ヤドカリ少女 3
はい、今回はヤドカリさんのお話になります。
ヤドカリパートは例の如くダイジェスト気味にお送りいたします。
◆ ■ ◆ ■
あのサワガニは、いったい誰だったのだろうか。
本当に敵意はあったのだろうか。
呆然としている私にも1つだけ確かな事がある。それは…あのサワガニが置いていったこのカップは暖かな安心感を私にくれた事。
そういえば、今までクラスメイトからプレゼントなんてもらった事はあっただろうか?…いや、ある訳が無い、私は日陰者なのだ。そんな仲の良い人なんて居ない。
ましてや男の子からなんて……はっ!あ、あのサワガニは男子だったんだろうか?なんかバカっぽいような子供っぽいような行動は男子っぽかったような!?
え、えええええぇぇぇぇ……。
もしかして?本当に?同い歳の男の子から…プレゼント?
ひゃ…ひゃああぁぁぁ…。
嬉しいような、こそばゆいような、こんな気持ちは人間だった頃に感じたかった。何でヤドカリになった今になってようやく初めての青春を感じているのだろうか。
しかしそれと同時に男子には恐怖も感じている。私を悪者に仕立てあげたのは一人の男子生徒だったのだ。あのサワガニがその男子だったらどうしようかと気が気では無い。
でも…何となくだけど、あのサワガニのバカっぽさを考えると…うん、あの男子では無い気がしている。
バカっぽい…男子?…もしかして!あの時爆睡してた人だったりしないかな?
あの爆睡してた人なら私に容疑がかかっている事を知らないはず。だって…ずっと寝てたもん、あの人。本当にどんな神経してるんだろう…羨ましい。
でも…もしあの人なら…私の唯一の味方に…うぅ…怖いけど…探そう。
おっかなびっくりで探索を始めた私だったけど、あのサワガニは案外すぐに見つかってしまった。心の準備くらいはさせて欲しいのに…。
まぁ…正確にはサワガニを見付けた訳じゃないんだけど、岩陰で淡い光を放ってる何かを見付けた。あれには覚えがある、進化の時のエフェクトだ。
タイミングや場所を考えても多分あのサワガニが進化したんだと思う。
何に進化したのか、良く見えないんだけど、カニが進化したならまたカニのはず。私もヤドカリからヤドカリだったから、たぶんそう。
私も他の岩陰に隠れてそっと観察していると、一匹のカニが飛び出してくるのが見えた。黄色っぽい小さなカニ。何ていうカニかは分からないけど、あまりの速さに一瞬で見失ってしまった。
今のカニが彼だろうか?…そう悩んでしまったのには理由がある。
同じ所から違うカニも飛び出してきたのだ。鋏脚が赤くて、ちょっとだけ大きめなカニ。前にテレビで見た事がある気がするけど名前は思い出せなかった。
そして思い出す余裕も無かった。その赤い鋏のカニは…近くに降り立った一匹の鳥につつかれ、ついばまれ、呆気なく死に絶えたから。
私は何も出来なかった。出来るはずも無い。
あの赤いカニが彼だったら…そう思うと心の奥がモヤモヤと気持ち悪くなってくる。
そしてそれは自分に置き換える事も出来るだろう。…もし、黄色いカニを追いかけて飛び出したのがあの赤いカニでは無く…自分だったら…今頃ああなっていたのは…私だ。
やだ…もう…こわい…こわいよ。
強くなれれば…こんな思いしなくても良い…のかな。
強くなれれば…大事なモノも自分で守れるのかな。
……… ……… …… …
……… …… …
先に飛び出した黄色いカニが彼かもしれない。そう思う事でなんとか心を落ち着かせ、追いかけようとも考えたが、それは少しだけ後になりそうだった。
【通常進化】
【アブラガニ】【ヤシガニ】
【特殊進化】
【ユビワサンゴヤドカリ】
【今進化しますか?】
ちょうどサイズLへと成長を果たした私の前に現れたのは進化先を告げる謎のポップ。
というか…通常進化両方カニじゃないの?んんー、そういえばタラバガニもヤドカリの仲間って聞いた事あるかも。
ヤドカリは大型になればなるほど借りれるヤドも無くなってカニっぽくなる…と、そう仮定すると特殊進化のやつは小型なのかな。
普段の私なら隠れて生きていく方を選ぶだろう。
でも私は…強く…なりたい。
……… ……… …… …
……… …… …
ヤシガニへと進化した私は川沿いを下っていく。
あの黄色いカニが走って行った方向が下流だったからだけど、どこまで行ってしまったのだろうか?まぁ、この際だから海まで下りてみよう。
正直、今まで感じていた海の生き物への恐怖は薄れつつあった。
ヤシガニとなった今の私に喧嘩を売って来るような生き物と遭遇していないせいか、少しだけ気が大きくなっているのかもしれない。
彼からもらったアンティークカップは後ろ足に引っ掛けて運んでいる。彼に出会ったらこれを見せてみよう。もしあの時のサワガニなら反応を示してくれるはず。
でも、何の反応も無かったらどうしよう。それはつまり…あの食べられた方のカニが彼だったという事になりはしないだろうか。
私は自然と早足になっていた。
疲れた、お腹も空いた。…それでも募る不安が私の足を急かす。
無駄な争いも避けたい、そんな事に裂く時間も惜しい。目立たないように森の中に入り、ひたすらに海を目指した。そこに彼が居るとも…限らないのに。
……… ……… …… …
……… …… …
木々を抜け浜辺を見渡した時、あまりにも酷い光景を目の当たりにして足がすくんでしまった。これはいったい何だろう。
砂浜を占拠する鳥、鳥、鳥。
いったい何羽いるのだろうか、数えるのも億劫になるほどの鳥の群れ、茶色い羽毛に長いクチバシ。大きさは…まぁ、小鳥と呼んでも良いサイズだろう。
今の私でも囲まれなければ何とかなりそうではある。
でも…小型のカニである彼がこの惨状を乗り切る事が出来るだろうか?
ここには居ない、そんな期待を胸に砂浜を見渡すが、ソレはあまりにも呆気なく見つかってしまった。
鳥達の足元を掻い潜るように走る一匹の黄色いカニ。その見事なまでのステップには覚えがある。あの時のサワガニの彼に違いない。
まだ…生きてる。今の私なら助けられるかもしれない。
それでも正直…囲まれたら負けると思う。でも、今私は森の中、木々に阻まれたこの場所でなら何とかなる…はず。
幸い彼はこちらに向かって来ていた。ここまで、ここまで来てくれたら助けられる。鳥のクチバシを掻い潜る彼の動きが鈍くなって行くにつれて私の気持ちも逸っていく。
私も、少しだけ前に踏み出そう。
一歩だけ、もう一歩だけ、歩み寄ろう。
彼は…ううん、もうあの爆睡男子じゃなくても良いの。
あのカニが誰でも構わない。
だって、あのカニがプレゼントをくれたのは…間違いなく私に対してだったから。
カニがヤドカリにプレゼントをくれた。
その事実だけで十分だと、今の私は思うから。
鳥のクチバシよりも早く、黄色いカニに私の鋏が届いた。
…今の私は力が強いから、そっと優しく持ち上げる。
鳥達が騒いで集まり出す前に森の中へと後退し、鳥達と睨み合いを続けた。
もう、弱気になんてなっていられない。このカニは…この世界で唯一の私の味方かもしれない。…なら、私はこのカニを守りたい。
しかしその時、ふと、カニが私の鋏をコンコンと叩き始めるのを感じた。
・ ・ ・ ー ー ー ・ ・ ・
三回叩いて、三回長く押さえて…また三回叩く。
え?これって…もしかしてSOS?救難信号のモールス信号だよね?
流石に私でもSOSくらいは知ってるけど…ええ!?私に命乞いしてるの!?
え、ぇぇぇぇ…。そっか、そりゃ…そうだよね。今の私は怖いよね。
この場を切り抜けた後は身を隠しながら見守ろう。
そしてタイミングを見計らって君からのプレゼントであるカップを見せよう。そしたらきっと、私があの時のヤドカリだって分かってもらえると思う。
今はまだ…遠くから見守ろう。
……… ……… …… …
……… …… …
それからまた少し、時間が過ぎた。
私はまだあのカニを見守っている。ストーカーだと言われても否定出来ないかもしれない。
サイズもMに成長してますます化け物じみてきた私は姿を見せただけで逃げられるに違いない。なかなかタイミングが掴めないでいた。
彼はたまに巣穴から顔を出しては砂を食み、周りの様子を伺ってからまた巣穴に帰っていく。私はそれを何度も繰り返し見続けている。
……ダメだこれ、完全にストーカーかもしれない。
ところがある日、この日だけはいつもと違う事が起きた。
砂浜に現れた一人の女の子。…人間だ。この世界に来て初めて見た人間は元の世界の人間と変わらない見た目をしていた。
金髪で十歳くらいの可愛い女の子。
女の子はその手に金属で出来た筒の様な物を持っており、あろうことかその筒を彼の巣穴近くに突き刺してしまった。
私は今日、今初めて、明確な殺意というものを感じたのかもしれない。
その女の子が憎くて、憎くて憎くて堪らない。
金属の筒から取り出された彼はどうやら生きてはいるように見える。あれは地中の生き物を捕るための捕獲道具なのだろう。
あの女の子はカニを集めに来たのだろうか?それならまだ滞在するはずだ。採取中に彼を救い出さねばならない。隙を伺うしか無い。
流石にまだ…人間には勝てる気がしない。
しかし、私の思惑は大きく外される。
その女の子は彼を捕まえただけで満足し、帰って行ってしまったのだ。
待って…持って行かないで、そのカニは…私の唯一の救いだから。
追いかけても追いかけても追い付かない。
私の足では、人間の足には追いつけない。
それでも、私は…。
■ ◆ ■ ◆
そのカニ案外平気だからそんなに思い詰めなくて良いのにね(笑)
次回、ようやく物語が大きく動く!…予定です。
次回はカニに戻りますよー。