第27話 祈りの本質
魔王が異世界、つまり俺の元いた世界で悠長に遊んでいたと言われ勇者ラフロイグの顔付きが変わる。ソシャゲで課金したのに目当ての子が出なかった時の俺みたいな顔だ。
まぁ、気持ちは分かるけどな。魔王討伐して世界に平和が訪れたと思ったのに、それがただ単に魔王の旅行期間中の平和だったと知らされたらこういう顔にもなるだろうさ。
「それで…魔王は、食の魔王ヤマネコは戻ってきたのか?」
ロベリアは俺の体を引っ張ると、その巨体の陰に俺を隠す様にして立ち塞がる。
「えっと…ロベリアはラフロイグの事信用して無いみたいだよ」
それは通訳されるまでもなく理解していたのかラフロイグは一度深く呼吸をした後ロベリアと向かい合う。その手には再び白い剣が握られていた。
「信用?笑わせるな、魔物がどれだけの人間を殺してきたと思ってる。話さないなら斬るだけの話だ」
ラフロイグが剣を構えるのと同時にカーラが突然驚いた顔で声を荒らげる。
「え!?ええええ!?ロベリアも人間なの!?」
驚き叫ぶカーラをラフロイグが冷ややかな目で制した。
「魔物の言う事をいちいち真に受けるな。ただの命乞いだ」
ですよねー。逆の立場なら俺だってそう思うわ。でも本当の事なんだよなぁ。俺もロベリアも…ちなみにさっきのサンショウウオも元々人間なんだよなぁ。
それでも信じてはくれんだろう。なんて、そう思っていた俺達に助け舟をくれたのは意外な事に魔法使いのお姉さん、リベットだった。
「あながち…嘘では無いかもしれないわよ」
「リベットまでそういう事を言うのか。頭使い過ぎて逆に馬鹿になったのか?」
「…まぁ聞きなさいよ。ずっと気になってた事があるの。何故魔物に魔力があるのか、よ。学の無いあなたでも分かるわよね?魔力を有するのはどんな生き物か」
「馬鹿にするなよ、精神力が高く祈る事の出来る生き物だ」
「はい良く言えました、偉いわね」
「リベット、おまえやっぱり馬鹿にしてるな?」
「精神力が高い生き物、これは大型で知能が高ければ大抵の生き物に備わっている。しかし魔物は元々小さい生き物から進化する。小さな体に大きな精神力を持って生まれるのはアンバランスだわ。後天的に備わったにしては魔物の知性は洗練されている。人間の言葉を理解する程にね」
リベットはそこまで言うと一度ラフロイグの顔を見つめた。そしてラフロイグがちゃんと聞いているのを確認した後に再び説明を続ける。
「そして祈りとは何か。理想を抱き、希望を抱き、それを乞い、願い、望む事。ペットがエサをねだるのとは訳が違うわよ?あれは手段にすぎないもの。そう、通常であれば生き物にあるのは手段と結果、それは己や他者の力、今そこにある力。祈りというのは今その場に無いはずの力に手を出す行為。無い物ねだりの極意、それが祈りよ」
「分からんな、それが魔力とどう繋がるんだ?」
「存在しない物まで欲しがる禁断の強欲。精神の拡張領域。それが魔力よ。そんな強欲を抱える生き物が人間以外に居るかしら?」
「魔物が居るだろう」
「だから、よ。魔物の精神に人間が居てもおかしくは無い。と、言ってるのよ」
「……それは、受け入れ難い」
「…ふぅ、まぁ…そうよね。たくさん殺したもの。あなたも、私も、ね」
少しの間が空き、ラフロイグが剣を納めた所でカーラが再び口を開く、実際にはロベリアの言葉になるのが少々ややこしい。
「ベートカに危害を加えないなら知ってる事は全て話す…って言ってるよ」
「…人間に手を出さないと誓えるのではあればお前ら二人の事は見逃してもいい」
「えーとね、人間の方から襲ってきたら反撃するし…殺しもする。って言ってるよ。実際ロベリアが人間を殺したのは自分の身やベートカを守る為だった…だってさ」
「それは正当防衛だと認めよう。人間だって狩りのリスクは負うべきだ。しかしその審判はどうつける。己の欲で殺した訳では無いと言い切れるのか」
あー、これは答えの出ない押し問答になりそうだなぁ。監視役が必要になるやつだけど、勇者と同行とか嫌すぎる、こいつ凶暴で怖ぇし。
そうなると俺らは勇者にテイムされたペットみたいなポジション?それはそれで薄ら寒い、男のペットになるとか吐き気を催すわ。リベットさんかカーラでよろしく。
そう言えば俺は元々カーラのペットだった時期もあったなぁ、いやぁ懐かしい。
なんて考えていたらカーラがそっと手を挙げた。うん、これはなんとなく分かるぞ。カーラも似たような結論に至ったんだろう。
「あの、それなら…私がベートカと一緒に居る。ベートカの事は信用してるし、ロベリアともお喋り出来るし、…人里では…もう生きていけないし」
うぅむ…元気の無いカーラは見てて辛いなぁ、俺と一緒に居る事で元の明るい子に戻れるなら俺としてもそうしたいが…正直俺は化け物だしなぁ。
しかもカニにタコとサンショウウオがくっ付いているようなSAN値直葬型のやつ。女の子のお供にして良いようなモンスターとは程遠い。
それに…俺やロベリアと一緒に居るって事は…。
「カーラはそれで良いのか?それは村を滅ぼした魔物と結託していたと思われても否定出来なくなるぞ。魔物と行動を共にする少女の噂はすぐに広まるだろう、人間社会への復帰は絶望的だと思って良い。それは理解しているのか?」
おお、ラフロイグが俺の懸念を代弁してくれたな。うんうん、正にそこだよ。
なんなら今ここで俺とロベリアを仕留めて身の潔白を証明する事が人間社会に戻る理想的な方法だとも言えるかもしれない。
それでもカーラの想いは揺らがない、揺らがない程に…。
「もう…人間の方が…怖いよ」
人間に、故郷の村人達に…絶望していた。
ラフロイグは「そうか」と小さく呟き、それ以上は口を出すような事はしなかった。こいつはこいつで人間関係苦労してきたのかもしれねぇなぁ。
「じゃあカーラにはこれ、渡しておくわね」
そう言いながらリベットは首飾りをカーラの首にかけた。
それは緑色の小さな石が付いてるだけの簡素なペンダント。翡翠…かな?
「その石に魔力を込めれば私に思念を送れるわ。ただし使えるのは一度きり、それに短い思念しか読み取れないから気を付けて」
あー、なるほどねー、俺らがやらかしたらそれで報告しろって事だな。カーラだけの力じゃ俺らへの抑止力にはならんからな。
「うん…分かった」
カーラがそう応えるとリベットは満足そうに微笑んだ。
そして皆が納得した後でラフロイグが口を開く。
「話がまとまったなら情報をくれ。俺を騙す気ならこの場で斬るからな」
「あ、プルメリアを通してるから大丈夫だと思うよ。嘘ならプルメリアが気付くから」
カーラがそう言うとプルメリアはスカートを軽く摘み、片足を引いて浅く会釈した。「任せて」って事なんだろうけど、無表情だから感情は良く分からない。
…まぁ、カニも表情筋なんてねぇからな、人の事言えねぇな。
てかプルメリアはどういう存在なんだ?魔法生物?ゴーレム的なやつ?
その後、ロベリアが語りだした内容は当事者である俺にも知らない事だった。
何でだろうなぁ、おかしいなぁ。
だから居眠りしてたからだって。
まぁ、何はともあれ次回でようやくベートカ君も事の始まりを理解する形になりますね。
主人公が何も知らずに生きる事だけに必死になるのもそろそろ終わり…かな?




