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魔女が来る!  作者: うちだいちろう
1.魔女と虫と森の中
15/44

魔女は遭遇する 3-3

 あたし達三人は、直ちに動いた。

 罠を張った圏内に到達してしまうと、その追われている人、とやらも吹き飛んでしまう恐れがある。


 レグゼムと蜘蛛達の誘導でもって、まだ生きているトラップを回避しつつ、走る。

 正直、これが向こうの罠である可能性も考えられた。

 しかし、だとしても現状において、あたし達三人以外に誰かがいるというのなら、その場に出向く以外ないだろう。


 ほどなくして、確かに木々の向こうの暗闇に、ひとつの人影が確認できた。足をもつれさせそうになっている姿は、見るからに必死だ。それもそうだろう、背後からは波のように、猿達が押し寄せてきている。


 と、ふいにその人影の身体が沈んだ。さては転んだか、とちょっと焦ったが、その場でくるりと後ろを向き、地面に手を付く。次の瞬間──。


「──!」


 うおお、とか、わああ、とか、そんな感じの叫びがこだました。

 すると、人影の地面のやや前方から無数の杭が生えた。襲い来る猿達へと、尖った先端を斜め上方に向けて瞬時に形成される槍衾。魔法か! しかも結構使い手だぞこれ!


 勢いが止まらない猿達は、たちまちに勝手に串刺しになっていく。とはいえ、数が数だ。それにさんざん分かっている事だが、同胞がどうなろうと一切怯まない。押し止められたのは、一瞬に過ぎなかった。気にした素振りもなく、串刺しになった仲間の身体を次々に乗り越え、足を止めた人影に迫る猿達。


 だが、そこが終点だ。


「伏せろ!」


 暗闇を切り裂くレグゼムの声。


 人影がこちらを振り向いた。ハッとした顔をしている事だけはかろうじて分る程の距離。銃撃なら、問題なく届くし狙える。射線が木々の間を抜ける位置取りも、各自済ませた。サーチライトの強い光が、それらをより鮮明にする。


 レグゼムが、ミディオレが、そして蜘蛛達の銃が一斉に火を吹き、猿達を薙ぎ倒した。慌てて倒れ込むようにして伏せた人影の頭上スレスレに、無数の火線が尾を引いて流れ、容赦なく死を撒き散らしていく。


 あたしはというと、ぶっちゃけ銃は得意じゃないので見ていただけだ。ダンガンコガネは威力がありすぎるので援護には不向きだし、そもそも木という邪魔な遮蔽物が多いこんな場所だと、加速するための直線空間が取れない。結構扱い所が難しいのだよ。


 かくてまた死体の山を作ったあたし達は、地面にへたり込んでいる人物の前へとなんとか到達することができた。その時点で、猿達が引いていく。これ以上数を減らしてまでこの人間を奪還する価値はない、という判断だろうか。そうでなくとも段々と引き際が良くなってきている気がするのが少々不気味な所だ。


 さて……。


「……で、お前は何者だ?」


 レグゼムがその人物に尋ねた。油断のない気配と視線。銃口こそ下に向けているが、いつでもお前を撃てるぞ、と言外に語っている。チラリとミディオレを見ると、彼女もまた、似たような感じだ。

 もしかしたら二人の所属する第六偵察小隊の仲間かも、とかあたしは勝手に期待していたんだけれど……違うみたいだね、これは。


 よほど走ったと見えて、その人物は荒く息を継ぎながら、半ば気の抜けた表情をしていた。汗に塗れた顔は細面で、男。見るからに昔ながらの魔術師です、と言わんばかりの、丈の長い暗色のフード付きローブで身を覆っている。そのローブも、あちこち破れてボロボロだ。こんな森の中でそんなもん着て一生懸命走ったらそうなるわな。年は金髪に白髪が混じっている所や、顔の皺具合からして、四十過ぎから五十の手前くらいと踏んだ。レグゼムより年上なのは間違いなさそうだ。


「聞こえてるか? おい」


 返事がなかったのでレグゼムが促すと、


「ああ……」


 やっと言葉を発して、目の焦点が結ばれ、あたし達へと順番に向けられた。

 すぐ近くのレグゼム、そのやや後ろのミディオレ。そこまではよかったが、さらに後ろのあたしと、ずらりと居並ぶ蜘蛛達を視界に捉えた時、男の表情が明らかに歪む。


「……異端者か」


 声色にも、苦い物が混じっていた。

 途端に、蜘蛛達の放つ気配の"圧"が増す。ダンガンコガネ達も一斉に羽を広げ、威嚇を始めた。


「ぐ……!」


 真正面から彼等の威圧の奔流を受け、とたんに怯えた表情に変わる男。いや……だったら最初からそんな態度取るなよ、と言いたい。

 あたしの虫達は、自らはもちろん、あたしへと向けられた敵意に対して非常に敏感だ。


「落ち着いて」


 声をかけ、なんとか宥める。

 あたしはというと、男の態度を受けても、あーこういう手合かー、なんて思っただけだ。


 一部の魔法使い達にとって、魔法では決してありえない、よくわからない能力を行使する魔女という存在は、非常に気に入らないものであるらしい。

 特に昔気質の、古き良き魔法技術に慣れ親しんできた魔法使い達に、そういった傾向の者が多いようだ。


 これには、歴史的な問題も少々あったりする。

 魔女の国ウィレミアは、四十年前の戦争を経て国として成立したのだが、それ以前はマグドレクという王国の一地方でしかなかった。


 マグドレクは魔導王国と呼ばれる程魔法技術に関して優れており、大陸の約半分を占める広大な領土を持つ強大な国だった。が……長年に渡る支配体制には当時既に綻びが生まれており、政治の腐敗と経済の低迷といったお馴染みの国家的問題にも有効な解決策を見いだせずにいた期間が、かなり長期に渡って続いてしまっていた。当然大衆、及びまともな為政者の不平不満は溜まりに溜まりまくり、ある時とうとうそれが臨界点を突破して一気に爆発、各地で国王とそれを取り巻く政治中枢に対する激しい抵抗運動が連鎖的に発生、国全体が内乱状態に陥るという事態に至ってしまった。これに国境線を挟んで対立していた、この大陸に古くからあるもうひとつの大国、ガルガイア帝国も介入してきたため、やがて戦乱の図式は大国同士のぶつかり合いへと変化、発展していく事になる。ちなみに騒乱の裏には、帝国の煽動、調略も多分にあったとされているが……定かではない。


 当時のマグドレクにも魔女達は当然いたわけだが、その時はまだ、自らを魔女とは名乗っていなかった。原理不明の能力を持った者を、マグドレクの多くの魔術師達は"異端者"と呼んで迫害、地域によっては強制的に一箇所に集められ、囚人の扱いと、能力の源泉を解明するためと称して、かなり酷い実験が繰り返されたりしていた。


 今のウィレミアも、かつて異端者を集める忌まわしい土地だったという過去を持つ。が、同時に、反撃の始まった魔女の始まりの地でもある。魔女達は内乱が始まると一斉に決起、全土の同志、協力者をウィレミアへと集め、自らを"魔女"と呼称して団結。自分達を虐げてきた全てに徹底的に抗い、最終的にウィレミアという国と、魔女という地位を勝ち取った。


 戦争の結果は、ガルガイア帝国の圧勝である。

 ガルガイア帝国は領土を増やし、マグドレクに反抗した各地はそれぞれに分離独立を果たした。これにより大陸には新たな国、新たな秩序がいくつも生まれる事になったのだ。

 以降、小さな争いはたびたび発生するものの、大陸は概ね平穏と言っていい四十年が過ぎている。


 一応言っておくと、マグドレクという国そのものはまだある。

 ただ、国土は全盛期の三分の一以下となり、戦後しばらくは各国への賠償もあって、経済的にも半死半生だったようだが。


 それでもなお、魔導王国の名は現在でも健在で、魔法技術における先進性は失われてはいない。

 そして、古い魔法使い達は、今でも魔女に対する偏見が抜けていないようだ。


 戦争で戦った際、恨み骨髄とばかりに能力全開でかなりボロクソにやっつけてやった……なんて話も、当時者である大先輩の魔女からよく聞かされている。古い魔法使い達には、その時以来の恨みや、畏れもあるのだろう。たぶん……古参の魔女側にも、同じような感情がある事は想像に難くない。


 一方で戦後生まれであるあたしなんかはどうかというと、かつてマグドレクの一部において、魔女は異端者と呼ばれて迫害され、実験動物のように扱われてもいた、という事を歴史として知っているだけだ。実感はない。


 個人的には、こんな面倒くさい問題は時間が解決するしかないよなー、なんて、どこか他人事のように思ってる……というのが、正直な所だ。

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