


 あたりに散らばる生物の破片、それらを未だに侵し続ける強酸は強い刺激集を放ち、濃密な血臭と混じり合う。

 それらを吸い、飲み込んで……あたしは言った。


「あたしの身体が欲しいんでしょう? この程度でどうにかなるなんて思っているなら、笑っちゃうね。全然分かってない。いい? もう一度言ってあげるよ。私は青二等特務魔女ラーゼリア。あんた達の力がこの程度だというなら、あたしは楽々食い破る! 虫の魔女を……舐めるな!!」


 この場の生物達の耳目を通して、あたしの姿も、今の言葉もジアの妹には届いているはずだ。

 ……今みたいな青臭い台詞、あんた達姉妹は好きでしょう?

 いいよ、乗ってやるよ。踊ってやるよ。だからもっとこっちに配下を寄越すといい。あたしを見るといい。


 そうすれば、レグゼム達の方が楽になるだろうからね。

 そんなあたしの思いが伝わったのかは知らないが、森の暗闇の奥から、新たな猿やトカゲ達がワラワラと勢いよく飛び出してくる。かなりの数。今までよりもずっと濃密だ。


 ……よーし、それでいい。


 自然と、口の端に笑みが浮かぶあたしだった。




 雄ムカデが素早く動いて近づいてくるもの達を片っ端から切りまくり、雌ムカデがより強大な身体をしならせ、唸りを上げて猿やらトカゲやらをまとめてぶっ飛ばす。そして動きが鈍ったり転がったりする奴がいたら、そいつはあたしがショットガンを撃ち込んで、確実に黙らせる。もちろん、当たりそうなくらい近くの奴だけね。


 やや後方から二匹の蜘蛛は援護の機銃掃射を繰り返し、あんまり一度に大量の数があたしに押し寄せることを防いでいた。

 それでもたまに押し切られそうになると、あたしはより強固に二体のムカデを身体に巻き付けて完全防護。その上で──。


「吹き飛ばせ!」


 あたしの指示を受け取った蜘蛛達がグレネードランチャーを撃ち込んで、もろとも爆風で押し包む。

 かなりの至近弾だが、ムカデの硬い甲殻によって全身を守られたあたしには、衝撃も爆風も破片も届かない。むろん、ムカデ達も全然平気だ。圧倒的信頼感の強度である。


 ムカデ達の防御を解き、あたしはぶんぶん頭を振った。いやまあ……確かに衝撃も破片も受けないけど、爆音だけはどうしようもない。少しは防げるけど、耳がキーンと鳴るのだけはどうしようもないんだ、これ。できればあんまりやりたくない。必要だったらやるけどね!


「……いける?」


 あたしはムカデ達の頭を見上げ、聞いた。すぐに彼等が頷く気配。

 よーし。これでまた酸の攻撃ができる、と。あれもまた大亀の熱弾と同じく、一定時間の溜めが要る。連射できるようなものじゃないのだ。威力はまるで違うけどね。

 奴等にたかられそうになったらまた頼むよ、と伝えると、これにもすぐ頷いてくれた。


 以心伝心、これくらいの事はあたし達の間ではすぐに伝わるし、言葉を使わなくとも、距離が離れていても、なんとなく通じるのだ。このあたりはジアの妹の能力と近いと言えるかもしれない。ただ、あたしは別に虫達を支配しているわけじゃないし、虫達自身、自らが嫌な事はしない。あたしもさせようとは思わない。支配とか使役とかいうんじゃなく、言ってしまえばあたしと虫達の関係は共存という言葉が一番近いのかもしれない。あたし達は、共に在るのだ。今、ここに。


 チラリと、腕の時計に目を落とした。

 ……そろそろ、か。

 針の位置を見て、そう思う。


 と、まさに大亀の周囲で、チカチカと光がまたたくのが見えた。レグゼム達に付けた蜘蛛が、サーチライトの明滅で合図を寄越したのだ。合図の意味はズバリ──配置完了、攻撃に移る──である。


 ──来た! ならこっちも!


 あたしは上を見た。木々の間から僅かに見える星空。そこにいる彼等に、新たに指示を出した。

 今も夜空を駆け、多数のフクロウを相手に一方的な空中戦を繰り広げている五体のダンガンコガネ達。


 彼等は突如フクロウを追い回すのを止め、一斉にその身を上昇に転じた。あたしにの目には見えないが、彼等の羽音が遠く雲の上へと消えていくのだけは微かに聞こえる。


 あたしの方はというと──派手に行く!


 身体に巻き付いていた雌雄のムカデを両方とも解き放ち、猿とトカゲでひしめく場所へとまっすぐに突撃させた。


 牙を打ち鳴らして手当たり次第に噛み付いては毒で動きを止め、身体をぶんぶん振り回しては片っ端から弾き飛ばし、赤い多脚は近づくものを捕まえると、器用にわさわさ動いて地面に押しつけ、そこに尾部を叩きつけて遠慮なく潰した。


 そんな大乱戦のまっ只中に、あたしも迷わず飛び込んでいく。とにかく目についたやつをショットガンで撃ち、蹴り飛ばし、また撃ち、弾を補給してはまた撃ち、たまに外してムカデにフォローされ──止まらずに駆け抜ける。


 やがて、あたしは一本のでかくて太い木の下に辿り着くと、そこで再び二体のムカデを身体に巻き付け、鉄壁の防御姿勢を取った。

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