魔女は遭遇する 3-7
あたし達はそれぞれにやや離れた木の陰に身を置く。その上で待つことしばし……。
最初に見えたのは、一塊となった猿の群れだ。
「正面は推定五十以上……さらに奥から続いてきています。大きく左右にも別の集団が展開してますね」
「囲む気満々だな。意地でも逃がすかってトコか」
「あいつらが操作している動物の数って、大体どのくらいかわかる?」
一応、ガンロイに聞いてみた。
「……わからん。ただ多数、としか」
「そう……」
結構こいつにもわからない情報が多い。そもそもジアってのがこいつらを信用してなかったんだろう。それもかなり早い段階……おそらくは最初から。
正面の猿の集団が、目算で約三十メートルの距離を置き、歩みを止めた。
レグゼムとミディオレは銃を構え、既にいつでも撃てる態勢だ。無論、あたしの蜘蛛達も。
猿達は、動かない。少しの間静寂が流れ、緊張感だけが高まる中……猿達の後方から別の集団が近づいてきた。
「なんだありゃ?」
レグゼムが呟く。
それもそのはず、新たに姿を見せたのは、輿を担いだ猿の集団だったからだ。
井桁に組んだ木の上に柱が立てられ、ご丁寧に木の枝葉で葺いた屋根まである。四方の壁こそないが、床はあるらしく、見た目は素朴で簡素な小屋といった感じだ。内部の中央には椅子があり、誰かが座っていた。そしてその輿を、猿達が担いで運んでいるのだ。
「……ここで止めて」
小さな声がした。輿の中から。
猿達の足が止まり、ゆっくりと輿が地面に下ろされる。
そこから歩み出てきたのは……ひとりの女だ。タイミングよくナメクジが照明弾を打ち上げてくれたおかげで、暗いながらもあたしの目にはその姿がよく見えた。
髪はゆるくウエーブのかかったやや長めの金髪。色白で、青い瞳。整った顔立ちではあるが、全体的に冷たい印象を受ける。ガンロイと同じデザインのローブを着ていて、肩には大きめで丈夫そうな布のショルダーバッグを斜めに掛けている。見えている手足の感じからして、体つきは細そうだ。年はたぶん二十過ぎ、行っても二十半ばだろうと踏んだ。
「……ジア……!」
ガンロイが、低く唸った。なるほど……こいつがそうか。
「はじまして、皆様。ガンロイ様もまだ生きていらしたのですね。そちらの方々に殺されているか、手酷い拷問を受けているものとばかり思っておりました。ご無事で何よりです」
「貴様……!」
……煽ってるんだよね、これ? いや、たぶんこの女、ジアはガンロイも含めてこちらを煽ってるんだとは思うんだけれど……声音は平坦だし薄く微笑んでいるしで、表面的にはそう見えない。まさか素で言ってる? いやまさか……。
イマイチ読めない不気味な女、というのがあたしの第一印象だ。
レグゼムとミディオレを見ると、どちらも警戒と戸惑いが半々、といった顔で見返される。ふむ。あたしと似たような感想だな、これは。熱くなっているガンロイはあたり前に無視だ。
「ご丁寧な挨拶どうも。それで、何しに来たの?」
一応聞いてみた。どうせ殺し合いになるにせよ、少しでも情報が入手できるならそれに越した事はない。
「はい、ひとつ、提案をするためです」
「提案?」
「ええ」
横にレグゼムが並んで、あたしに頷いてみせた。視線はジアに向けたまま。
まあ……聞くだけ聞くか。
「言ってみて」
促すと、彼女は平坦な口調で提案とやらを口に出す。
「こちらの要求は、実に簡単なものです。あなた、もしくはそちらの女性の身体が欲しいのです」
「……は?」
よりにもよって身体と来たよ。なんだコイツ。予想外だよ。予想外すぎるよ。何言ってんの?
「あなたはもちろん、そちらの女性も魔女なのでしょう? その能力にとても興味を惹かれるのです。妹が得た能力でもって支配した時、もしくは同化して身体の一部とした時、その能力はどうなるのか? 行使可能であるかどうか? もし能力がこちらのものとなるのなら、妹はさらに大きな力を得ることでしょう。それはとても素晴らしい事です」
……はー、そういう……身体って、そういう事か。要するにあたしかミディオレの首にあの水晶ぶっ刺して操り人形にしたいと。もしくは妹と同化させて美味しく栄養として頂きたいと、んで、そうした時にあたし達の能力が使えたりするのか確かめたいと……なるほどね。身体って言うから驚いたけど、それなら納得……なわけあるか馬鹿野郎。
「いかがですか? その要求を飲んでいただけるなら、他のお二人には手は出しません。森から出ていくのも、ご自由になさって下さい」
饒舌に"提案"とやらを告げてきたわけだが……正気なんだろうか? そんなの、こちらが飲むと思っているのだろうか? もし本気なんだったら、コイツ……。
「……俺はどうでもいいって事か」
レグゼムが、呟きを漏らした。ジアは何も返さないかと思ったら、それにも丁寧に返答してくる。
「ふふ……妹は強いもの、可愛いもの、綺麗なものが好きなのです。強くて可愛いなら、尚の事。あなたは強いのかもしれませんが、妹の美的感覚にはちょっと……」
「ああ、そうかよ」
笑いを含んだジアの台詞にも、レグゼムはむしろ落ち着いていた、声も、表情も、平常そのものだ。その分、胸の内はどうなっているのか……。
「こっちからも、ひとつ質問、いい?」
あたしも、尋ねることにした。いくつか候補はあるが、なんと言っても、まずはこれを聞かなきゃならない。
「どうぞ」
即、あっけなく許可される。
あたしは、言った。
「こんな事をしでかした目的は……一体何?」
じっと、ジアの目を見る。少しでも、理解できるように。
「そうですね……」
ほんの少しだけ、彼女は虚空を眺めるようにして考えたようだったが……。
「究極的には、生きること、でしょうか」
返ってきた答えが、それだ。
嘘を言っているようには思えない。ふざけているようにも、からかっているようにも……見えない。あたしには。
この瞬間、あたしはこの女とまともに対話する事を早々に諦めた。あたしなんかじゃ、到底このジアという女の思考は理解できないだろう。できないなら、しない。できることをするだけだ。
「では、こちらの提案に対するそちらの返答を頂けますか?」
淡々と、話を進めるジア。
返答か……そんなの決まってる。
「あたし達の答えは……」
そこから先を言ったのは、あたしじゃなかった。
「──これだ!!」
小銃を腰だめにして、容赦なくフルオートの斉射をぶちかますレグゼム。カートリッジひとつ分を撃ち終えると、間を置かずにグレネードランチャーまで叩き込む。
ポン、という軽い発射音の後、重々しい爆発音が空気を揺るがす。衝撃と爆炎がジアの立っていた地点で暴れ回り、もうもうたる煙で包み込んだ。
……容赦ないな、レグゼム。
「過激だね」
「これでいいだろ。というかお前さんにだけは過激とか言われたくない」
言い合いながらも、あたし達はジアの位置から目を離さなかった。レグゼムなんか、もうカートリッジ交換とランチャーの再装填まで終えている。
これで終わった、なんてあたし達は思っちゃいない。
レグゼムが撃ったまさにその瞬間、猿達が大量にジアの前に飛び出し、自らの身体を盾にするのを見ていたから。




