魔女は共に戦う 4-3
魔神、とは、今から約四万八千年前に起きたとされる世界規模での大破壊、大絶滅を引き起こした要因の中でも、特に象徴的なものとして語られる存在の事だ。
曰く、魔神が一度この世界を滅ぼした。
曰く、魔神とはかつて異界からやってきた異形の侵略者達だ。
曰く、魔神は再びこの世界を滅ぼす時まで、長い眠りについている。
……等々。真面目な考古学者から、街の子供に至るまで、まず知らない者はいない。考古学者は研究の題材として、街の子供は、親から定番の脅し文句として『良い子にしないと魔神が来て心臓を抜いちゃうぞ』とか言われる程である。何を隠そうあたしも子供の頃結構言われた。
その姿はウィレミア北部にある古代遺跡にも壁画として残されているし、同様の壁画がある遺跡は世界各地に点在している。教科書から絵本まで、載っている本も数多い。
重要なのは、全ての古代壁画には共通点があるという事だ。主に二点。
ひとつは、巨大な人の形をした魔神が世界を滅ぼしている姿が描かれている。という事。
もうひとつは、その巨人として描写された魔神の胸には、決まって赤黒く塗られた巨大な心臓がある。という事。
その二つの点が共通する壁画が世界各地の古代遺跡から発見されているため、古代人達は世界規模で同じ伝承や伝説を持っていたのだろう、と言われている。この事を研究している考古学者も少なくはないと聞く。
ちなみに断っておくが、ここで言う古代遺跡とは、四万八千年前の大破壊より後世の年代の人類の遺跡の事だ。
四万八千年前までは魔法技術と科学技術が高度に融合した超文明が世界中に広がっており、栄華を誇っていたとされている。それが大破壊であっけなく滅んで地上から綺麗に消え果てた後、そこからずっと後世に勃興した、遥かにレベルの下がった文明において、壁画が描かれ、現在まで遺されたというわけだ。
超古代文明を滅ぼした大きな要因は、世界中を巻き込んだ大戦争だったとされている。そして魔神とは、現代でも残っている超越遺物の究極系、いわば超超越遺物ではないか? というのが実は一番有力な説として一般的だ。
これで魔神の力の断片でも示す超越遺物がどこかから出てくれば、それがきっと定説として決まってしまうだろう。が、そんな超越遺物がこれまでに発見されたという例は一度もない。
……おそらく、そんなものは未来永劫発見されないんじゃないかと……あたしは思っていたりするのだ。
「何を言っているのだジアよ! それだけの力を持ちながら、何故貴様はそこから上を目指そうとせんのだ! 停滞こそ人を腐らせる悪だ! 悪いことは言わん! 私と共に先に進むのだ! きっとそこにこそ栄光への道が、輝かしい成功の未来がある! さあ! 私の手を取れジアよ!!」
ガンロイは更に熱くなっているようだ。ジアに対して、殆ど一方的に言葉をぶつけている。あれだな、自分の言葉に酔っちゃうタイプ。ジアじゃなくても、相手にされないと思うよ、そんなんじゃあさ。
「……うん……そうだね……いいかげん、うんざりだよね……」
やはりというか、ジアはガンロイの台詞など、気にすらしていなかったようだ。手にした水晶の塊となにやら会話したかと思うと、そこでようやくガンロイに目を向けた。
「ええい私の話を聞け!! ジア!!」
その態度が腹に据え兼ねたのか、大声を張り上げるガンロイ。
対してジアは、声をかけるどころか、眉一筋動かすことはなかった。
「あ……」
こっちも、動く暇がなかった。
ジアの横から一匹の猿が矢のように飛び出し、ガンロイへと躍りかかる。両者の距離は、瞬きをする間もなくゼロになった。
「が……っ」
猿はガンロイの頭を抱きかかえるみたいにして止まると、すぐに離れ、ジアの近くに帰っていく。
残されたガンロイの首には、水晶の杭──操作芯が横向きに突き立てられていた。
「メリエは初めて見たときから、あなたの事が嫌いだったそうです。特に、私に向けられる嫉妬とおぞましい欲望混じりの目が我慢できなかったとか……え? そんな事言ったってもう聞こえてないだろうって? うふふ……そうね」
水晶と会話しながら、ジアは笑う。屈託のない笑顔で。
「が……ぐ……ぁぁぁ……」
一方、立ったまま身体をぶるぶる震わせるガンロイ。白目を剥き、口から泡を吹き、意味不明の呻き声を漏らすこと数秒──いきなりふっと真顔になり、普通に戻った。震えも嘘のように消えている。
唯一の違いは、まったくの無表情だという事だ。その場に棒のように突っ立ったまま、身じろぎもしない。
「まあ……メリエ、人間一人を支配するのに、もう随分慣れたのね。前は結構時間がかかっていたのに……え? 意地悪? うふふ、褒めているのよ。あなたは凄いわ。何をやらせても練習をすればすぐに上手になる。本当に自慢の妹よ……」
朗らかに水晶と会話を続けるジアは、およそ場違いな雰囲気を放っている。それが余分に不気味さと……不快感を感じさせた。
「……なるほどな。こうやって手下を増やしているわけか」
低い声を出すレグゼム。構えた銃の先は、真っ直ぐにジアへと向けられる。
その射線上に、横からためらう気配もなく入ってくる奴がいた。ガンロイだ。
「ちっ」
レグゼムが舌打ちする。彼は撃たなかった。
「あたしがやるよ」
代わりに、あたしが前に出る。
「……おい」
「いいから」
レグゼムにヒラヒラ手を振りながら、さらに前へ。
あたしが見ているのは、レグゼムでも、ましてやガンロイでもない。ジアだ。
彼女の口角が、うっすらと上がった。
と同時に、ガンロイが奇声を上げて突っ込んでくる。大分気合の入った声だ。はは、そんな声出せたんだね。できれば目に表情があればもっと良かったよ。
あたしは腰のホルスターからソウドオフショットガンを抜いた。虫達を使う気はない。蜘蛛も、ナメクジも、ダンガンコガネも、その意志を汲み取って一切手を出してはこない。
あっという間にあたしの眼前までやってきたガンロイが、無造作に右手を横に振る。
ちょ、はやっ!?
操られる前のガンロイからはまるで予想もつかない動きだった。ぶん、という音が慌てて下げた頭のすぐ上を通過していく。食らったらスイカより簡単に中身がどうにかなりそうだ。
「このっ!」
お返しとばかりに、地面スレスレの高さで横蹴りを放った。狙いは足首のあたり、上手く行けば転ばせて、そこを撃つ!
狙いは半分的中して、あたしの蹴りは思った所に当たったが……。
ガツッという骨肉同士が激しく打ち合う音がして、ガンロイが身体を揺らしただけだ。
こいつ……ひょっとして身体のバランス感覚まで補正されてる!?
そして間違いなく痛みなんか感じてない。あたしの方が痛いだけじゃないかこん畜生めが!
内心で毒づいてたら、ガンロイが大きく片足を上げてあたし目掛けて振り下ろしてきた。
「なにゃおりゃー!!」
我ながら年頃の娘とは思えない声を張り上げ、身体を捻りつつ横に転がる。
ずん、と地面が震えた。ガンロイの足が、今まさにあたしが避けた所を踏みつけている。っぶないなぁー! あんなんくらったら中身出るって!
「ほーらこっちだ!」
なおも地面を転がりながら、あたしは声を張り上げる。
こちらへと振り向きざま、またガンロイが手を振り抜いてきて──。
──よし、ここだ!
あたしはギリギリのタイミングで、身体を横に倒した。
湿り気を帯びた硬いものが折れる……そんな音が響き渡る。
あたしは、一本の木を背にしていた。
そこに、ガンロイが振り向きざまに横殴りしてきたのだ。
あたしが避けたらどうなるか?
ガンロイの右手は肘関節の所で砕け、あらぬ方向を向いている。
さらに自分で木を殴りつけた勢いが強すぎて、勝手に吹き飛んで地面に転がっていた。
普通だったら、振り返った時、あたしの後ろに木があるのを見たら、思いっきり殴ろうなんて思わないだろう。勢いで殴りかかったとしても、途中で止めるか、力を弱めるはずだ。
しかし、今のガンロイは普通じゃなかったし、途中で止めようにも、一端勢いがついたらもう自分でも止められないほど、力の制御が壊れていた。
だから、常識外れのパワーがそのまま自分に跳ね返り、自爆した。
咄嗟に思いついて試してみたが、上手く行って何よりだ。
さて、後は、と……。
あたしは立ち上がり、ガンロイの側に寄る。
うつ伏せの状態からぎこちなく起き上がろうとしていた彼の後頭部に、ショットガンの銃口を向け──撃った。
「あんたも救えないね」
この距離なら、いくらヘタクソでも外れようがない。頭を派手に弾けさせたガンロイは、二度と動かなかった。




