魔女は共に戦う 4-2
「……なにかあるな」
目を細めるレグゼム。
「照らして」
蜘蛛達に命じて、サーチライトの光を集中させる。
最初は大きな岩か、土の盛り上がりかと思った。
だが……違うとすぐに気づいた。
ミディオレはあの瞬間、なんと叫んでいたか。
──何かいます! とても大きいものが!!
確かに、大きかった。
近くの木のスケールからして、高さは五メートルはあるだろう。
形はこんもりとした小山、といった感じだ。
その小山が……ゆっくりと動いている。こちらへと向かって。
進行方向、こっちから見て正面の山の下部からにょっきりと伸びる柱みたいなのは……首だ。
「あれは……バカでかい亀……か? 亀がやったってのか? こいつを!?」
信じられない、といった様子のレグゼムの反応は、むしろあたり前である。あんな規模の破壊をもたらす生物なんて、デタラメもいいとこだ。しかも亀だし。
しかし、あたしはこいつの事だと思われる記録を見たことがあった。
それは、うちの国の国立図書館、その地下最奥にある一部権限者以外立ち入り禁止の特別禁書庫に収蔵されていた、とある個人冒険家の日記でだ。
あたしは以前、その禁書庫に足繁く通っていた事がある。国家認定魔女になったばかりの頃だ。国家認定魔女はこの国の機密指定文書も大体フリーパスになるので、当時はいろんな文書、記録に片っ端から目を通していた。上からそうすべき、と言われたこともあるのだが。
問題の日記は、今から百年以上も前に書かれたものらしい。後年のガルムデル大樹海の調査隊が森の深部領域まで到達した際に発見され、持ち帰られたものだが、記録者の事は日記以外の痕跡すらなく、遺体も発見されなかったため、一切詳細が分かっていない。なので、収蔵品のリストには、ただの冒険家の日記としてしか記載がなかった。そんなシロモノだ。
原本は中身が大部分朽ち果てており、判読も難しかったため、なんとか残っていた部分を繋ぎ合わせ、意味の通る部分のみが写し取られていた。
内容は日記形式でガルムデル大樹海の生態系について触れていただけのものであり、今でもよく知られた生物、植物の記載がほとんどではあった。が……ただひとつだけ、現在でも実在が確認されていない生物の事が記されていたのだ。
それが……高熱を放出する巨大な亀。
まさに今、こっちに頭を向けているアレのお仲間か、ご本人だと思われる。
日記の主は、森の中でまったく偶然に出くわし、離れた位置にいた別の大型生物を熱線でもって焼き殺した後、貪り食うのを目撃した、と記していた。
追跡し、さらなる観察を続ける、と興奮したような筆致で文章が一端閉じられ……ここで日記の記載そのものが終わっている。
この亀か、あるいはまったく別の生物にやられたか、突発的な事故か、単純に日記を落としただけなのか……書いた本人がこの後どうなったのかは、誰も知らない。
……と、そんな事を、あたしはレグゼムと、なんとか木から降りてきたミディオレに簡単に説明した。
「ガルムデル大樹海……話以上にとんでもない所ですよね……」
ミディオレが遠い目をし、
「……熱線の通った跡からして……ざっと射程は四百ってとこか。仕掛けた罠を盾に籠城って手は使えんなこりゃ」
相手の力を測り、状況を手早く分析するレグゼム。
二人の反応が対照的で、結構面白いな。いや、面白がってる場合じゃないけどさ。
「とりあえず撃っとくか!」
「賛成!」
「それしかないですよね、もう!」
大亀に向かって、掃射開始。例によってあたしを除いて、レグゼムとミディオレの小銃、蜘蛛達の軽機関銃が一斉に放たれた。さらにグレネードランチャーも続けざま、おまけとばかりに次々に撃ち込まれる。大亀との距離は目算で二百メートル程。ランチャーの有効射程内ではあるが、本来ならもうちょい接近した方がいい。が、相手のサイズからして、この距離でも外しっこない。あたしでも撃てば当たりそうだ。たぶん。
小銃弾も、機関銃弾も、ランチャーも、見ている分には全て当たった。全弾命中! なんて大声で叫んだらさぞや気持ち良いだろう。
しかし、そんな気持ちは次の刹那にはあっさりと塗り替えられてしまう。
爆煙でよく見えないが、亀の背中のあった辺りで、ぼうっと赤い光が浮かび上がる。と同時に、あたしの腰に下げたエーテル計測器の針が急上昇していき、警報音を激しく鳴らした。
「退避ー!!」
レグゼムの大声。あたし達は文字通り、蜘蛛の子を散らして思い思いに散開する。
音は、殆どしなかった。色も、仄かに赤いかな、といったくらいだ。ただ、限りなく熱せられた空気の塊が、あたし達が今まさにいた空間を通り過ぎ、焼き尽くしていった。
残るものは、殆どない。木も、草も、空気も含めて空間そのものが高熱に支配され、蹂躙される。防ぐ手なんてありゃしない。少なくともあたしには。
亀を攻撃した際に立ち込めた爆煙すら、今は綺麗に晴れていた。そこにいるのは、まったく平然とした大亀だ。縮めていた首を伸ばし、空に向かって掲げたかと思うと、大音声の咆哮が轟いた。
ガルムデル大樹海の夜気をビリビリと震わせる重低音。うわー、大迫力だわ、これ。
「ふふふ……はは、ははは……ははははははははははは!!」
もうひとつ、迫力のレベルが桁違いに下がるが、高笑いをする者がいた。ガンロイだ。
……あー、そういやコイツもいたっけ。ごめん、正直存在忘れてた。二度の亀の攻撃から無事でいられたのは、かなりの幸運と言っていいかもしれない。偶然だろうけど。
「素晴らしい……これは……実に素晴らしい!!」
両手を広げ、喜色満面で笑うガンロイの姿は、はっきり言って異様だ。
この状況に置かれて心でも壊れたか、と思ったが……。
「決めた! 私は決めたぞジアよ! 私はお前と共に行こう!」
そう言うやいなや、離れた位置でじっと立ち、この場をずっと眺めていた彼女の下へと駆けていく。
「異端者の忌まわしい能力すら歯牙にかけぬ化物すら配下としたのだ、最早怖れるものなどありはしない! 他にいくらでも配下は増やせる! この超越遺物の能力があれば、ひとつの国家、いや、ひとつの大陸、やがては世界すら支配できよう! 逆らう者は、全てその力でねじ伏せ、それこそ操り人形にすれば良い! 数こそ力であり、力持つ存在をも支配する能力! これを無敵と言わずしてどうする! ジアよ! 我等は世界の支配者となれるぞ!!」
……コイツ、とんでもない事言い出しおった。
夢想家の戯言。と一蹴するのは簡単だが、確かにこの超越遺物の能力ならば、ガンロイのやり方で世界征服もいけるのかもしれない。
ただし、あくまでその可能性がある、というだけだ。実際にそんな事をやろうとしたら、たちまち世界中が敵に回るだろう。世界を敵に回すということは、他全ての超越遺物も敵になるという事である。やり遂げる可能性は……まあゼロとは言わないが、限りなくそれに近いとしか言えない。
……うん、ガンロイ、あんたやっぱりトチ狂ってるよ。その超越遺物の凄い効果だけしか見えてない。
それに……。
「ガンロイ様、申し訳ありませんが、そのようなお話に興味はありません」
きっぱりと、ジアが言った。最初から、彼女は熱に浮かされたように話すガンロイの姿を、冷めた瞳で見ていたのだ。それすら、ガンロイは気づいていなかった。
「……何? 何故だ!? それだけの力がありながらより大いなる支配を望まないとは! さては支配ではなく破壊が望みか? かつて世界を破滅の渦に飲み込んだという、魔神のようなあり方が貴様の望みだとでもいう気か!?」
──魔神。
その単語が出た瞬間、あたしの眉根が寄る。
「いいえ、そんな気もありません。ですが……そうですね、私とメリエが平穏に過ごす事への障害になるというなら、それをことごとく破壊し尽くす所存ではあります。万が一、国家や、あるいは世界がそうであるのであれば……私達は喜んで世界を滅ぼす魔神となりましょう」
……こっちは魔神になっても構わないときた。
よりにもよって、このあたしの前でそんな台詞は言うべきじゃなかったよ……ジア。




