魔女は森の中へ 2-6
「これ、先端が完全に首の骨と一体化しているよな」
「だね。でも首の骨っていうか……中の脊髄にまで達してるんじゃないかな」
「それでよく障害が……って、だからこいつらおかしいのか」
「断定はできないけど、理由のひとつとしては筋が通ると思う」
猿の首を大きく切り開いたあたしとレグゼムが、互いに血まみれの刃物を手に意見を交わす。
あーでもないこーでもないと首を切っている作業中、あたしもナイフを取り出して参加したのだ。医者でもなんでもないあたしらが哺乳類の首を捌こうっていうんだから、手探り状態だったのは仕方がない。これがあたしとレグゼムの初めての共同作業……ってよせやい。
猿はとっくに死んでいる。首の骨が見えたあたりで、前のと同じように大量の血を吹き出して動かなくなった。水晶杭にはなるべく傷つけないように気をつけたつもりだが、もしかしたら何か別のトリガーがあったのかもしれない。そこらへんは不明だ。まあ、首切られて普通に死んだだけかもしれないけれど。
判明したのは、今話していた通り、この水晶杭は首の骨にまで達し、一体化するように癒着してしまっている事。おそらくは脊髄にまで食い込んでおり、猿達をおかしくさせている原因と推測できる事。そんな所か。
あと、死んでからしばらくすると、淡いピンク色をした水晶から色が抜け、くすんだ白色に変化する事も発見した。発見しただけで、その現象が一体どんな意味をもつのかはさっぱりなのだけれど。
あたし達はそもそもその道の専門家じゃないから、水晶杭がどんな理屈で猿達に影響を及ぼしているかなんてわからない。だからこれ以上そっち方面を考えても新たな進展は望めないだろう。
だったら何をすべきか?
実はもう決めてある。というより、それしかない。
──原因探しだ。
このガルムデル大樹海の固有種であるカミツキザルの首には、当たり前だがもともとあんな水晶なんて生えてなかった。
なかったものがある日突然出てきた。それもこれほど大量に、一気に、だ。パッと思いつくのは、新種とか突然変異とか自然発生の病気とか、そのあたり。可能性としてはありえなくはない。ガルムデル大樹海の生態系はそもそもが非常識で、知られていないものの方が多いくらいなのだから。
けど……今挙げた要因は、どれもあたしの中で今ひとつ納得しきれてはいなかった。
この水晶杭は、異質だ。
例えばある種の寄生生物は、宿主の行動に影響を及ぼす事がある。線虫の一種は繁殖のため宿主を水辺に移動させるし、目立つ場所へと宿主を誘導して大型動物に捕食させ、その腹の中で成長する寄生虫もいる。水晶杭にも、似たような能力があるのかもしれない。が、忘れちゃいけないのは、この水晶杭はどう見ても生物じゃないって事だ。ピクリとも動かないし、質感も壊れ方も鉱物そのものだった。
なら、どうやってこの水晶の杭は、カミツキザルの首へと至ったのか?
これだけ大量の個体の首にある水晶杭は、元々どこから来たのか? 発生源はどこか? どうやって増えているのか?
あるいは……何者かが意図的に増やしているんじゃないのか?
……あたしは、切り裂いた猿の首をじっと観察しながら、やがてそんな考えに至っていた。
無論、正解かどうかなんて、わからない。
今は、まだ……。
「……大丈夫?」
猿の首を存分に切り刻んである程度納得したあたしは、焚火の側に座り込んでいたミディオレに声をかけた。
あたしとレグゼムがテキパキと猿の首に刃物を突き立てている様子を最初は一緒に見ていた彼女だったが、ほどなくして顔色が急速に悪くなり、手で口元を押さえつつ、静かにフェードアウト。あとは少し離れてここにいたようだ。
「す、すみません」
「いいよ。気にしないで。誰にだって得意不得意はあるし」
「はあ……」
「ああいうのはできる奴がやればいいんだよ。できなくたって、それでその人の価値が下がるような事でもないしね」
「そうなんでしょうか?」
「そうだよ。それに考えてみ? 医者とか研究者でもないのに、平気な顔して猿をナイフで切りまくる奴なんてどう思われる? 下手すると単なるヤバい人だよ?」
「いえあの……も、もちろん私はそうは思いませんけれど……」
多少自虐的に、冗談めかして言ってみたが……ミディオレの顔色は、まだまだ優れない。
気分の問題とか、それだけじゃないんだろう。自分になかなか自信が持てなくて、自己嫌悪に陥りやすいタイプ、なのかな。どうもそういった印象を受ける。このお姉さんからは。
それならばと、あたしは話の攻め口を変えることにした。
「ミディオレだって、あたし達にできないことできるじゃない」
「私に……ですか?」
「そ。ほら、視線を感じる能力」
「ああ……でも、本当に……それだけなんです」
語尾が小さくなり、またうつむいてしまう。
「それだけって……結構使える能力だと思うんだけどな。把握できるのは視線の数や方向、距離、籠もっている感情と……そんな感じだっけ? 他には?」
「ええと、人間かそうじゃないか、くらいはわかります」
「数は最大どれくらい認識できる? 能力の射程、効果範囲はどのくらい? 個別に細かく情報が判断できる最大数は?」
興味が湧いたので、矢継ぎ早に思いついたまま聞いてみた。
「か、数は……最大三十くらいはなんとか。それ以上になると、こう……ふわっとしたイメージになって、ぼやけてしまうんです。そうなるともう、大まかにたくさん、としか……距離は、大体二百メートル前後で私を中心とした全方位になります。方向や感情を個別に判断できるのは、五人か……調子のいいときで六人ですね。それ以上は、数と距離と方向だけしか……」
「……なるほど」
ふぅむ、思った以上に面白い能力だ。最大三十人しか、と彼女は言うが、三十人に同時に視線を向けられる機会なんて限られてる。何より、身を潜めてこっちを伺っている奴をその視線だけで発見できるというなら、これはかなり有用な危機察知能力だ。感知できるのが五人でも十分だろう。彼女なら視線に込められた感情から、それが危険な相手かどうかも判断できるのだから。
「凄いじゃない! それでなんで一般魔女の軍人なんてやってるの? 国家認定魔女狙えるかもよ? 推薦しよっか?」
「え? あの、え? ええっ?」
多少興奮気味に詰め寄ったら、彼女が目を丸くした。
我が国で"魔女"と名乗れるのは国の認定を受けた者だけだ。定期的に行われている魔女としての能力認定試験において、一定以上の能力を示せた者が"魔女"として認められ、希望すれば国運営の魔女養成学校に入って、さらに能力を鍛え上げる事ができる。聞けば、ミディオレもやはり養成学校の卒業生だそうだ。
魔女養成学校を卒業してもしなくても、能力試験である程度の結果を出した者は皆、一応魔女の資格持ちとして認められる。ただ、これはあくまで"魔女としての能力を我が国の基準において公的に確認した者"という意味でしかない。そういった魔女は我が国では"一般魔女"もしくは"無色の魔女"と呼ばれている。
より上位の基準として、あたしなんかも含まれる"国家認定魔女"がある。これは"魔女国ウィレミアの名においてその魔女個人の立場と能力を保証する"と、国家のお墨付きをもらった魔女達の事だ。
国家認定魔女になるには、まず能力試験や魔女養成学校で高位の魔女の資質があると判断、もしくは推薦される必要がある。該当者は審査の上、高等魔女養成機関、通称"魔女の穴蔵"に放り込ま──スカウトされ、頭に超が七つか八つは付くくらいドギツイ訓練を連日連夜数年に渡って叩き込まれる。そう、文字通り叩き込まれるのだ、心身共に。正直三回くらい、真面目にこれは死ぬ、と思った。それ程のものだ。この世の地獄を存分に味わいつつ訓練期間をくぐり抜けたごく少数の者達は、最後に我が国を代表する重鎮魔女のお歴々方から手厚い面接という名の最終試験を受けるハメになる。この時も二回くらい死ぬと思った。で、よーし、すっかり普通じゃなくなったなコイツ、という承認を受けると、晴れて"国家認定魔女"の称号を得るのである。はっきり言うけど、至るまでの過程はかなりエグい。特に最終試験はもっかいやれと言われても断固拒否したい。拒否権ないけど。
「そ、そそそんな! 私程度の能力で国家認定魔女なんて!」
声を一オクターブ高くして、首をぶんぶん振るミディオレ。
「その国家認定魔女の端くれが認めてるんだから、そう卑下したものじゃないよ。無論、お世辞でもない。能力に関しては、お世辞なんて言わないしね、あたし」
「でも……私が……」
あたしの台詞にも、納得がいかない様子。きっと、自分の能力がもっと凄ければ、仲間はもっと助かったかも、とか思っているのだろう。あたしの魔女としての力を見たから、尚更に。
話を聞く限り、第六偵察小隊の状況はどうしようもなかった。誰も責められない。レグゼムだって別にミディオレを責めたりしてないし、あたしもそんな気はない。
ミディオレの性格からして、避けられない事態だったって言っても、本人が納得しないんだろうな。
こればっかりは、彼女自信が割り切るしかない。
「ま、その気になったら言ってね」
あたしはそう付け足すだけにとどめた。
魔女の能力ってやつは、後から訓練で伸ばすこともできる。命の危機を感じるほどの極限状態において全力で能力を行使すると、大きく伸びることがある、とも言われている。実際あたしも、養成機関で毎日ボロボロになっていた頃、新たに三種類程召喚できる対象が増えたりした。
もしかしたらミディオレも、今回の状況下で能力が強化されるかもしれない。可能性は十分にあるだろう。それが彼女にとって良いことなのかどうか……これもまた、本人次第だ。




