魔女は森の中へ 2-7
「なんだ魔女殿。うちのミディオレを虐めてんのか?」
ふざけた台詞と共に、ごっついおっさんが近づいてきた。レグゼムだ。肩にショベルを担いでいる。蜘蛛達が射殺しまくった猿達の死体を、ある程度まとめ、埋めたり糸で巻いて積み上げて放置したりと、そういった処理、及びその他もろもろを蜘蛛達と共にやってくれるよう頼んでいたのだが、一段落したのだろう。彼の背後には、コンテナを背負った蜘蛛が一体、付いてきている。
場所をまとめたのは、死体を取り返しに来る場合を考えてのこともある。実際に相手がそんな行動を取るかは不明だが、可能性はゼロじゃない。
今は全方位に渡って蜘蛛達を配置している。少しずつ森の奥にも偵察を進めているから、そのうち何か引っかかるだろう。
「人聞き悪いな。レグゼムならともかく、ミディオレを虐めたりするもんか」
「ひでぇな。それで俺はコキ使われるって寸法かよ」
「せいぜい働いてもらうからね、軍曹」
「おお怖」
ニヤリと笑うあたしに、レグゼムが肩をすくめる。
あたし達のやり取りに、ミディオレも僅かばかり、笑みを浮かべた。
まったく、空気を変えるのが上手いおっさんである。年の功ってやつか。
しかし、緩んでばかりもいられない。
三人揃ったし、丁度良いと判断したあたしは、先程浮かんだ考えを早速披露した。
例の水晶杭は、未発見のものである可能性が高い事。猿達の異常行動との関連性が見いだせる事。発生源が不明な事。明らかに生物ではないのに、どうやってか大量の猿の首に達している事。
それらの事から、何者かが猿に水晶杭を打ち込んでいる可能性がある──という事。
「……つまりアレか、猿の首にこいつを刺しまくってる犯人がいるって事か」
「人かどうかは知らないけどね。動物とか植物とかかもしれない」
「もしそうだとして……目的は何なんでしょう? 寄生虫のように繁殖のため、とはとても思えないですし……」
二人共、特に大きな疑いもなく受け入れてくれたようだ。まあ、水晶杭を広めている"何か"がいるというのは、ここまでの流れからして、誰もが辿り着く推測だったとも言える。彼等の場合、いきなり戦闘となって森の中を命がけで動いていたから、今まで考える余裕すらなかった。その状況が、ようやく変わったのだ。あたしもいる。ここからは、相手の好きにはさせない。
「大本を探して叩くのが、魔女殿の仕事だな?」
「まずは原因の調査、だね。でもなんとかなるようなら、なんとかするよ」
「……相手の正確な数も把握できてませんから、戦うと決めた際は救援を待つか、あるいは状況を知らせて呼ぶのも手ではないでしょうか?」
うん、慎重に行くなら、ミディオレの意見に賛成だ。
しかし……。
「ここら一帯、エーテルが結構濃いんだよ」
あたしは腰に下げた小型のエーテル計測器を手に取り、ミディオレに差し出した。
「あ、これでは……」
彼女の表情が曇る。メーターの数値は平常値のおよそ倍を超えている。この環境下では、長時間の行動はお勧めできないとされる濃度だ。人体への影響はその程度だが、電波はもっとデリケートだったりする。
「さっき試したんだが、通信は無理だな。しかも結構広い範囲で」
レグゼムが背後の蜘蛛に乗ったコンテナを叩きながら、言った。通信機もその中に入ってる。猿の処理と共に頼んだ事のうちのひとつが外への通信を試すことだったのだ。結果はバツである。しかもかなり広範囲ときた。
「だからここに誘い込まれたのかな」
「そう思うか?」
「まーね」
「そんな。でも……それって……」
あたしとレグゼムの会話に、ミディオレの顔色が変わった。
もしかしたら、最初からレグゼム達はエーテルの濃い場所へと誘導されたのかもしれない。通信機が使えず、外部に助けを求める手段がない地点へと。確実に追い詰め、仕留めるために。
もしかしたらその二が、あたしだ。
あたしの場合は、落ちていた拳銃を発見し、さらに進んだ所で銃声を聞きつけ、二人の所に駆けつけた。
それすらも、相手の策略だったとしたらどうだろう?
あの場所に置いた拳銃をあたしに発見させ、そっちへと進む方向を定めさせる。そしてミディオレに傷を負わせ、動けないようにした上で適当に攻撃して、反撃の銃声があたしの耳に届くようにする。そうすれば、三人のカモを救援の呼べない死地に集めることができるというわけだ。
後は周りを大群で囲んでしまえば料理完了。いただきます。ごちそうさまでした。で、終了。
ところがどっこい。実際はそうならず、あたしの蜘蛛達が火力&暴力で圧倒して跳ね除けたんだけどね。ミディオレの傷だって治してやったもんね。ふふん、ざまみさらせ。
「この敵さんは、随分と狡賢い奴なのかもしれないな」
「でも今頃慌ててたりして」
「その慌てた顔が是非見てみたいもんだ」
「丁重に挨拶しないとね」
「ああ、挨拶は大事だ」
不敵な面構えで笑うレグゼム。自分じゃわからないが、あたしの表情もきっと似たようなものだったろう。
「相手がこちらを脅威と受け取って、森の更に奥地へと撤退していく恐れはないでしょうか?」
「んー、どうだろうね。レグゼムはそのあたり、どう予想する?」
ミディオレの疑問を、そのままレグゼムにぶつけてみる。
彼の答えは簡単だった。
「それはないんじゃないか?」
迷わず、即答だ。
「こんな底意地の悪い手を使ってくる野郎の事だ。さぞや計算高くて自分のやり方に自信があるんだろうさ」
「だから?」
「上手く行かないなんて、最初から頭にない。逃げようと思うのは、大抵もう手遅れになった後だ」
「……随分と、はっきり言うんですね」
「まあ、半分は俺の希望だな。今更旗色が怪しくなったからずらかるなんて、許さねえよ」
一転して、レグゼムは硬い表情を見せた。仲間が大勢犠牲になったんだ。思う所も多いだろう。
あたしも、逃げずに向かってきて欲しいのは同じだ。でないと準備が無駄になってしまうし、何より……あたし自身もすっかりやる気になっているからね。
──あたし達の物騒な願いは、ほどなく叶う事となった。




