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第35話 山猫軒


 まだ大蛇は生きている、脅威は去っていない。勇者が何か話しかけてくる。…が、状況が飲み込めない、情報が頭に入ってこなかった。


 ナパームはリョウだった、俺の数少ない友達の一人。

 イケメンで優等生なリョウはいつも体裁を気にしてるような奴だ、村を襲って殺戮を楽しむような奴では無かったはずだ。

 いや…だからか、あいつにとっては全部ストレスでしか無かったのだろう。

 リョウが死んだ、それは仕方無いと思う。あいつもたくさん殺したんだ、殺されたって文句は無いはずだ。…でも、殺したのは…俺なんだ。とどめを刺したのが誰かなんて関係無い、俺が撃ったから…リョウが死んだんだ。

 考えが…まとまらない。




『あるじぃ…なぁ…主様よぉ…』


「ベートカ!ベートカぁ!ロベリアが死んじゃうよぉ!」


 え?ロベリアが?何だって?

 ようやく回り始めた頭で状況を把握しようとすると一気に頭が冷えていくのを感じた。

 ラフロイグは一人で大蛇と応戦しているが簡単に勝てる相手では無いらしい。大蛇…コードネームはドーラと呼ばれているようだが、ドーラは頑丈で長大でありながら機敏。

 ラフロイグの動きを読んでいるかの如く立ち回る。目が良いなんてレベルじゃない。俺らとは違う物が見えているんじゃないかと思う程だ。

 リベットはドーラの流れ弾からカーラを守っていた。腰に付けていた袋から粉の様な物を取り出し周囲に巻き、杖を地面に当てると粉がぼんやりとした光を放つ。結界のような物なのだろう、ドーラがはじき飛ばした木片やつぶて、毒の霧を弾いている。


 では…俺は誰に守られていた?

 そんなのは分かり切った事だった、ロベリアだ。俺が放心していた間ロベリアが俺の盾になっていた。俺の身体は自動再生するのだから放っておけば良いのに、その身を挺してドーラから俺を守ってくれていた。

 いくらロベリアが頑丈でもドーラとはサイズが違い過ぎる。それにロベリアの甲殻は既にボロボロなのだ、耐えれる訳が無い。

 ロベリアの巨大な鋏脚は割れ、関節もろくに動いていない。このままではロベリアが死んでしまうのは明白だった。


 森林はナパームに焼き払われ、ドーラになぎ倒され、ほぼ平地と化している。ならば俺のテリトリーだと言っても過言では無い。スナガニの走力を持つ俺が最速だ、この場に居る誰よりも速い。蛇や人間に遅れを取るはずが無い。ならばやる事は一つ、ロベリアを死なせたりなんかしない。

 ナパームの身体が落ちたのはそう遠い場所では無い、鳥の身体は軽いし俺でも運べるだろう。俺なら秒で運べる。リョウも許してくれるはずだ。


 足に重さを感じつつも走り、ナパームの身体を担ぐとロベリアの前へと置く。友人の身体だと思うと流石に俺も気が重い。

 しかし…今はこれしか無い。


『 タ ベ テ 』


 俺は地面にそう書いたがロベリアは重たい鋏脚を上げるだけの力が無く、ただ静かにナパームを見ているだけだった。

 ロベリアの代わりにナパームの身体を裂いて、千切り、ロベリアの口へと運んだ、ただ黙々とその作業を続けた。

 この世界に来て生命の重さと軽さを学んだけど、今が一番…辛かった。


 ロベリアの身体が大きくなり、殻がパリパリと剥がれ始めた。甲殻類である俺たちは脱皮が終われば身体が治る。今度は俺がロベリアを守る番なんだ。



 そんな時だった、突然地響きがして地面が割れたかと思うと、その地面の下に茶色い屋根があるのが分かった。何故地面の下に屋根があるのか?なんとも不可思議な光景だ。

 尚も地響きは続き、地震と共に屋根が上へ上へとせりあがって来た事で全貌が見えてきた。茶色い屋根に白い壁、これは…家?家にしては大きい、それはまるで高級なレストランの様な佇まいをしていた。


「あれは…建造型魔道具…山猫軒、何故ここに?」


 魔法使いのお姉さんリベットが目を丸くして驚いていた。あれが…食の魔王ヤマネコを封印したという魔道具、山猫軒。要塞の様な物を想像していただけに少々拍子抜けしてしまった。どちらかと言うと可愛らしさすら感じるデザインだ。

 まぁ、作ったのはリベットだっていう話だったし、きっと彼女の趣味なんだろう。

 問題は何故、今ここに山猫軒が現れたか、だ。



「ふにゃっふふふ~、こぉんぐらっちゅれーしょーん」


 山猫軒から気の抜けた声が響き渡る、それは聞き覚えのある声だった。元の世界で最後に聞いた声、俺たちをこちらの世界に連れて来た奴の声だ。

 …まぁ、俺は寝てたしよく覚えてねぇんだけども。


「ミッション達成おつかれさまなりー、ふにゃふふふー」


 山猫軒の屋根の上にぼんやりと光る二つの球体が浮かび上がった、その球はバスケットボールくらいの大きさで、真ん中に縦線が一本、まるで巨大な猫の目の様だ。

 …いや、それは紛れもなく猫の目だったようだ。

 目から輪郭が広がり、顔、耳、前足、身体…と順にじんわりと猫の姿が形成されていく。まるまると太った姿は猫と呼ぶにはややコミカルに見えるが猫である事は確かだろう。


 あれが食の魔王ヤマネコ?魔王にしては随分とふざけた奴だ。

 訝しげに眺めていたその時、ヤマネコが急に地面に飛び降りた事で大きな砂煙が上がった、何とも重量感のある猫だ。ダイエットした方が良いんじゃないか?


「ふにゃっふ?お主は…勇者かの?」


 さっきまでヤマネコが居た山猫軒の屋根の上には勇者ラフロイグが立っていた。ヤマネコはラフロイグの攻撃を避ける為に地面に降りたらしい。


「答えろヤマネコ、前の魔物達も異世界の人間だったのか、お前は何の為に異世界の人間をモンスター化させて送り込むんだ」


「にゃふふ、知れた事よの、我は美味しい食事を食べたいだけよ。…ん?おお…食べ頃サイズに成長した魔物がおるではないか。ふ、ふ、ふにゃ…ふふふ」


 ヤマネコの口からは大量の涎が滴り落ちる、そしてヤマネコの視線の先には大蛇ドーラの姿があった。ヤマネコはラフロイグを無視して走り出しドーラの身体にしがみつくと…、一心不乱にドーラを食べ始めてしまった。噛み付くという表現は相応しく無い、一口で肉を抉り、骨ごと噛み砕く。その光景は狩りでは無い、ただの食事だった。

 ヤマネコに噛み付こうとするドーラの頭を猫パンチで叩き落とし、ドーラの頭も食べ始める。あまりにも一方的で戦いにすらなっていない。


「んふ、んにゃんにゃ、うみゃーい!何と複雑な味かのう!ここまで大きくなるには沢山の魔物を食べたはずじゃ、蛇の肉から色んな生き物の味がするのう、ふにゃふにゃふふふー、やめられない、とまれない、未知の味じゃー!そう、我は飽きたのじゃ!普通の味にはもう飽きたのじゃ!だから魔物を作ったのじゃ!魔物同士で食い合い、そして最後は我の腹の中じゃ!我が育てた肉を我が食して何が悪いというのかのう!ふにゃっふふー!」


「そうか、もう良い…喋るな、今度こそ息の根を止めてやる」


 ラフロイグは地面に降り、剣を構えるとゆっくりとヤマネコへと近付いていく。


「にゃっふ?今回は共闘出来る程強い魔物は居らんように見えるがの?お主だけで我に勝てるのかの?」


「ふざけた事を言うな、共闘などでは無い。あの時はたまたまお前が共通の敵だっただけだ」


「そうかのう?お主の装備、あの時のオオトカゲの骨じゃろ?そんな大事そうに加工までしおってからに、けったいな事だのう」


「……うるさい、黙れ」


 ラフロイグはもう喋るつもりは無いらしい、切りかかるタイミングを計りつつ更に距離を詰めていく。



「ねぇ、ま…待って!」


 お互い臨戦態勢に入ったピリついた空気の中、声を上げたのはカーラだった。


「ベートカ達は…元の世界に帰れるんじゃ…無いの?だって、ミッション達成って、ロベリアが言ってた真犯人がナパームだったって事でしょ!?ベートカとロベリアは帰してあげて!私達の世界の問題に巻き込まないであげて!」


 こんな生死の瀬戸際でカーラは俺達の心配をしてくれていた。ナパームに村を滅ぼされ、命からがら逃げ出した先で村人達に蔑まされても尚、カーラは他人の心配が出来る良い子だ。こんな子を放って帰れる訳…無いよなぁ。それに多分あの猫は俺達を帰す気なんてさらさら無いはずだ。ご馳走を手放すような奴には見えない。


「にゃっふ?これはこれは不思議な事を言うものだのう。お主は屠殺前の羊を逃がすのかのう?釣った魚に対して騙してゴメンねなんて言って逃がすのかのう?」


「そん…な…」


 カーラは反論出来ずに黙ってしまった。それもそうだろう、カーラは狩人の村の出だ。命を戴くという意味を理解している子なんだ。

 まぁ、落ち込むなよ。分かってた事さ、俺もこの世界で学んだよ、生きる為には…抗うしかないって事をな。


「ベートカ…やる気か?」


 前に出た俺にラフロイグが声を掛けてきた。

 おうともさ、やってやろうじゃねぇの。人間最速の勇者様と魔物最速の俺のタッグだ。あんなデブ猫なんてぶっちぎってやろうじゃねぇのよ。



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[一言] ロベリアちゃん危機一髪! ヤマネコ魔王はどんな味になってる事でしょうねぇ。
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