魔女は共に戦う 4-4
「さて、新たに質問があるんだけど、いい?」
ガンロイを撃ってすぐに、あたしはジアへと振り返る。
「なんでしょう? 私でわかることでしたら」
相変わらずの平坦な声だ。聞いていると妙に胸のあたりがざわついてくる。
あたしは一度だけ大きく息を吸い、吐き……尋ねた。
「ガンロイを操っていたのも、あんたの妹さんだよね?」
「はい、そうです」
「ガンロイは魔法を使えたはずだけど、今使わなかったのは何故かわかる?」
ジアは水晶を耳に当て、何事かやり取りした後、言葉を返してくる。
「戦うことを命じると、本能が強く出てしまい、細かい集中を要する魔法などは使えなくなるようですね」
「じゃあ、あたし達魔女を配下にしたとしても、同じように魔女の能力は使えないんじゃないの?」
「かもしれません。ですが、実験してみないと、結論は出せませんから……え? そう……ふふ……妹も頑張ってみると言ってます。今後の課題ですね。貴重なご意見、ありがとうございます」
……笑顔で礼まで言われた。どういたしましてだよこの野郎。
「あと、もうひとつだけ」
「はい、どうぞ」
そう、あたしはこれを聞きたかった。確認しなくてはならなかった。
「あんた達姉妹は……魔神になってもいいなんて、本気で思ってるの?」
「……」
あたしの口から出た言葉は、ジアにしても予想外だったようだ。ほんの一瞬、きょとんとした顔になった後、また水晶と会話を始める。
「私とメリエは、二人だけで生きていける場所を求めています……心から」
「……そう」
「それを叶えるためなら、なんでも、どんな事でもします。だから……」
「……だから?」
「もし、世界が私達という存在を認めないのであれば、世界を滅ぼしたという魔神になるしかないでしょう」
「うん……わかった」
ガンロイとの会話でも、魔神になっても構わないみたいな事言ってたからあらためて聞いてみたけど、どうやら本気でそう思っているようだ。
魔神になる、なんて、簡単に言ってくれるじゃないか。
本気だってのが、余計にダメだ。
他にも色々思うところはあるけれど……この姉妹はあたしとは相容れない。決して。
ドクン、と、心臓が一度、大きく跳ねる。嫌な感覚だ。とても……嫌な。
あたしは目を閉じ、胸に手を当てて、心を鎮めた。時間にすれば、ほんの数秒。
それから再び目を開いたあたしは、ショットガンの銃口をジアへと突きつける。
突然のあたしの動きにつられて、猿達が集団でジアの前に飛び出してきた。安心していいよ。撃たないし、そもそもこの距離だと撃った所であたしの腕前じゃ当たらない。自慢じゃないけどね!
「魔女国ウィレミア特務魔女所属、青二等魔女が一人、ラーゼリアがこの場において宣言する」
これは……許されざる敵と定めた相手に対して行われる、魔女の宣誓だった。
「貴様達姉妹両名をこれより滅する。どこに逃げようが、隠れようが、必ず追い詰め、探し出す。手段は選ばず、慈悲もない」
細かい文言は特に定められてはいない。古くは、魔女が全力で戦う際の名乗りのようなものだったという。言ってみれば古臭い風習の名残だ。国家認定魔女は必ずこの文言を自分で決め、任命式の時にお歴々の前で披露することが慣例となっている。ぶっちゃけ、恥ずかしくて半分死ねる。が、いずれ慣れてくるものなのだそうだ。平常心で口に出せるようになって、ようやく国家認定魔女として一人前だとすら言われている。あたしは……その日はまだ先になりそうだ。
「慄け! 今この時を境に、魔女ラーゼリアはその全ての力と存在を懸けて貴様達の敵となった!」
なんとか言い切った。うん、やっぱ恥ずかしいわコレ。何が慄け! だよ。この文言決めた時のあたし自身の首を絞めてやりたい。任命式が近いのに全然決まらなくて、半分寝ながら適当に決めたんだよね。若気の至りって怖いわ。
国家認定魔女は、ウィレミア国内においては独自の判断で個人を処断する事が許されており、よほどの問題がなければ相手を殺したとしても、それで魔女が罪に問われることはない。宣誓は今からその権限を行使しますよ、という正式な手順でもある。だからこれは必要な事でもあった。
「まあ! 今のが噂に聞くウィレミア国家認定魔女の宣誓なのですね! 私、初めて実物を見ました! もちろんメリエも! え? うん……そう、そうよね! わかるわ……うん、うん……メリエが格好良かったって言ってます!」
……思いの外姉妹共々喜ばれてらっしゃる。いや、あのね。魔女の宣誓だよ? ちゃんと聞いてた? 平たく言えば魔女の全力をもってあんた方殺すからね、って言ったんだよ?
「俄然、やる気が出て参りました。そして、私もメリエも、ますますあなたという魔女を欲しくなりました。是非、妹の新たな手足となり、私達の力として、研究対象として、末永くお付き合い頂きたいと存じます」
頬を紅潮させ、早口であたしに言ってくるジア。告白と勘違いされそうな台詞だけれど、内容はあんたの首に水晶打ち込んで人形にするぜ、研究もしちゃうぜ、って事だよね? そうだよね?
「魔女の宣誓、謹んで承りました。では……こちらも全力です!」
両手を広げたジアが、これまで聞いた中で一番大きな声を出した。
周囲の森の暗闇から、次々に猿が湧き上がってくる。
「お疲れさん。これで全面戦争開始だな」
あたしの側には、ニヤニヤ顔のレグゼムが寄ってきた。
「……なに?」
「いや、魔女の宣誓ってのは俺も初めて聞いたが……ああいうモンだったんだな」
……コイツ……さてはあたしが内心恥ずかしがってるのを見抜いてるな。許すまじ。あとで後ろから蹴ってやる。
「私も初見です。向こうの台詞じゃないですけど、あの、格好良かったです!」
ミディオレまで、そんな事を言う。まあ、彼女の方は目がキラキラしているから、本気でそう思ってるっぽい。素直でいい人だ。どうかそのままでいて欲しい。レグゼムはあたしに黙って蹴られろ。
そんな会話を交わしながらも、当然あたし達は迫りくる猿達に向かって応射を開始していた。
「上からフクロウ! 数おそよ十! それと……そろそろ亀の攻撃、来ます!」
「猿共は右方向からの圧が濃い! 蜘蛛を多めに回してくれ!」
「空はこっちで対処する! 行け!」
刻々と変化する状況に合わせ、あたし達の声が乱れ飛ぶ。あたしがダンガンコガネ達を夜空に放ったあたりで、大亀の甲羅が赤い光を帯び、亀全体の姿がぼうっと闇の中に浮かび上がったのが見えた。エーテル計測器も危険値を知らせてけたたましく鳴り響く。
「回避! 走れー!」
さすがに三回目ともなれば、あたし達の対処も速い。何度もそんなん食らってたまるか! というか一回でも当たったら骨までこんがりだよ!
亀の向きとエーテル計測器の反応、加えて熱を受ける感覚とその方向、そのあたりから大雑把に熱線の進行方向と被害範囲を想像し、あとは走ってそこから外れる。間に合いそうになかったらまた蜘蛛に糸で引っ張ってもらう。とにかく避ける、かわす、それしかない。
熱死をもたらすエネルギーが、森の中を駆け抜けた。途中にあるものは、何であろうと全て灼かれる。無差別に。
あたし達を追ってきた猿達も、もちろん例外じゃない。少なく見積もっただけでも、数十頭は焼死した。レグゼムなんか、追いすがってきた猿をわざと待ち受け、何頭か素手で殴って熱線の中に叩き込んでた。ほんと、パワフルなおっさんだ。
しかしあの姉妹、猿なんか完全に手駒としか見てないよね。いくら消費してもいいって攻め方だ。さすがに猿達が哀れに思えてきた。かといって今更遠慮なんてするわけないけど。




