魔女は遭遇する 3-6
それからさほど日を置かず……彼等はこの地へと秘密裏にやってきた。
メリエの得た超越遺物の能力試験と、メリエ自身を維持するための食料を得るのが目的だ。
この超越遺物は、発動状態を維持するだけでも相応のエネルギーを必要とする。他の生物を操るという能力を行使する際もまた、結構なエネルギーを消費するので、大規模に能力を使用する場合、どうしても大量の他生物を用意しなくてはならない。言うまでもなく水晶で同化し、取り込む──いわば食事のために。
他の場所ならいざ知らず、このガルムデル大樹海ならば、多くの生物が消えたとしても、まずその事実が人の目に触れることはない。同時にあまりにも危険過ぎる場所でもあるわけだが、超越遺物を身に宿したメリエは能力を遺憾なく発揮した。次々に生物を捕獲すると支配下に置き、その配下を操って新たな生物を捉え……といった具合に、順調に手駒と食料を増やしていった。
そんな中、メリエは新たな獲物を見つける。森の周縁部を毎日巡回偵察する軍の部隊──第六偵察小隊。
「我々は反対した。森の生物ならいざしらず、ウィレミアの正規軍の一部隊に手を出すなど、正気の沙汰ではない、とな。だが、あの姉妹は止まらなかった」
ガンロイの言葉通り、メリエとジアは迷うことなく多数の猿達で第六偵察小隊を襲わせた。
「確かに、あれだけ多数の生物を支配下に置いてコントロールするなど、尋常な事ではない。その成果だけならば驚異的と言ってもいいだろう。しかし、明らかに奴等はやり過ぎだ。このような事態は我等も望んではいなかった、断じて!」
結果としては成功に終わった軍部隊への襲撃だったが、その結果はガンロイ達をも大いに戦慄させた。
軍の部隊が消えたのだ。間違いなく捜索が開始される。見つかれば無事に済まないことは火を見るより明らかである。
この上は速やかにここから逃げ去るだけだ。他に手などない。
ガンロイ達は、ジアにこの地からの撤収を告げた。
「……あら? 世に悪名高い黎明の叡智ともあろうものが、この程度の結果で満足なのですか?」
ジアはさも意外そうに、そんな台詞を口にしたそうだ。
悪名高い、などと言われたガンロイ達に、一瞬険悪な空気が漂ったが、ジアはまったく気にした風もなく、
「うん……そう……そうね……確かにそろそろ潮時……うん…………わかった」
妹を包み込む水晶の表面に手を当て、何やら呟いたかと思うと、あらためてガンロイ達に振り返る。
「あいにく私達は、まだここでやりたいことがあります。ですからご一緒できません」
平然と、こともなげに言うジア。
「なんだと!?」
「貴様! 勝手な事を!」
激高した数人が詰め寄ろうとするが、
「ここでお別れですね……永遠に」
それよりも速く、複数の影が飛び出してきたかと思うと、彼女に近づこうとしていた者達に襲いかかった。
メリエに操られた猿の群れだ。男達の身体に取り付き、首筋を、太腿を、脇腹を……思い思いの箇所を鋭い牙で噛み裂いて、あっという間にボロボロにしてしまう。悲鳴すら上げる間もなく、血まみれとなって崩れ去る、人の形をした肉塊。
「ひっ……!」
「な、何を……!?」
ジアは、微笑んでいた。じっとメリエを、妹の姿だけを見つめながら。
「私としては、あなた達にも妹の栄養になってもらおうと思っていたのですけれど……ふふ、メリエは嫌だそうです。あなた達みたいな者を食べるのは。美味しくなさそう、だって……ふふ、ふふふ……」
やがて、声を上げて笑い始める。ガンロイ達も初めて見る、年相応で邪気のない笑顔。
「貴様……その状態の妹と……会話できるというのか?」
ガンロイは呆然と、思わずそんな事を尋ねてしまった。研究者故の好奇心、あるいはこの場の異常な雰囲気に、どこか麻痺してしまったのかもしれない。
「あたり前でしょう? 私は姉なんですから」
対して、ジアは不思議なものを見る目をして、首を傾げただけだった。
「では皆様、さようなら」
彼女から放たれた最後の一言で、一斉に動き出す無数の猿。
「うわああああああああ!!」
あまりにも一方的な狩りが、始まった。
「……で、逃げた先が俺達の所だったというわけか」
「ああ、その通りだ」
話が一段落して、短い沈黙が降りる。
頭から信じる気は毛頭ないが、言っていることはまあ本当だろう。このガンロイという男、あたし達に捕まった上でこれだけ筋道立った嘘がつけるほど肝の座った大物だとは思えない。もし全部嘘だったんなら、あたしの人を見る目がなかったと素直に笑って諦めよう。
レグゼムがこちらをチラリと見たので、無言で頷いておいた。どうやらレグゼムも、あたしと同じような判断を下したようだ。
「お前の他に逃げ出した仲間はどうなった?」
「知らん。少なくとも猿に追いつかれた者が殺されたのは見た。それだけだ。必死だったのでな、全員の行動を把握などしていられなかった」
「そうか……」
それを聞いて、レグゼムの表情が少し動いた。自分達の行動と被ったのだろう。第六偵察小隊の仲間達との……。
「……俺達の仲間、猿に襲わせた兵士達はどうなった?」
「知らん。猿達がどこかに運んでいったのは見たが……」
「生きている奴がいたのか!?」
「そこまではわからん。どうするのかと聞いたら、ジアの奴は"実験"とだけ……」
「実験だと……!」
レグゼムの手の中で、小銃がギシギシ音を立てて軋む。黙ってやりとりを聞いていたミディオレの方からも、息を飲む気配がした。
生存者がいれば、とはあたしも思うが……嫌な予感しかしない。
そして、往々にして嫌な予感ほど、よく当たるものだったりするのだ。
「なにか……いえ、誰か来ます。猿が多数と……人がひとり」
今度のミディオレの声は、むしろ落ち着いていた。ちょっと前にガンロイの視線を感じて接近に気づいた時は、かなりな慌て具合だったのに。
「また追われてるの?」
「いえ……一緒に進んできています」
「……そう」
一緒に、か……。
「いよいよ親玉がお出ましって所かな」
レグゼムが森の奥へと、鋭い眼光を飛ばす。
「下がる?」
「いや、せっかくだからまずは顔を拝んでやろうぜ」
「わかった」
ここはトラップゾーンの外だ。正面からやり合うなら、中に入って待ち受けるのが正解なのは間違いない。ただ、そうすると相手は罠で容易には近づけないから、一定の距離を置いて戦うことになる。この前に猿の集団とやりあった状況が、それだ。
今回、まずは同じ手を採ることを選ばなかった。
その方が、お互い相手に近づけるから、当然顔もよーく見えるというわけだ。
もちろん、危ないと判断したらすぐに下がる。
レグゼムもあたしもミディオレも、それくらいは口に出さなくとも通じている、と思う。ガンロイは……知らん。
さて……どんな奴だ?




