魔女は森の中へ 2-5
焚火の明かりが、あたし達三人を闇の中に浮かび上がらせている。
先程までの喧騒はどこへやら、薪の爆ぜる音しか聞こえない。
「前にも言ったけど、あたしはここで起きている事の調査に来た。その中で、異常の一端と思われる獣と、それに襲われているあなた達に遭遇した。調査はまだ始めたばかりで、確かにおかしな事態が発生しているのはわかった。けど、原因とかはさっぱり。だから当然まだ続けなきゃいけない。とはいえ、別に期限を定められているわけでもないから、何よりも優先して、というわけじゃない。あなた達が希望するなら、このまま一端森の外まで一緒に出て、軍の捜索隊が来るのを待ってもいい。どうする?」
あたしは、二人に尋ねる。
レグゼムとミディオレは少しの間目線を交わしていたが、すぐにあたしに向き直ると、
「質問」
レグゼムの方が、口を開いた。
「どうぞ」
あたしをまっすぐに見るその表情から、おおよそ何を言い出すのかは想像がついたが、続きを促す。
「我々がそのまま、魔女殿の調査に同行しても問題はないのでありましょうか?」
「ふむ……」
やっぱりそう来たか。
「ご自分の任務を優先して頂いて構いませんし、こ、今度また足手まといになるようでしたら放置してもらっても良いです。もちろん命令にも全て従います! ですので、どうか……」
ミディオレまで、そんな事を言い出した。だからさ、すがるのを必死に堪えてる風な、そういう顔はやめて欲しい。おっさんのレグゼムはともかく、ミディオレみたいな雰囲気のお姉さんにそれやられて断ったら、あたしが完全に悪人だ。ちょっとした心理攻撃だぞこれ。
内心でため息をつきながら、顔には一切出さずに、あたしは返答した。
「安全はまったく保証できない。それでも良いと言うのなら、両名の同行と、残る生存者の捜索、及び救助活動を認める」
正直に言えば、あたし単独で動いた方がずっとやりやすい。任務を第一に考えるのなら、本来そうするべきだ。
しかし、
「ありがとうございます!」
揃って直立不動で綺麗な敬礼を返してくる二人の姿を見ると、まあこれで良かったんじゃないかと思ってしまう。
「わかっていると思うけれど、形式的にはこの中で最上位の上官はあたしになるから、あたしの指揮下に入ってもらうことになる。そのあたしが判断したら、全てを放り投げて撤退する事もあるから、その時は絶対に従うように」
一応、釘を刺すことも忘れない。両名とも素直に頷いてはくれたが、いざという時は有無を言わせず、それこそ蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにして引きずってでもトンズラするつもりだ。せっかく助けたのに死なせるつもりは毛頭ない。寝覚めが悪すぎる。
「あとは武器弾薬の補充だね。おーいちょっと来てー」
闇の中に声をかけ、コンテナを背負った蜘蛛の一体を呼び寄せた。木の陰からぬっと巨体が姿を見せると、ミディオレが悲鳴を上げかけて慌てて口を押さえる。早く慣れてくれ。
「使えるものは使っていいから、好きにして」
コンテナを開け放つと、目の色を変える男が約一名。
「おおっ! こいつは凄いな! これだけあれば今度は潰せる!」
嬉々として中の武器をあれこれいじくり出すのは、言うまでもなくレグゼムである。ただの危ないおっさんにしか見えない。ミディオレの方はというと、黙々と真剣な表情で小銃のマガジンに銃弾を込めている。やる気のあるのはいい事だ。ただ、あんまり思いつめないようにして欲しいかな。
口には出さず、あたしは二人の装備が整うのをしばし眺めていた。
それ程の時間はかからず、レグゼムとミディオレはそれぞれが満足する武装を済ませた。
ミディオレは腰や胸に小銃の予備マガジンや手榴弾、あとは脇の下に拳銃のホルスターを新たに追加して、軍用拳銃をそこに突っ込むだけに留まったのだが……
「……軍曹、重くありません?」
「いや、これくらいならまったく問題ない」
若干引き気味のミディオレにも、レグゼムはどこ吹く風だ。
胸や腰に予備の小銃弾倉と手榴弾まではミディオレと同様だが、奴はそれに加えて背負った背嚢に普通サイズのショットガンと大型の山刀を雑に突っ込んでいる。両脇にぶら下げたホルスターにはどちらも拳銃が収まっており、ショットガンの弾を詰めたガンベルトを両肩にたすき掛け、手持ちの自動小銃には銃身下部に後付のグレネードランチャーが追加されている。
頭のイカれた山賊か、長年の因縁の相手に今から殴り込みをかけるマフィアか……敵はもちろん、味方にもしたくないような、そんな見た目に成り果てた男に、あたしはなんて言葉をかけるべきだろう。本人が堂々としているのが、唯一の救いか。救われてる気がしないけど。
……まあいいや。
「二人共こっちに来て、これを見て」
考えるのを放棄して、両名を呼ぶ。なにより、まずはコイツだ。
「これは……」
「捕まえたのか」
「まあね」
あたしの足元に、糸で巻き取られたカミツキザルが二頭転がっていた。どちらも足首から肩までと、後は口のあたりを何重にも徹底して巻いてある。こうまでされると、まともに身動きすらできないだろう。それでも激しく身体をくねらせている様は、まるでできそこないの芋虫だ。
こいつらの首には、どちらも例の半透明な物体がある。これを初めて確認してすぐ、あたしは蜘蛛達に何頭か捕まえるように指示を出した。成果がこれだ。
「普通に糸で拘束しようとすると、巻かれた糸を周りの肉ごと噛みちぎろうとするんだ。それで何頭かは自滅したよ」
「そんな……」
「だからこんなにしっかり巻き取って動きを封じてる、か」
レグゼムの台詞に頷きつつ、あたしは猿の側にしゃがみ込んだ。
焚火の明かりと、タクティカルライトの明かりも追加して、しっかりと観察してみる。
やはり、荒く削り出した淡いピンクの水晶の杭、といった風にしか見えない。なんでこんなものが刺さっているのか、あるいは生えているのか……。
「猿達の行動や精神状態が普通じゃないのは、それが原因でしょうか……?」
ミディオレの疑問に対して、答えは出せない。だから……。
「試してみよう」
ライトを消し、立ち上がるあたし。
「どうするんだ?」
「まずはこれを壊してみる」
「わかった」
レグゼムがホルスターから拳銃を抜く。
「そんなに硬そうでもないから、こいつでも十分だろう」
「じゃあ任せる」
「おう」
躊躇なく猿の胸のあたりを踏みつけると、無造作に拳銃を向け、撃った。
乾いた音が響き、あっけなく水晶状の異物は中程から砕け散る。見事なものだ。至近距離とはいえ、あたしだったらあんな小さな的に当てられる気がしない。
それはさておき……どうなる?
異変は、すぐに起こった。
首の杭を折られた猿が痙攣を始めたかと思ったら、目や、縛られた口のあたりから、大量の血を噴出させたのだ。下半身からも夥しい量が流れている。それは多分尻からだろう。あまりの勢いに、両方の目玉が半分以上飛び出してしまっている。
「ひっ」
「ほお、こうやっても殺せるのか」
「的が小さいから、狙ってやるのは難しそうだけどね」
悲鳴を上げたミディオレが普通だ。むしろ冷静に見ているあたしとレグゼムがおかしい。
猿は当然、すぐに動かなくなった。言うまでもなく、死んだ。
「じゃあ次ね。これが刺さっている部分がどうなっているのか見てみたい」
「ふむ、そうだな。なら、こいつの出番か」
背中の背嚢から、肩越しに山刀を抜き放つレグゼム。打てば響くって感じだ。話が早い。
炎の明かりで照り返す刃を手にしたレグゼムとあたしは、もう一頭の猿へと向き直るのだった。




