魔女は遭遇する 3-2
一塊となって飛行していた集団の一部がたちまち銃弾を受けて墜落し、ワンテンポ遅れて散開する動きを見せる。
必殺の火線も後を追うが……結構速い。と──ひとつの影が銃撃を掻い潜り、こっちに突っ込んできた。
「任せろ!」
急降下してきた先に回り込んだのはレグゼムだ。影は減速もせずに木々の間を抜け、そのレグゼムに正面から突っ込むコースに乗る。
「上等だこの野郎!」
小銃弾の連射を受けても軌道を変えない影を見て、レグゼムは肩越しに背中のショットガンを抜き放ち、片手でぶっ放した。小口径の銃とは比べものにならない轟音!
両者の距離は、一メートルと離れていなかったろう。大粒の散弾全てが正面から衝突し、開放されたエネルギーは、上空から降下してきた影の勢いを凌駕した。飛び散る血肉、そして大量の……羽。
吹き飛んで地面に転がった影の正体は、大型のフクロウだった。
──ガルムデルアカメオオフクロウ。確かそんな名称だったはずだ。名前の通り、これもガルムデル大樹海の固有種で、体長は成鳥で軽く一メートルを超える夜行性猛禽類である。最大の特徴は、目が夜の闇の中でも宝石のように赤く輝くという事。今も地面で痙攣する両の瞳が真っ赤に見開かれている。
レグゼムはまだ息がある事を見て取ると、迷わずその両目の間に小銃弾を撃ち込んで完全に黙らせた。
「お見事」
無数の羽が宙に舞う中、油断なく死体に目を落としている男の背中に声をかけるあたし。
「いや、それよりこいつも……」
「ああ、そうみたいだね」
フクロウの首にも、いい加減見慣れてきたあの水晶杭が突き立っていた。そうじゃないかな、とは思ったが、やっぱりだ。
自分の身の安全なんてまるで無視した攻撃を仕掛けてくるのも、猿と変わらない。
「……同じです。感情を読めませんでした」
ミディオレに振り返ると、彼女も頷いた。
そうこうしている間にも、新たに複数のフクロウが上空から突っ込んでくる。
「急降下特攻かよ! くそったれ!」
片手に小銃、片手にショットガンという破壊力抜群の姿で吠えるレグゼム。見るからに無敵の兵士って雰囲気だ。ミディオレと蜘蛛達も当然即座に応射する。頼もしいね、本当に。
そっちの対応はそのままに、あたしは木々の間から覗く夜空を見上げた。星空を背景に、まだまだ多くの黒い影が旋回している。飛び込むタイミングを測っているのか、何者かの命令を待っているのかはわからないが……このまま放って置く手はないだろう。なら、あたしはこっちを狙う。
正確に言うと、あたしじゃないんだけどね……。
腰のパウチに手をやり、爪の入った小瓶を抜いた。蓋を取り、中身を宙に放る。数は──五つ。
「来い」
命ずる声と共に、爪は溶けるようにして消えた。代わりに現れたのは、五体の虫達。
彼等は背中の羽根を広げると、羽音を響かせてその場に対空する。
体長は約十センチ、全体的なシルエットは縦に引き伸ばした水滴型。膨らんでいる方が頭側になる。
種としての名前は、ダンガンコガネ。鈍い鉄色をした甲殻で身体が覆われた甲虫類だ。
「空にいる奴らの相手をして」
あたしはフクロウ達に視線を向け、言った。
「行け!」
瞬時に彼等の姿が霞み、消える。甲高さが増した羽音が遠ざかっていった、としかあたしには認識できない。速すぎるのだ。
ダンガンコガネは羽だけでなく、風の魔法を駆使して空を駆ける。全速時には羽と足を綺麗に畳み、空気抵抗を極限まで減らして加速する。それでもって音速すら軽く凌駕してしまう彼等は、まさに生ける弾丸と呼ぶに相応しいだろう。
そんなものにひとたび狙われたら、一体どんな運命が待っているのか……。
いきなり、上空を旋回していた一羽のフクロウの身体が、ぱぁん、と弾けた。針で突いた風船みたいに。
そこから次々と謎の爆発四散は連鎖していく。フクロウが空から消えるのに、さして時間はかからなかった。
まあ……説明するまでもなく、ダンガンコガネ達の仕業なわけだが。
彼等のサイズは、対装甲用の機関砲や対空砲の弾丸とさして変わりない。硬さも徹甲弾以上だ。一般的な車両はもちろん、なんなら戦車だって装甲の薄い箇所を狙えば貫通できてしまう。あのコウモリ程度のサイズの生物だったら、そりゃ食らえばコナゴナになるのは当然の結果でしかない。当たらずとも側を通過しただけで、衝撃波で肉が裂けるだろう。大きな声じゃ言えないが、人間が相手でも似たような結果になる。
彼等ダンガンコガネは、今から一億年以上前に絶滅した甲虫だ。繁殖方法が実に特徴的でユニークなので、古代昆虫好きには、割とその名を知られている存在である。古代昆虫好き、なんて人種がそもそもどれだけいるのか、とか、それはこの際置いとくとして。
ダンガンコガネの雌は雄との交尾の後、当時地上を闊歩していた体長十メートルを大きく超える大型の爬虫類に全速で突撃して体内深くに潜り込み、そこで卵を産んで一生を終える。で、卵から孵った幼虫が、爬虫類の肉を食いながら成長して蛹になり、やがて成虫になって爬虫類の身体から出ていくのだ。多くの場合、餌となる爬虫類は雌が体内に突入した段階で死んでしまったらしい。そこから少しだけ生きていたと思われる例も少数見受けられるが、その場合でも、幼虫が身体を食い荒らし始めた時点で死んだようである。全てはあちこちで発掘されている化石の研究から判明している事だ。
夜空の狩りを終えたダンガンコガネ達が、羽音を響かせて戻ってきた。はっきり姿が見える程、ゆっくりと。
「お帰り。お疲れ様」
手を差し伸べると、先頭を飛ぶ個体がふわりと着地してくる。他よりもやや体が大きい彼女は、あたしが召喚するダンガンコガネ達のリーダーだ。続く四体は、あたしの両肩にそれぞれ一体、残りの二体が被っているヘルメットの上に降りてくる。全て雌である。ダンガンコガネは特に雌の方が空を飛ぶ能力に優れており、身体も雄より大きい。あたしが召喚できるのも、全て雌の個体だ。雄は召喚することができない。何故かはあたし自身知らない。
「……またえらいもんが出てきたな」
両肩に銃を担いだごついおっさんが近づいてきた。レグゼムだ。そう言うあんたこそやっぱり山賊の親分にしか見えないってば。手に乗ったダンガンコガネのリーダー個体が羽を広げて威嚇を始めるし。大丈夫だよ、これ味方だから。
「そっちも片付いた?」
「ああ、あらかたな。今ミディオレが確認してる」
フクロウの相手をしている間に、変化した事態がひとつ。
「猿達がいないね」
ぐるっと周りに目をやって、あたし。
こっちを取り囲んでいた猿の姿が綺麗に消えていた。かなり倒しはしたが、まだ結構残っていたはずだ。それが少なくとも見える範囲には一頭もいない。
「単なる撤退か、それともなんか別の手か……」
「判断材料、ないよねぇ……」
この場に留まって向こうの出方を待つのもいいが、それだと同じことの繰り返しでしかないわけで。
どう動くのか良いか、レグゼムとあーでもないこーでもないと話していると……。
「たたた大変です!!」
かなり慌てた様子のミディオレが駆け込んできた。
「誰か来ます!」
「誰かって……猿?」
「それともフクロウか? あるいは別の……」
「違うんです!」
あたしとレグゼムの言葉を遮ると、彼女は衝撃的な台詞をぶっ放してきたのである。
「人間です! しかも追われてます!!」




