最終話 甲殻類&
呆然と立ち尽くす。いつも俺の助けになってくれたテルマの声はもう聴こえない。ここまで辿り着くのに多くのものを失ってしまった。
焼夷弾による火も徐々に勢いを無くしていく。リョウとの思い出を振り返りながら火が消えるのをずっと眺めていた。
ロベリアはカーラと一緒に居る、お別れの挨拶でもしているのだろうか。
リベットはラフロイグに肩を貸し、一緒に山猫軒へと移動していた。ラフロイグは重症ではあるものの鎧に守られていたらしく命に別状は無いらしい。骨が砕けた音がしたのは鎧が壊れた音だったようだ。
「あら…どうしようかしら」
火が消え、気持ちを切り替えて皆の元へと合流した俺の耳にリベットの声が聴こえてきた。何やら申し訳なさを含んだ声色なのが気になる。
「山猫軒の転移先にベートカ達の世界があるのは間違いないわ。でも…元の姿に戻すのは…無理かもしれない」
ん?あれ?山猫軒を確保出来ればヤマネコが居なくても全部が解決するって言ってなかったっけ?元の世界に帰れるはずでは?
……元の……姿?……あ!そうか、これだ!見落としがあるんじゃないかと思ってた違和感の正体!俺達の姿を変えたのはヤマネコの能力なんだからヤマネコ殺しちゃったら人間に戻るの無理じゃん!化け物の姿のまま元の世界に帰ったら大惨事だよ!
「ヤマネコが死ねば魔物達が人間に戻るって訳じゃ…ないのねぇ…困ったわぁ。ねぇ、ベートカ…そのままの姿で帰ったら…不味いのかしら?」
不味いわ!自衛隊来るわ!戦車VSカニ戦車の対決が始まるわ!
地団駄を踏む事でリベットに遺憾の意を表明してみせるがリベットにも手立てが無い為困り顔だ。
そんな時、ふと…妙な声が聴こえた。必死に押し殺している様だが…これは猫の鳴き声だ。その鳴き声はどことなく苦しそうだ。
「…フニィアア…ニ…ニィアアアア」
このタイミングで猫の声がするのはあまりにも不吉、その声の正体を確認しようと辺りを捜索する。そしてその正体はすぐに判明した。
ヤマネコの死体の傍にあるはずの物が無い。
ロベリアが切断したはずの頭部が無くなっていたのだ。
その代わりに居たのが声の正体、小さな普通の猫だ。
その場に居た誰もが理解した。こいつはヤマネコ本人だと。
「ふぅ…見逃すところ…だったわね。お得意の負けたふりかしら?認識を歪めるチェシャネコの力…とか言っていたわね、首を落とされたと見せかけて子猫サイズまで縮んでいただなんて…ね。カロリーを消費して回復する力も使ったのかしら?まぁ…残された力じゃそのサイズが関の山だったようだけど…ね」
「ふにゃあー!ふにゃあー!」
リベットが近付くとヤマネコが怯えながら威嚇する。あのサイズでは踏まれるだけで死ぬだろう。どう考えてもヤマネコに勝ち目は無い。
黙っていれば逃げれたものを、どうしてあんなに苦しそうな声を上げていたのか。……あ、もしかして、ヤマネコの中にまだテルマが居るのではないだろうか?
そう思いリベットを止めようとしたがテルマの事をどう説明したら良いか分からない。悩んでいたら俺よりも先にカーラがリベットに声をかけていた。
「待って、魔王が生きてたならベートカ達を元に戻せるんじゃないのかな?」
おぅ…そっちか。…って、そうだよ!それも大事な事だった。でもなぁ…こいつがそんな素直に従うとは思えないんだよなぁ。
皆がどうするべきか悩んでいたその時、声を上げたのは意外にもヤマネコだった。
「ふにゃ…ふ、ふ、ふ…ふひ、ふひひひ…あるじぃ、乗っ取り成功したぞぉ、ふひひひひひひひひひひゃあっはぁー!子猫に再構築する時に脳に寄生してやったぜぇ!弱ってやがったからなぁ!私の魔力が上回ったってわけさぁ!奴の魔力は食い尽くしたぜぇ!完全勝利ってやつさぁ!ふひひひひ、褒めてくれよぉ主様よぉ!」
お、おおお!?テルマ!?テルマか?テルマなのか?
でかした!流石俺の相棒だぜぇ!やっぱお前が居ないとはじまらねぇなぁ!
しかし…そういえば俺以外皆テルマの事知らないよな、皆が呆気にとられているのが何ともおかしくて笑えてしまう。
「ふひ?…あ、み…みんなの前で…喋るのは…はじめて…だった…忘れて…た。はじめ…まして、主…ぁ、えと、ベートカ…様の眷属で…寄生虫のテルマ…いいます、ふひひ」
皆が一斉に俺の方に目を向けてくるので頷いてみせると一様に驚いた様子だった。
そういえば…ヤマネコを乗っ取ったって事は…ヤマネコの能力は使えるのか?人間に戻れるのか?
「ふひひひひ、出来るぞ…あるじぃ。…でもなぁ、完璧に使いこなすのはなぁ…無理だからなぁ。人間に戻せるのは一人ずつ…それに直接目の前に居ないと無理だぁ」
お、それで十分だろ。いやぁ、一時はどうなる事かと思ったぜ、試しにロベリアを人間に…確か本名はアヤメだったかな、アヤメの姿に戻してやってくれよ。
「ふひひひ、おやすいごようさぁ。ロベリアの姉御ぉ…こっちに来てくれよぉ」
ロベリアは不安そうにしていたが、俺が手招きするとおずおずと近付いて来てくれた。
「さぁ…戻すぞぉ…ふひ、ふひひひ」
次の瞬間、ロベリアの足元に魔法陣が出現したかと思うと、魔法陣の模様がヤドカリを形取り、ヤドカリの模様が弾け飛ぶと同時に魔法陣が光の粒となってロベリアを覆った。
光の粒が消えていくとロベリアの姿も縮んでいき、徐々に人間の姿へと……あ。
このままじゃ不味い、そう思った俺は全速力で走っていた。俺が全速力で走ればそれはもう瞬間移動と言っても過言では無い。
負担をかけられた脚にヒビが入る、それでも俺は走り切った。山猫軒の中に、布を探しに。
俺は急いでカーテンを引きちぎるとロベリア…いや、アヤメの身体へと巻き付ける。
そう…人間に戻ったアヤメは…、いやまぁ、当然だけど…全裸だったのだ。
ふいー…危機一髪、ナイス俺、ナイス紳士!
さて、改めてアヤメちゃんを確認しますかね、名前覚えてなかったから地味な子だと思うんだよね。俺に好意持ってるっぽいし可愛いと良いなぁ。
なんて、ウキウキしているとアヤメはいきなり俺の方へ駆けてきた。あー…居た居た、クラスに居たわこの子、地味だけど全然可愛いし有り寄りよのあ……うわあ!
駆けて来て目の前で止まるものだと思っていたらそのまま抱き着かれて驚いてしまった、嬉しいけど大丈夫?俺磯臭くない?自分の体臭超気になるんだけど?
「ベートカ!ベートカぁ!ずっと…ずっと前から自分の口で言いたかった……好き!大好き!私…ベートカのおかげでこの世界でも生きていられた!ずっと…大好きだったの」
ふぇ?うぇーー!?ラブ?これラブだよね!?ライクじゃないよね!?本気にしたら「何勘違いしてんの?そういうのじゃ無いんだけど……キモ」とか言われないよね!?
うぇーい!春来たぜぇ、春だぜぇ!よっしゃ、元の世界に帰ったらデートとかしまくるぜぇ!俺もとうとう彼女持ちだ!
テルマ、俺も人間に戻してくれ!
「………あ…いやぁ…それが…なぁ」
ん?どした?
「主が人間に戻っちゃうと…なぁ。私も…ただの寄生虫に戻っちゃうっていうか…なぁ。私が死ぬって訳じゃあ…無いし…魔王が復活するって訳でも…無いんだけど…なぁ」
ん?嫌な予感しかしないんだが?
「ふひひ…主が人間に戻るの…一番最後にしないと…他の魔物が人間に戻れないんだ」
おー………はあ!?つまり何か?人間に戻りたければ生き残ってるクラスメイト皆人間に戻してからって事か!?全員探せって言うのか!?擬態してる奴も居るのにか!?
「ふひ……いや…まぁ、皆を見捨てるなら…なぁ、今すぐ人間に戻して元の世界で姉御とイチャついてもらっても…良いんだけど…あるじぃ…どうする?」
え、えぇ…。あ、じゃ…じゃあその方向で…。
「ベートカ、私も手伝うよ!人間に戻っちゃったし、何が出来るか分からないし、クラスメイトの皆はまだ怖いけど、ベートカが残るなら私もここに残るよ!」
ふぁ!?アヤメさん!?こ、これは…俺が皆を見捨てるはずが無いと思ってるやつだ!
「やったあ、じゃあ私もまだベートカとロベリアと一緒に居ても良いんだね!」
カーラさん!?そんな純粋な目で見ないでくださいませんか!?
あー!もう!やるよ!やれば良いんだろ!?俺が皆探しだしてやんよ!
「ふひひひひ、さ…さすが…主様だぁ、惚れ直しちゃうね…ふひ、ふひひ」
はぁ…俺のカニ生活はまだまだ終わりそうにないようだ。
まぁ…それも…悪くない…かな。
……… …… …
その後、全員を探している間に数年の時が流れ、人間の女の子二人とカニの化け物が世界を歩き回る姿が度々目撃される事となる。
勇者公認の珍妙なパーティは今も尚異世界を歩いていた。
サワガニから始まった主人公の異世界生活は今も尚…カニのまま。
もう…カニのままでも良いんじゃないかなぁ…なんて思い始めてる主人公はいつ人間に戻れるのか、それは誰にも分からない。
これにて閉幕です。
ここまで読んでくださった皆様にはもう感謝の気持ちでいっぱいです。
今回の作品でいったん異世界転生はやめにして次は純ファンタジー書こうかな思ってます。
あとペンネームも変えよう思ってます。
また私の作品を読んでもらえる事を願っております(笑)