ヤドカリ少女 5
前回の話のヤドカリさん視点です。
ロベリアさん重い…色んな意味で。
◆ ■ ◆ ■
身体にまとわりつく恐怖が…忘れられない。
身体にまとわりつく絶望が…忘れられない。
ああ…私はなんてバカなんだろう、海が怖くて逃げ出したのに、何でその恐怖を忘れていたんだろう。あの時はタコも、魚も、皆捕食者で、同じヤドカリですら敵だった。
今の私なら大丈夫だなんて…そんな根拠はどこにも無かったのに。
そう、皆、皆敵だった。人間の時もヤドカリになった後も…私には敵しか居なかったんだ。…彼に、会うまでは。
でも、それは一方通行な想いだと思っていた。もちろん見返りなんていらなかった。私にとっては彼が…ベートカだけが心の支えだったから。
でも、…でも!違った!ベートカは私を助けてくれた!命懸けで助けてくれた!
ベートカも…私を求めてくれた。私を必要としてくれた。これは絶対間違いなんかじゃない。伊達や酔狂で命をかけてくれる人なんているはずない。
私は自分が人間とは程遠い化け物になってしまった気でいたのかもしれない。
でも…違ったんだ。守ってくれる男の子が居る、私は守られる女の子なんだ。
甘えて…良いんだよね?怖がって…良いんだよね?
だって、だって、…だって、本当は凄く怖かった。
強くなっていく自分が怖かった。
自分の心が死んでいくのが怖かった。
…彼に…ベートカに逃げられるんじゃないかって…ずっと怖かった。
そう、本当は…タコに襲われた事よりもずっと…。
タコに襲われて、自分の弱さを思い出した。
彼に守られて、自分は女の子だと思い出した。
そしたら…押し殺していた自分の中の恐怖が…吹き出してきた。
彼の傍に居ないと不安でたまらなかった。
彼と離れたくなくて、彼の向かう先へ着いて行く。
心変わりでもされて一人でどこかへ行かれたら…私はもうこの世界で生きていく事なんて出来ない気がする。
川沿いを上流に向かって歩いて行く彼の意図は分からないけど、彼が行くなら私も行く。彼の行き先が私の行き先なんだ、それで良いんだ。
そんな時だ、彼がふと足を止めた。
彼の方が危険の察知に優れている、もしかしたらまた敵がいるの?
あ!もしかして…私がくっつき過ぎてうざくなったのかな?
あぁぁぁ…ど、どうしたら良いの…。
しかし彼の行動は私の予想とは大きく違うものだった。
彼は近くの石を拾うと地面に文字を書き始める。
こういう時は彼みたいな小振りな鋏脚が便利で羨ましい。
『ダイジョウブ?』
どうやら彼は私の事を心配してくれていたようだ。
こんな私を…普通の女の子を気遣うみたいに…ぁぁぁ…もう…優しいよぉ。
…あ!は、早く返事を書かなくてはいけない!ど、どうしようか。彼みたいに石を…は無理か、えっと…じゃあ鋏で直接…ダメだ、太すぎる。
そ、そうだ、脚だ、歩脚なら…。
『ヘイキ』
良し、書けた。ちょっとそっけなかっただろうか…。
彼は少し考えこんだような様子を見せた後にまた文字を書き始めた。
改まっちゃって…もしかしてこっちが本題だろうか?
『カマキリ → カオリ』
『タコ → サトル』
『ナマエ クラスメイト』
え!何で…彼がこんな事を知ってるの!?それに何で…名前まで…。カオリって…私を責めて来たクラスメイトの一人じゃなかった?
彼も異世界転生の原因を作った犯人探しをしている!?私を…探してる!?
私は犯人じゃないのに…違うのに…。
彼に嫌われたら…もう…本当に…立ち直れない。
私が動揺し後ずさると彼は文字を続ける。
『オレ → 』
自己紹介?オレ?俺って事はやっぱり男子だ…、もし、もしも万が一、ベートカがあの時の男子だったら、私を犯人だと罵ったあの男子だったら…私は…。
しかし彼は中々続きを書かない、明らかに動揺してしまった私を警戒してるに違いない。
『ロベリア ナマエ ナニ』
やっぱりだ!私を疑ってるんだ!ど、どうしよう。何て…何て答えれば。
適当な名前で誤魔化す?いやダメ、彼は魔物になった生徒の名前を言ってみせた。きっと彼には確認する為の手段があるんだ。
なおも黙る私に彼はトドメの一言を…ってあれ?
『ナマエ ワスレタ?』
そう言えば、私の名前…なんだっけ。
言われて初めて気付いた。自分の名前が…分からない。
これは本当の事だ、嘘じゃない。大きく頷いてみせる事で彼への返事とした。
私が頷いたのを確認すると彼は続きを書く。
『カエル ホウホウ ワカル?』
それは、猫魔王の指定したクラスメイト。つまり今回の騒動の発端となった生徒を食い殺す事。私じゃ…無いのに、私が犯人だと思われて……ん?
彼は…ベートカは…帰る方法を…知らない?
と、いうことは……あの時ずっと寝てた神経の図太い男子だ!間違いない!そうじゃないかなぁとは思ってたけど、本当にあの時の男子だったんだ!
つまり、私に容疑がかかってる事を知らないクラスメイトだ。私の唯一の味方になり得る男子、それが本当にこのベートカだったって事なんだ。
…嬉しい、嬉しいよぉ。でも…クラスで目立つような男子じゃなかったから名前が思い出せないのが悔しいよぉ。
あ、そうだ。これだけは先に伝えておかないと!
『ワタシ ハンニン チガウ シンジテ』
『ハンニン ナニソレ?』
…あ、そういえばそうだよね、彼は何も知らなかったんだった。下手に誤魔化さない方が良い…かな。
『クラスメイト ハンニン イル』
彼には嘘はつきたくない、信頼しあえる仲に…なりたい。
『ソレ ダレ?』
『ワカラナイ デモ ダンシ』
そう、男子なんだ。私は問題となった動画を見た、間違い無く見たんだ。
なのに…それなのに…何で私が…。
信じて…信じて欲しい…ベートカだけは…私を信じて欲しい。
信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて信じて…。
私を信じてくれる人なんて居なかった…、でもベートカだけは違うんだ。
ベートカが力強く、大きく地面に書いてくれた。
私が欲しかった言葉を。
『シンジル』
ぁぁ…ああ…もう…もう…好き、大好き。
気が付いたら私は彼に抱きついていた。
はしたない女だと思われても構わない、私は彼が好きなんだ。
こんな姿の私を女の子として扱ってくれる彼が好き。
こんな姿の私を女の子として守ってくれる彼が好き。
誰も信じてくれなかった私を信じてくれる彼が好き。
好き…大好きなんだ。
これは…見た目に囚われない…本当の愛なんだ。
■ ◆ ■ ◆
はい、この後ベートカ君の脚が折れます(笑)
そのカニ君はそこまで深く考えてませんよ(笑)