ヤドカリ少女 1
ちょっと予定していた順番を変えます。
先にヤドカリさんの方の話を挟みますね。
読者置いてけぼりな展開になっている気がするので。
◆ ■ ◆ ■
人間は残念な生き物だと思う。
何故かって?それはね、私が残念な生き物だから。
人間が素晴らしい生き物だと言うのであれば私はきっと人間じゃない。
友達も居ないし、運動神経も無いし、頭も良く無ければ愛想も無い。
ついでに言うと器量も無いし、華の女子高生だと言うのに着飾りもしない。
嫌われたく無くて人の言葉に相槌を打つ、自分の本当の言葉なんて発しない。
「根暗だ」って、陰口叩かれている事くらい知っている。それでも反論の余地すら無い。そう思ってしまう時点で私は本当に根暗なんだろう。
そんな私でも、ううん、そんな私だからこそはまってしまった物がある。
それはインターネット。ネットの中では皆が公平で、相手の顔を見なくて良いし、自分の顔を見せなくても良い。
ソーシャルゲームもチャット機能があるものを積極的に選んで遊ぶ。相手は画面の向こう側に居るから割りと素直に喋る事が出来て楽しい。
動画投稿サイト等も好んで見ていた。テレビ番組みたいな作り物感が無いリアルさが好きだ。チャットでの話題にも出来る。
この日もいつもの様に動画投稿サイトを覗いていた。毎晩毎晩眠くなるまで動画を漁る。投稿者は毎日更新している人も多い為視聴者としては有難い。
でも、この日は非常に残念な物を見る事になってしまった。それは本当に偶然の出来事で、新着動画の中の1つにたまたま目がいっただけの話だった。
きっと投稿者本人は面白いと思ったのだろう。
その証拠に、投稿者は笑っていた。顔はカメラに映して無いけど、笑い声が入っていた。
フードコートで購入した食べ物を持って移動した先はテーブルでは無くゴミ箱の前、一口も食べないまま、その全てをゴミ箱に放り込んで、笑っていた。
案の定コメント欄は荒れに荒れまくり、少ししてから動画は消されていた。
私としてはコメント欄の偽善的文章も気持ち悪く感じてしまう。この人が捨てなくても、毎日たくさんの食べ物が棄てられている事は知っているし、お金を出して食べ物を買ったのはこの人なのだ、損をしているのは投稿者だけだと思う。
もちろん誉められた行為では無いし、道徳的にダメだと思うけど、それ以上の感情は無い。「馬鹿な事してるな」、私の意見としてはそれだけだ。
だが、この動画はそれだけでは終わらない。
「あ、この投稿者、同じ学校の男子だ」
顔は映って無いのだが、着ていた服は同じ学校の制服だった。
やだな……せめて私服でやってほしかった。学校の生徒全体が変な目で見られるし、騒ぎになるかもしれない。巻き込まれるのはごめんこうむりたい。
されども私の希望は通らない。通らないとはいえあまりにも予想外。いや、いったい誰に予想が出来ようか。騒ぎにはなった、なりはしたが突飛にも程がある。
それは午後の授業が始まって少し経った後だった。
教室が突然不自然な光に包まれた。何故不自然だと言い切れるのか?光は窓の外から差し込み、光を放っているのが巨大な猫なのだから不自然と言う他無い。
丸々と太り、人間の三倍はあろうかという巨大な猫が空中に鎮座し、目から光を放ち教室の中を覗いている。
現実離れし過ぎた光景に対し、驚く事すら出来ずに思考が停止する。
「食の探求者たる民よ、我は食の魔王なりー。ふにゃっふふふ」
喋った!?見た目通りの気の抜けた声が教室へと響き渡る。
「勇者に封印されたふりをして食文化の発達した世界を物見遊山しておったところにこの国を見つけてのぉ。色んな文化を取り込んで食を発展させてる上に徹底した品質管理、いやいや実に素晴らしい。食の魔王として二重丸あげちゃおう。ふにゃっははぁ!」
上機嫌に笑う巨大な猫の間抜けな顔が少しイラッとする。教室に居た皆も同じ気持ちだったのだろう。混乱していた教室内が少しだけ落ち着きを取り戻した。
しかしそれも束の間の事、猫の化け物は急に険しい顔つきになり指を振る。
「しかぁし!この部屋の中に一人、買ったばかりの食べ物を捨ててインターネットとかいう物に投稿して面白がってた者がおるな?ちと我の理解の及ばぬ行動でのぅ、料理という物は命と命を掛け合わせて作った物であるはずだの?そこに使われた命を手に入れておいて何故自分に取り込まぬ?」
あの動画の事だ、投稿者はこのクラスに居たんだ。
まさかこんな斜め上な展開で巻き込まれるなんてやはり想定外にも程がある。
と言うか、魔王って何?勇者って?そんなゲームみたいな話を突然されても信じられない。信じられないが目の前にいる猫は明らかにファンタジー世界のソレだった。
「ふむ?答えぬか?ではこうしようか。お主らを小さき生き物に転生させ命というモノを教えてやろう。我の居た世界にご招待してやるかの。ふにゃっふふふ」
小さい生き物?小人か何かにされてしまうのだろうか。クラスの皆がざわめきだす。
と、いうのに何故か一人爆睡している男子が居た。え?何なの?神経ず太過ぎない?小心者の私からしたら羨ましい限りだ。寝てしまえたらどんなに楽だろう。
「アリ、トカゲ、カニ、エビ、コオロギ、バッタ、誰を何にしようかのぅ。そうそう、向こうの世界の言葉は分かるようにしておいてやろうかの、我は優しいからの」
は?待って?小さい生き物ってそういう事!?そんな馬鹿げた話有る訳無い。そんなこと出来るはずが……いや、巨大な猫が宙に浮いて喋ってるんだ。出来るかもしれない。
それでも悪いのは一人のはずだ。私達が巻き込まれるのはおかしい。
どうやらそう思っていたのは私だけでは無いらしい。一人の生徒が声を荒げた。
「いや待てよ!悪いのは一人だろ!?犯人だけ連れて行けよ!」
「にゃっふふふー。我には関係無いからのぅ、むしろ好都合だったりもするからのぅ。しかぁし!一理…有る。ではこうしよう。お主らで犯人を特定し…食い殺せ」
ざわついていたクラスが静まりかえり、皆がお互いの顔を見合わせてお互いに首を横に振る。そりゃそうだ。食い殺されるなんて御免だし、食いたくも無い。
それにこの猫の言動はおかしい。犯人を特定しておきながら全員巻き込もうとしている?その上で殺し合えと?
そして猫はさらに言葉を続けて行く。
「命の意味を知れれば別に人のままでも良くはあったんだがのー?犯人が見つからないなら仕方あるまいてー。ちなみにこの条件は転生後も有効としよう。犯人が食い殺された時点で全員この世界に帰還出来るようにしてやろう」
猫がそういうと教室の床に魔方陣が出現した。これはいよいよヤバいかもしれない。教室から逃げようとする者もいたがドアも窓も開かない。
なんとか、なんとか……自分の命だけでもなんとかならないだろうか。そうだよ、私は何も悪く無いんだから、私の命だけでも。
……そうだ、私は…動画を見たじゃないか。犯人は、男子だ。少なくとも女子である私は犯人候補から除外される。
「あの…私その動画見ました…。犯人は…だん…」
犯人は男子です。そう言いかけた瞬間、私の小さな声は大声によって掻き消されてしまった。私はその声のする方を見て怯える事しか出来なくなる。突然の怒鳴り声、それが私に向けられたものであるなら尚更だ。
「犯人はあの女子だ!俺はその動画見たぞ!顔も映ってた!間違いない!てめぇ、俺が黙っててやってたのに何言おうとしたんだおい!」
私を指差して罵倒する一人の男子、普段は明るくクラスのムードメーカーみたいな人だったのに、凄い剣幕で睨んでくるものだから日陰者の私は次の言葉が出て来ない。
その男子は友達も多く、周りのクラスメート達もその男子の言葉を信じてしまい、やっとの思いで出した言葉も全て掻き消されていく。
「違う、違うの、私じゃないの」
「あの根暗女のせいか!ふざけやがって!」
「もー!信じられない!最悪!」
「さっさと死ねクソ女!」
「……ちがう……ち…が……わた…わたしじゃ…」
クラスの皆が敵になり、皆がジリジリと近付いてくる。
やだ…やだ…殺される…私じゃ…無いのに。
幸か…不幸か…クラスメート達に捕まる前に魔方陣が光輝き、異世界への転生が始まった。転生してしまえば私が誰だか分からない。
それでも私の悲劇は続くのだろう。私を探す為の人狼ゲームが始まるのだ。
私を殺したところで…帰れはしないのに。
爆睡してる男子生徒が主人公のサワガニです(笑)
本人は微睡み程度に感じていたようですが…熟睡中でした!
もう一回ヤドカリやってからサワガニに戻ります。