芽生える愛
「ただいま」
「お帰りなさい」
家に帰るといつも通り母親が出迎えてくれた。
自室に入るとまだ長谷川の腕の感触と胸板の厚みを思い出し、それが全身を駆け巡る。頭がとろけそうになった。
すると長谷川からメールが届いた。
『もしバイトなければ明日映画行かない?』
『バイトは休み。映画行こう!』
百合愛は待ち合わせ時間など詳細をメールで決めあった。
スマホを握りしめベットに横になった。
「(長谷川君とデートできる。今までも一緒に帰ったり図書館行ったりしたけど本格的なデートは初めて、楽しみ)」
そう思ったときに百合愛は長谷川のことが好きなんだと思った。
デート当日。一張羅とも言うべき服で待ち合わせ場所の桜木町駅北口改札にいた。今日は百合愛の方が先に着いたようである。
しばらくすると「ごめん、遅れた」と長谷川がやって来た。
「大丈夫だよ。私も今来たところ」と百合愛は答えた。
映画館に入りチケットを買った。開場までは30分あった。それまで二人は椅子に並んで腰掛け話した。
長谷川が口を開く
「俺さ高校入って爺ちゃん亡くしてるんだ。」
「えっ、そうなの?」
「うん。でさ爺ちゃん死ぬ前遠くを見る癖があったんだ。どこ見ているとかじゃなくてピントが合ってないっていうか、老衰だったのに死ぬのが分かってたみたいなんだ。」
「そうなんだ。遠くを見る癖…」
「百合愛もたまに遠くを見てただろう?あれは死を見つめてたんじゃないかって、俺すごい心配だったんだ。杞憂が過ぎたなら良いんだけど。
百合愛は返答に困ってしまった。だが正直に話した。
「確かに、死にたいと思った時に遠くを見てた。皆のところに行きたいって…。あれは紛れもなく、死を見つめる瞳だった。でも今は大丈夫。遠くを見なくても近くを見つめれば長谷川君がいてくれるから」
「天城…。」
「今は長谷川君のことが好き。大好き。だから生きていけるんだ」百合愛は頬を赤らめながら言った。
「俺も天城のことが好きだ。大好きだ。だからこれからは一緒に生きていこう」
「うん。もちろん。あっ、入場開始してる」
「じゃあ行こうか、天城」
「うん。長谷川君」
そう言って2人は劇場に入っていった。
「(マユ、楓、私は幸せだよ。だから皆の分まで一生懸命に生きるね)」
百合愛は心に固く誓った。この誓いだけは何があってもやぶさない。百合愛の表情は穏やかだった。