魔女は遭遇する 3-1
偵察に放っていた蜘蛛の一体が戻ってきた。あたしをじっと見つめる無機質な複眼。それだけで、大体通じる。
「来たね」
「よーし、待ってたぜこん畜生共」
あたしとレグゼムが、暗闇の向こうに目を向けた。
「ほぼ全周囲から……ですね。数は……わかりません。多数です」
少しして、ミディオレもあたりを見回しながら、言った。彼女の感知範囲に入ったのだろう。ミディオレを見ている奴だけで多数というんだから、そりゃ多いに違いない。
ザワザワとした空気が四方八方から近づいている事だけは感じられる。音や声などはない、あくまで気配だ。
蜘蛛達があたし達を囲む形でゆるく円陣を組む。
「団体さんで一気に決めにきた、って所か」
「さて、決めるのはどっちかな」
「そいつをたっぷり教えてやろうぜ」
「教育しがいがあるよ、これ」
「……お二人共、余裕ありますよねぇ……」
レグゼムとミディオレが小銃を構えた。あたしは自然体でただ立つだけ。二人と違って、得意の武器は銃じゃない。
肌がヒリつくような感覚。緊張感のボルテージがどんどん高まっていく。頂点に差し掛かろうとしたまさにその時、
「そろそろ、だな……」
小さく、レグゼムが呟いた。次の瞬間──。
ドドドドドン!! と、爆発と閃光が周囲の至る所で炸裂した。
あたしが持ち込んだコンテナの中に詰まっていた手榴弾、地雷、爆薬等々を利用して敷設した、即席のブービートラップ群。そこに迫ってきた奴らが一斉に引っかかったのだ。
これもまた、さっき猿達の死体を片付けた際、同時にレグゼムに頼んでいた仕事のひとつである。結果は上々。開幕の合図としては最高だ!
「照明弾!」
爆音が鳴り止まない中、あたしも叫ぶ。
蜘蛛が背負ったコンテナ、その更に上に乗ったナメクジが、口径のでかい拳銃といった形状の信号弾発射銃を空に向け、撃った。
最初はあたしが撃とうと思っていたのだけれど、コンテナから信号銃を取り出したらナメクジがじいっと銃に目を向けてきたので、撃ってみたいの? なんて試しに聞いてみたら……嬉しそうに頷いた。だから任せた。器用に触手で銃を押さえて引き金を引く姿には、別に危なげな様子もなかった。蜘蛛達が銃を撃ちまくっている姿を見ていて、自分もやってみたくなった……とか、そんな所かもしれない。
打ち出された弾は木々の間を抜けて上空へと消えていき……僅かの間を置いて、白い光が降り注ぐ。多くが枝葉に遮られるので、せいぜい気休め程度の光量だ。が、それでも十分、周囲の様子は見て取れた。蜘蛛達のサーチライトも一斉に点灯。さらに詳しく状況を暴き出す。
爆発。吹き飛ぶ複数の猿達。あるものは血に塗れながらも五体満足で、当たり所の悪かった奴は身体のパーツが千切れ、中身をこぼしながら宙を舞い、転がる。あたし達のほぼ全周で、そんな光景が繰り広げられていた。爆炎も轟音も絶えず重なり、あたりの空気を激しくかき回し続ける。それでも勢いは鈍らず、続々と押し寄せる猿の群れ、群れ、群れ。
「撃ち方……始め!!」
止まらないなら、止めるまで。とことん付き合ってやろうじゃないか!
蜘蛛達の背中の軽機関銃が唸りを上げて掃射を始めた。罠にかかっていない奴、地面に転がってもまだ動いている奴、区別をせずに銃弾を打ち込み、確実に始末する。こいつらにはそれくらいしないと、とてもじゃないが安心できない。
「俺と蜘蛛達は仕掛けた全ての罠の種類と場所が頭に入ってる! いいか、俺か蜘蛛の射線に合わせろ! 他は撃たなくていい!」
「わかりました!」
レグゼムとミディオレも、小銃で猿達を狙い撃つ。狙いは正確で無駄がない。さすがは本職。
「上から来ます!」
「大丈夫だ」
猿の一群が木の幹や枝の間を飛び回りながら迫ってきた。ミディオレがいち早く察知して知らせたが、レグゼムはチラリと一瞥をくれただけで、他の猿に銃弾を見舞っている。
その理由は、すぐに判明した。
「止まった!?」
猛スピードで空中を跳んできた猿が数匹、いきなり急減速したかと思ったら激しく手足を動かしてもがき始めたのだ。よーく見ると全身に白いものが絡みついている。あれは……あたしの蜘蛛達の糸だ。
「木の上の方にも蜘蛛の糸を張り巡らせてある。ここまでまともに来れるルートは、地上も空中も大体塞いだ」
宙ぶらりんで暴れる猿など、ただの的だ。レグゼムが速やかに銃撃を浴びせ、沈黙させた。
「糸を張り、倒木や猿の死骸で壁をこしらえて……まあ、言っちまえばこの一帯は立体の迷路みたいになってるんだよ。しかも……」
また別のトラップが作動。爆発で猿の一団が根こそぎ消える。
「とてつもなく、意地の悪い迷路だ」
ニヤリと笑った軍曹殿の顔は、爆発の炎の照り返しを受けて、実に迫力に満ちていた。
「……よくもまあ、あの短時間でここまで仕掛けたもんだよね」
「軍曹はよく、敵の嫌がる事に全力を尽くすのが軍人の仕事だって言ってます」
「じゃあレグゼムは軍人の鑑だね。このトラップの構築具合はおっそろしく陰険で悪意がてんこ盛りだもの」
「はい……完全に同意です」
「お前ら酷いな!!」
あたしとミディオレの心からの称賛が、何故かお気に召さなかったようだ。
そのまま鉄壁の布陣で掃討を続けることしばし……ふと、猿達の動きが変わった。
「撤退……いや、待機かな」
がむしゃらな前進ばかりを繰り返していた彼等だったが、今度は波が引くように後退していき、ある程度の距離を取って足を止める。
「確信したぜ。命令を出している奴がいやがるのは間違いない。動きが組織的過ぎる」
レグゼムがそう判断する。
「命令……号令みたいな声は聞こえませんでしたが、一体どうやってあれだけの数に一斉に伝えているんでしょう……」
ミディオレの疑問はもっともだ。そのあたりにも、何かカラクリがあるんだろう。
しかし、考えている暇もない。
「あ……上! 上空から接近してくる何かがいます!」
弾かれたように顔を上向かせるミディオレ。彼女の視線感知が新たな敵の接近を認めたようだ。
「数はわかる?」
「おそらく……三十から五十の間かと」
試しに聞いてみると、目を細めた彼女が応えた。
「了解」
頷くあたし。ミディオレ、気づいてないのかな? 自分で対象が三十以上になるとぼやけて判断がつかなくなるって言ってたじゃん。大まかにでも、今その殻を破りつつあるみたいだよ。やったね。
「くそ……さすがに何もない空の上には罠なんて仕掛けてねえぞ」
苦い顔で吐き捨てるレグゼム。そりゃそうだ。そもそも空からの襲撃は想定外だし仕方ない。
「照明弾! ここで使い切ってもいいから連続で撃って! 少しでも明るさが欲しい!」
あたしはナメクジに言った。最初に撃って以降、効果が切れる前に新たな照明弾を撃つようにとは伝えていたのだが、ここはもうガンガン行くべきである。遠慮はナシ!
素直なナメクジはあたしの言葉に従い、照明弾を次々に放った。。
樹海に降りる淡い光が、段階的に増していく。
それに伴い、枝葉の間から覗く夜空に、複数の黒い影が視認できた。蜘蛛達のサーチライトも光の矢となってそれらを捕捉する。
「これなら狙える?」
「十分だ!」
「はい!」
揃って銃口を上空に向ける優秀な兵士が二人。あたしの蜘蛛達も、当然続く。
「撃ち落とせ!!」
レグゼムの号令を受けて、濃密な対空射撃が開始された。




