魔女は共に戦う 4-1
煙が薄れていき、蜘蛛達のサーチライトが集中する。
「ふふふ……ふふふふ……」
小さい、けれども妙に耳につく笑い声がした。
「うん……そう。やっぱり断られたよ。でもっていきなり撃たれちゃった……ふふふ……あれをこっちに……わかった」
死屍累々たる姿が積み上げられた猿の山。その向こうから、五体無事なジアが歩み出てくる。右手には水晶杭をふた周りくらい太く、長くしたような塊が握られていて、それを片耳に押し当て、囁くように話しかけていた。
「通信機……みたいなものでしょうか?」
「たぶん……」
ミディオレの言葉に、同意を返す。妹──超越遺物の母体であるメリエとやらと話しているのだろう。
「少々驚きましたが、残念でしたね。この場で起きている全ての出来事は、メリエの配下となった生物達の視覚、聴覚、その他全ての感覚を通じて、メリエ自身に伝わっています。そんなメリエに、私は守られているのです。傷つけるのは無理だと思って下さい」
サラリと、無理とか言ってのけた。それだけ超越遺物の──妹の得た能力を信頼しているという事か。
「確かに……これだけの数の目や耳や鼻の感覚が共有されているとしたら厄介だな」
レグゼムが周囲を取り囲む猿を見ながら舌打ちする。
と──。
「馬鹿な!!」
もうひとり、ジアの言葉に衝撃を受けている様子の奴がいた。ガンロイだ。
「そんな……支配下に置いた全ての生物の五感を共有だと!? そんな話は聞いておらん!! それになんだその水晶片は! それで母体となったお前の妹と遠隔でも意思の疎通が可能だというのか!?」
早口で、ジアに問いただすガンロイ。明らかに目の色が変わっている。
「ええ……言っていませんでしから。それと、これで妹と会話できるのも、その通りです。そもそも首に打ち込んだ操作芯を通じて、配下の者達に命令を出しているのですよ? 単にその応用のひとつに過ぎません」
「な、なんだと……おお……なんという事だ……」
その場に膝から崩れ落ち、ガンロイは細かく震え始めた。いや……そこまでショックを受けるような事、か?
「……今は不可能とされている高濃度エーテル環境下での双方向通信……あれはそれができるようになるかもしれない可能性です。その価値は……計り知れないのではないでしょうか」
ミディオレが、そっと解説してくれた。
あー、なるほど……それは欲しがる奴が多いかもね。でも、あれを利用するなんて、あたしは嫌だぞ。
「では皆様、交渉は決裂という事で……」
ガンロイの様子などまるで気にした風もなく、ジアはマイペースに話を続け……あたし達に告げる。
「ここからは力づくです。ああ……こちらもなるべく気を配る予定ではいますけれど、女性のお二人は死なないで下さいね。死にさえしなければ、いくらでも素直に従ってもらえる手段がこちらにはありますので……ふふ……」
ニコリと微笑むジア。しかし温度というものがまるで感じられない冷たい笑みだ。捕食者が獲物を前にして笑う事があったら、こんな顔になるのかもしれない。
け、ど……こっちだって黙って食われるつもりなどない。断固……ない!
「おっさんは眼中にないってか!? そう言わずに仲間に入れてくれやオラァ!!」
最初に動いたのは、やっぱりレグゼムだった。言葉が荒い。ひとりだけどうでもいい扱いをされているのを少しは気にしていると思われる。ガンロイも似たようなモンじゃん。一緒にされるの嫌だろうけど。
レグゼムの小銃が火を吹いた。相変わらずの見事な狙いで、銃撃は真っ直ぐにジアへと殺到するが、その前に猿達が壁となって立ち塞がる。
「集団、来ます! 前方と左右から!」
ミディオレの声が飛ぶ。先程とは違い、今度はジアを守るだけでなく、こちらを積極的に攻めてくる動きである。なるほど、これは確かに力づくだ。
「囲まれる前に下がれ!」
「了解!」
ガンロイ、ミディオレ、蜘蛛達の斉射が猿集団の前進を押し留めつつ、こちらはジリジリと後退を開始した。武器など持っていないガンロイもへっぴり腰で付いてきている。このまままたトラップゾーンに誘い込んでの長期戦がこちらの狙いだ。時間を稼いで朝になれば、援軍も期待できるだろう。消極的ではあるが、それが一番マシな手なのだ。あとどれだけいるかわからないような相手と正面衝突なんてのはゴメンである。
「……させませんよ」
声が聞こえたわけじゃない。ただ、ふと見たジアの口元が、そんな風に動いた気がした。
「右前方! 何か──何かいます! とても大きいものが!! 逃げて!!」
ほぼ悲鳴と言っていい、ミディオレの叫び。
次の瞬間、とてつもない勢いでもって、熱風が吹き付けてきた。同時に、腰に下げてあるエーテル計測器がけたたましくアラーム音を響かせる。
「なんだ!?」
「く……引っ張れ!!」
避けられない、と判断したあたしは、咄嗟に周囲の蜘蛛に命じる。途端に身体に何かが巻き付き、強く引かれた。熱が体中にまとわりつき、熱さが痛さへと変化していく。目を閉じ、息を止め、身体を丸めた。熱に対する、ささやかな防御。そんなものが通じるはずもなく、あっさりとあたしの身体は灼かれようとして……ふっと境界を抜けた。暴力的な熱さが消え去り、涼しいとさえ言える森の夜気が、あたしの頬をくすぐる。
「……」
見上げると、すぐ側に蜘蛛がいた。こいつがあたしに糸を巻き付けて引っ張ってくれたのだ。
「ありがとう。助かった」
無様に地面に転がった身体を起こし、蜘蛛の身体を撫でる。
──すぐ先の地面が、煙を吹き上げて燃えていた。
下草は跡形もなく消え、かなり太い立木さえ、根元付近が黒く炭化し、自重を支えきれずにバキバキと音を立てて倒れ始めている。一本や二本という話ではない。見る限り、数十本単位で被害が出ているようだ。高温によるものである事は間違いない。問題は、何者がこれをやったのか……。
高熱の爪痕は、綺麗な直線を描いていた。幅は約五メートル。ミディオレが叫んで知らせてきた方向から真っ直ぐに伸びてきている。
エーテル計測器を手に取ると、針はレッドゾーン近くを示していたが、ゆっくりと数字は下降していた。アラームも今は鳴っていない。
「無事か!」
コンテナを背負った蜘蛛を従えて、レグゼムが駆け寄ってきた。
「なんとかね。ミディオレは?」
「あそこだ」
レグゼムが指差したのは、木の上だ。そこに蜘蛛と一緒にいた。どうやら彼女も危ない所を糸であそこまで引っ張り上げられたらしい。ただ……今は頭が下を向いていた。つまり逆さ吊りだ。
「……すみません私は大丈夫です。い、今降りますから……」
蜘蛛と一緒に、わたわたと糸を解している真っ最中である。まあ……ごゆっくり。
「しかし……こいつぁ一体……」
あらためて、焼け焦げた破壊の跡に目をやるあたしとレグゼム。まだ高熱が残留している地面の上に転がる残骸は、その多くが焼かれた猿だ。身体の全て、あるいは一部が炭化している。そして……蜘蛛も二体巻き込まれた。いちいち確認しなくても、感覚でわかる。彼等は通常死ぬほどのダメージを受けると自動的に存在が消える。ダメージの程度にもよるが、身体の一部が消失するほどのものとなると、死亡した個体が再び召喚可能になるまで一週間はかかるだろう。もちろんその間、死亡した個体は召喚することができなくなる。
おそらく、蜘蛛がやられたであろう場所に、背中に背負っていた砲座だけが残されていた。機関銃の銃身が歪んでしまっている所を見ると、瞬間的には千度近い高熱を受けたと思われ……それだけの熱量を受けて生きていられる生物なんて、いるわけがない。
さらに、熱での破壊を受けて形成された一本道を目で辿っていくと……。




