魔女は遭遇する 3-4
「もう一度聞くぞ、何者だ?」
レグゼムが、男に誰何する。
「……」
返事は、ない。
「おまえ一人か? 仲間はいるのか?」
「……」
──無言。
「あのな……」
レグゼムの目が、すっと細くなった。片手が脇のホルスターに伸び、拳銃に手をかける。あ、これ撃つ気だ。いきなり撃ち殺すとかじゃなくて、とりあえず手とか足とか肩とか撃って、話を聞き出す気だよ。雰囲気で伝わってくる。男の方も馬鹿だな。顔反らしてるからわかんないんだ。ちょっとでもレグゼムの目を見てみなよ。間違いなく撃つよこの人。
「ちょい待ち」
あたしは慌てて止めた。確かにこの男はあからさまに怪しいが、その手段はまだ少しだけ早い。
こちらに目を向けてきたレグゼムに僅かに頷くと、代わりに男に向かって……こう聞いた。
「あんた"黎明の叡智"の構成員でしょ?」
「な……!?」
愕然とした表情で、あたしに振り返る男。抜群の反応だ。
「ほう……なるほど」
「黎明の叡智って……魔導テロ集団の?」
「何を言うか女! 我等はテロリストなどではないわ!」
ミディオレの台詞に激高する男……決まりだ、間違いない。
黎明の叡智を名乗る集団は、確かに元からテロリストと認識されていたわけじゃない。始まりは、魔法の可能性を追求し、ありとあらゆる魔法に関連するもの──書物、道具、あるいは魔法そのもの──を蒐集、実践して魔法の深淵へと至ろうとする、魔法研究者、探求者達の集まりだったらしい。
それが時が経るにつれ、追求する魔法のためには手段を選ばず、各地で魔法に関するとされている場所や物品を荒らし、破壊し、時には強奪しと、かなり非道な、それこそ犠牲が多数出るような行いをも厭わず、平然とやるような集団へと、次第に変質していった。
現在においては、完全に犯罪者の集まり、強力な魔法を無軌道に行使するテロリスト集団として広く認識されている。大陸の全ての国において、構成員は問答無用で捕縛の対象として指定されているくらいだ。
そんな中でも、黎明の叡智は勢力を減らすことなく、活発に活動を続けている。彼等によって引き起こされる事件が後を絶たないのが現状だ。これには裏でマグドレク王国の一部が人員と資金の両面で大きく関わっているためだと囁かれているが……両者の繋がりの明確な証拠が出た事は一度もない。
「……なんで分かった?」
「ふふん」
レグゼムに小声で聞かれたが、あたしは微笑むだけに留める。
ぶっちゃけてしまうと、確証があったわけじゃない。ただ、見たことも聞いたこともないような水晶杭に侵された獣に襲われ、その後で手練っぽい魔法使いが現れた。普段人が殆ど立ち入らない、ガルムデル大樹海の中、なんて場所で、だ。この二つの要素に繋がりがあるとしたら、目の前の男が黎明の叡智だったら少しは納得できるかな、と……そんな風にふんわり思いついただけだったりする。これで男にあっさり違うよ、と言われていたら、すごすご引っ込んでレグゼムの力技にバトンタッチしていたろう。
……レグゼムにはいちいち説明しないけどね。この場合黙っていた方ができる女っぽいじゃないか。ふっふっふ。
しかし、なんとなーく疑いの視線っぽいものを向けてくるレグゼムは、あたしの心の内をやや察している気がする。
「流石ですね」
素直に称賛の顔と言葉を向けてくるミディオレの反応の方が、少々胸に刺さった。
……それはともかく!
「さーて、テロリストさん」
あたしは地面にへたり込んでいる男を見下ろし、言った。
「黙れ魔女め! 我等は断じてテロリ──」
「やかましい」
みなまで言わせず、あたしは男に指を突きつける。間を置かずに男の背後へと蜘蛛が一体忍び寄り、首筋に牙を軽く当てた。
「……っ!?」
当てただけ、傷は負わせていない。今は……まだ。
「そんなのどうでもいい。あんたはこっちの質問に答える事。それ以外は考えなくていい。口に出す必要もないんだよ」
ゆっくりと、あたしは言葉を紡ぐ。言い聞かせるように。
「何故猿に追われていたのかも、後で聞く。間違っても助かった、なんて思うんじゃないよ。やろうと思ったら、あたしはあの猿よりよっぽど簡単にあんたをバラバラにできるんだから」
あたしは、目を逸らさない。逸らさせない。男の顔に、新たな大粒の汗が湧き出してくる。
「あんたのその手足も、目も、鼻も、あたしにとってはこれっぽっちの価値も見いだせない。こっちの質問を聞く耳と、考える頭、答えを吐く口があればもう十分。他は全部切り取って、あんたの隣に丁寧に積み上げてやるよ。それが嫌なら、素直にこっちの聞きたいことに答えるんだ。少しでも返答が遅れたり、ましてや嘘なんて許さない。ああ、たとえ本当の事を言ったとしても、あたしが嘘をついたと判断したら、それだけでどっかを切り取るからね。必死に頭を捻って、わかりやすく、簡潔に、言葉は選ぶ。それがルール。わかった? わかったら頷く。早く」
コクコクと、男は首を縦に振る。じいっと目の奥を覗き込むと、もう反抗心のようなものは感じなかった。細かく震えてもいるようだ。うん、思ったよりも心が弱いなこいつ。
見るからに身体が細く、鍛えていない奴だと感じたので、直接的な暴力には弱いだろう、なんだったら言葉で殴っても結構いいとこいけるんじゃないかと思ったら上手くいった。やったね!
レグゼム達へと振り返ると……レグゼムは渋い顔、ミディオレは青い顔をしていた。
「……脅すのはこの中じゃどう見ても俺の役目だろ」
ブツブツ呟くレグゼム。そんな事いちいち気にしてたらハゲるぞ!
男の名はガンロイ。今回ここに出向いてきた黎明の叡智メンバーの中では、リーダー的な立場の者であると判明した。まあ、あくまで自称だが。
で、問題のここで何をしていたか、であるが、やっぱりというかなんというか、あの猿やフクロウの首に刺さっていた水晶杭の実験だった。
あれは一体何? という問いの答えが、こうだ。
「あれは、我々が"操作芯"と呼称しているものだ。生物の身体に打ち込まれると、そこから神経系を通じて脳を支配し、対象の全てを操作する事ができる」
脳を支配して操作、ときた。別に身体ならどこに刺しても良いそうだが、脳に近い場所の方が支配までに時間がかからず、遠いと刺しても支配が完了する前に抜かれてしまう恐れがある。脳に直接だと、脳を損傷させてしまい、行動に支障が出るケースがあった。脳まで近くて重要な神経が多く通る場所、という事で、幾多の実験の結果、最終的に首に落ち着いたとの事だ。首だと、ほぼ差した瞬間に脳が侵食され、支配下に落ちる。支配された犠牲者の自我は完全に消え、命令に従うだけの操り人形と化す。まあ……身体こそ生きているが、ほぼ死んだのと同じ事だろう。
「ひどい……」
ガンロイの解説を聞いて、ポツリとミディオレが呟いた。表情が嫌悪に満ちている。あたしも概ね同意見だ。
「これを……お前らが作ったってのか? ってか、もうこんなもん、魔法じゃないだろうが」
レグゼムが言った。その通りだ。これは既に魔法とは呼べない。一般的に知られた魔法の範疇を超えている。いや、異質、と言うべきか。これって、もしかして……。
「作った? これをか……? ふふ、ははは……冗談ではない、こんなシロモノ、今の人間に作れてたまるか」
何がおかしかったのか、笑い出すガンロイ。
「これはな、遠い過去からの贈り物……大いなる力の一端、失われた叡智の欠片なのだ!」
いきなり、口調が滑らかになった。見開いた目が血走っている。
「……超越遺物」
そんな言葉が、あたしの口から漏れた。ほんの小声だったが、ガンロイは聞き逃さなかったようだ。
「ほう、さすがは魔女だ。わかるか? そうだろう、そうだろうとも! 異端者とはいえ、この力の前には畏れずにはいられまい!」
勝手な事をほざくガンロイはこの際どーでもいいとして……そうか、最初にこれ見たときから、なんか嫌な予感はしてたんだよね。




