完璧超人生徒会長・高倉先輩に、成り行きで壁ドンしてしまいました
※この小説は、アンリさん主催の「クーデレツンジレドンキュン」企画参加作品です。
完璧超人なんてものは、非現実的、フィクションの中にしか存在しないものだと思っていた。
そう思っていたのは俺が中学を卒業するまで。高校に進学してからは、その考えを改めざるを得なかった。
何故かって? 居たからだよ……完璧超人ってやつが。
――北冷高等学校には、文武両道、眉目秀麗、克己復礼、百折不撓の完璧超人がいる。
そんな噂を入学当初聞いた時、俺だって最初は「んな馬鹿な」って鼻で笑ってたけど、高校に通い始めて半年。さすがに日常の端々で噂が飛び交い、実際の現場もちょくちょく目撃していると、その存在を認める以外の選択肢が無くなってきたってわけだ。
北冷高等学校3年生、高倉志津音。
それが我が校が誇る、完璧超人の名であった。
身長167cmと女子にしては背は高めで、肩甲骨あたりまで伸びる艶やかな黒髪。制服でも分かるモデル体型に加え、常に姿勢が綺麗なせいか、モデルを超えた高名な芸術品の一つのように感じることもある。
立つ姿も、座る姿も、歩く姿も、走る姿も――何もかもが人という造形の究極形に達したと錯覚してしまうほど、洗練された美しさがある。まさに「絵になる」とはこのことを言うのだろう。比喩ではなく、本当に言葉通りの意味で。
高嶺の華とは、彼女のために用意された言葉なのだと思えてしまうほどだ。実際に、高倉志津音の最初の「たか」と最後の「ね」を取って「高嶺」と呼ぶ、なんてウチ独自の伝承が生まれてるぐらいだしね。
俺はまだ一年生だから噂だけしか耳にしていないけど、授業中の態度も一級品らしく、先生方の支持も大きいと聞く。加えてテスト結果も常に上位に鎮座しているとのこと。
欠点は無いのかよと、運動面に焦点を当てれば、そっちも優秀飛び越えて最高らしい。スポーツは何やらしても卒なくこなすため、体育のエースという称号が勝手に与えられているらしい。体育、と限定しているのは、彼女が生徒会長でどの部活動にも所属していないためだ。ちなみに2年連続生徒会長らしい。
さて。
という紹介をすれば、まさに学校のアイドル、皆の人気者! という立ち位置になりそうなものだが……実は彼女、我が校の中では腫れ物に近い存在として認識されていた。
――主に生徒たちから。
理由は明白。
彼女は自分にも他人にも厳しすぎるのだ。
自分の価値観を押し付けるようなことはしないそうだが、例えば――校則だったり、一般的な倫理に抵触する事柄だったり、そういったものに滅法厳しいのだ。
生徒会長、という立場もある上に、先生たちからも絶大な信頼を得ている彼女に逆らえる生徒はいない。いるとしても、組織のはみ出し者――俗に言う不良ぐらいだが、彼女に真っ向から突っかかった者は全て、粛清の元に組み敷かれている。
彼女、どうやら合気道やら空手やら、そっちの方にも精通しているようで、揉め事にも強いのだ。
今のところ、彼女とやり合って怪我をした人はいないらしいんだけど、どうなんだろう。何度か遠目に、調子に乗った一年坊が高倉先輩に背負い投げや足払いを喰らっている姿を見たことがあるけど、あれ、本当に痛くないんだろうか。
つーか、複数の不良に絡まれておきながら、相手を無傷で制圧するとか、すごすぎね? どこの漫画の主人公だよ。
ちなみに粛清された不良たちは、強制的に生徒会に迎え入れられたみたいで、まるで生まれ変わったかのように今ではパリッとした制服を正しく着込み、髪も地毛に戻し、ピアスなども全て外し、高倉先輩のことを「姐さん!」と慕うほど、洗脳が施されていた。授業もしょっちゅうサボっていた荒くれたちが、今じゃ生徒会できちんと仕事もこなしているらしい。俺も一度、彼らのうちの一人をたまたま廊下で見たけど、普通に優等生というイメージを抱いてしまった。あれが生前、不良だったなんて考えられない……。
……まあ。
という感じで、全方位完全武装な地盤を、たった2年ちょっとで構築してしまった高倉先輩の前に敵はおらず、彼女の2つ下の俺たちも半年でその事実を理解した。
彼女はいつだって正しい。
彼女はいつだって気高い。
彼女はいつだって美しい。
でもいつだって機械的で、正論ばかりで、自他共に厳しく律しようとするものだから――彼女はいつしか生徒たちから「人の気持ちが分からない人」と陰で言われるようになっていた。
血も涙もない。
冷血クールビューティー。
冷笑こそあれど、笑うことは無い。
完璧ゆえに孤高。
孤高ゆえに美しいが――並び立とうとする者はおらず、誰もがその強さの前にひれ伏すのみ。それって……人生、楽しいのかな、って思ってしまう。もうちょい肩の力抜いてさ、誰かと寄り添うのもアリなんじゃないかなってね。俺だったらそんな生き方、疲れちゃうわ。息が詰まる。
正しく在ろうとする中でも、もう少しゆったりできる「隙間」はあるんじゃないかと思うんだ。うん、具体例を挙げてみって言われても思いつかんけどね。俺、そんなに頭良くないし。
――で、なんで俺が急にこんな高倉先輩のことを頭の中で語りだしたかって?
いや、本当に些細なことなんだけど……さ。
今朝、通学に使っている地下鉄の中で座席に座ってたんだけど、ちょうど俺の前に両手に荷物抱えたオバちゃんが移動してきたんだよ。満員電車だし、吊革も掴めそうにないし、しかも荷物がパンパンのビニール袋だから上の棚に置くのも物が落ちてきそうで危ない。ということで、ちょっと緊張しつつも俺はオバちゃんに席を譲ったんだ。
オバちゃんから「ありがとう、助かるわ」と返してもらい、俺はちょっと良いことをした気分になり、ニマニマしつつ機嫌のいい通学の時間を過ごしたってわけだ。
で、電車を降りた後、肩を叩かれたから何事かと振り返ってみれば――そこには完璧超人こと高倉先輩が間近にいた。痴漢冤罪で捕まるサラリーマンってこんな心境なのかな、って思ってしまうほどの緊張感と焦燥感に駆られたけど、そんな断頭台を前にしたかのような負の感情は、次の彼女の言葉で吹っ飛んだんだ。
「やはり、うちの生徒でしたか。貴方は他人を大事に思える優しい人なんですね。貴方のような人が同じ学校にいてくれて、生徒会長として嬉しく思います。どうか……これからもその心を持ち続けてくださいね」
そう言って、女神は微笑んだ。
まるで太陽すらも眩むような笑顔だった。日頃常に誰かに畏敬の念を抱かれている彼女が、あたかも尊い人間を見るかのように、ちっぽけな俺に向かって目を柔らかく細めたんだ。
その時、俺は直感で思ったんだよね。
彼女は厳しく正しい人だけれど……決して「人の気持ちが分からない人」ではない、と。
だってさ、いくら同じ学校の制服だからって、喋ったこともない一年坊に対して、些細な善行をしたからって、生徒会長がわざわざ呼び止めてまで褒めてくれるなんて……普通、考えられないよ。人の感情が理解できない、しようとしない人間にそんな真似ができるはずがない。
やっぱりその人の本質なんて、噂とか遠目に見ているだけじゃ、分かんないことって多いよね、ってさ。
うん、そんなことを考えながら、謎の高揚感に包まれながら、俺は家で布団を抱きしめながら心地よい一晩を明かした。
そして今日。
確かに昨日、遠目じゃ分からないこともあるって言ったけどさ…………何も、こんな間近にならなくてもいいんじゃないっ!? 神様、もしいるんだとしたら、悪戯が過ぎるよっ!?
現在、地下鉄の中。
絶賛、満員中。
他線、人身事故により大幅な遅れが発生中。
振り替え輸送で他線から人が流れてきて、さらに超満員に。
そんな中。
俺は電車の――車椅子専用スペースっぽい座席無しの場所の角にいた。
角にちょうどスッポリ収まる形で佇む、高倉先輩を壁ドンするかのようなポーズで。
角に背を預けて俺と向かい合う高倉先輩。そして満員電車にさらに人が乗ってこようとし、今も背中を押され続ける俺。
右腕を壁ドンのような形にしてしまったのは、後ろからの圧に耐え切れず、何とかこれ以上、高倉先輩と密着しないように! と精一杯の抵抗の証である。けれどもこの格好は説明なしで見れば、壁ドン以外何者でもなくて……あぁ、どうしよう、この状況!?
昨日の一件で、同じ時間帯、同じ地下鉄で通学していることは何となく察していたけど、まさか……こんな混雑している今日に限って、同じ車両のすぐ近くに高倉先輩が乗り合わせていたなんて……!
「……」
「……」
暑い。
緊張の所為なのか、人口密度の所為なのか。おそらく、両方だろう。
「す、すみません……」
俺は何か弁明しないと、という気持ちになり、思わず中身のない謝罪を口にしてしまった。
「どうして謝るのですか?」
スッと顔を上げると俺のすぐ真下に、美人顔が映り込む。
うわっ、ち、近すぎ!
彼女の身長は俺の175cmより僅かに低い程度。だから彼女が俯いていれば可愛い旋毛がすぐ近くに。彼女が見上げれば煌めく容姿が眼前に広がるわけだ。非常に危険な位置である。くっ……頑張れ、俺の右手! くそ、これ以上押すんじゃねぇーーーっ! すでに腰がミシミシ言ってんだよぉ!
「え、い、いやっ……その、苦しくないかな、って思って……はい」
しどろもどろにそう答えると、少し間をおいて高倉先輩はプッと噴き出すように可愛らしく笑った。
「ふふっ……貴方は私が苦しくないように、右手で支えてくださっているのでしょう? 私が感謝することこそあれど、貴方が謝る必要はどこにも無いわ。気を遣ってくれて、ありがとう」
「…………っ!」
体温が間違いなく3度は上がった! インフルエンザにでも罹ったかのように眩暈に襲われてしまった。もちろん、具合が悪いのではなく、彼女の笑顔と理解にやられてしまったからだ。
おぉぉぉぉい、あの噂流した奴、ちょっと俺の前に出てこいっ! 誰だよ、血も涙もないって言ったやつ! 天使やん! これ、間違いなく天使だって! ずぁっ……鼻血出そう……!
そんなことを考えているから熱が上がるというのに、俺の思考は止まらない。そして、遂に俺の意図しない形でとんでもないことが起こってしまった。
額から流れ落ちる汗。俺は右手に全神経を集中していたから事が終わるまで気付けなかったのだが、その汗は眉から頬へ、頬から顎へと伝い、ポツンと顎から高倉先輩の鼻先へと不時着しやがったのだ。その光景を見た俺は、間違いなくムン〇の叫びを凌駕した。
殺されても文句は言えない。むしろ殺してこの生き地獄から解放してほしいとさえ思う。
高倉先輩はキョトンと瞬きをしてから、身じろぎをしたと思うと、スカートのポケットから清潔感溢れた白いハンカチを取り出し、鼻先の不届き者を拭った。
そして彼女は次に俺の方を見上げた。
よろしい、覚悟はできた。――さあ、殺せっ!
そう意気込みつつ、ビンタぐらいの衝撃は来るかなぁと思って俺は目を閉じる。
しかし……いつまでたっても衝撃は来ず、逆に柔らかい感触が俺の額や頬、そして顎を撫でていった。
「え?」
思わず目を開けると、そこには先ほどのハンカチで俺の汗を拭ってくれる高倉先輩の姿があった。
「ごめんなさい。そこまで無理をしていると思ってなくて……我慢、させてしまいましたね」
「い、いやいやいや、そんっな、お、おお俺の汗なんか拭いたら汚いっすよ!」
「何を言っているの? 誰かのために頑張っている人に汚らわしい部分なんて無いわ」
そう言って彼女は俺の前髪を優しく指でかき分けつつ、汗という汗を拭ってくれた。うわぁ……めっちゃ気持ちいい。なんだ、この感覚。まるでガキの頃、母さんにしてもらっているような感覚だ……。こ、これはヤバい……流されると理性が……!
――ガタンッ!
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
『停止信号です。お急ぎのところ申し訳ございませんが、信号が変わるまでしばらくお待ちください』
「……」
「……」
ぬおおォォォォォォォォォォォォッい、信号の野郎ォォォォォォッ! な、なな、何してくれるんだぁ、コレェ!? ちょっと責任者、呼んで来ぉぉぉい! 今なら熊を素手で倒せるほど、俺は怒っているぞぉぉぉ! それはかなり誇張した嘘だけど、とにかく怒っているぞぉぉぉぉ!
停止したことで乗客全員の慣性が前方車両側へと流れていった。それは即ち、俺にかかる運動エネルギーが増加するわけで……ついに耐え切れなくなった右肘はカクンと折れ、バランスを取ろうと無意識に俺は左足と左手を前に出してしまった。要は左半身の重心が前に出てしまったのだ。
そして前には当然……高倉先輩がいる。
と、とても気まずい……ヤベェ……ヤベェよ。もうヤベェしか言葉が思いつかねぇ……!
俺の左腕は「顎クイ」でも「肩ズン」でもなく、「腰スッ」という謎の奇跡を起こしていた。簡単に言うと、高倉先輩の腰に腕を回していた……。
こ、これはまだいい……いや、良くないけど、これ以上にヤバい現象がもっと下で起こっているから、まだいいだなんて錯覚を抱いてしまう。
もっと下……俺の左足、厳密に言えば左膝が、高倉先輩の股下――――太腿のちょうど間に滑り込んでしまったのだ。彼女が女性としては長身な部類だったがために、ちょうどその高さに膝が来てしまったのだろう。
俺がもし今後も生きていて、子供に恵まれた日を迎えるのであれば、きっと息子か娘にこう言うだろう――「お父さんの黄金の膝はさ、高校時代に完璧超人って言われた人の絶対領域に一矢報いたんだぜ」って――アウトォォォォォ! 俺、アウトォォ! 人生も思考も崩壊していくフゥーーーッ!
フゥーーー……。
フゥー……。
ふぅ、ふぅ……お、落ち着け、俺。
ま、まだだ……高倉先輩が死刑宣告するまではっ、俺は生きることを諦めないぞっ!
恐る恐る視線を顎下に向けると、そこには…………もはや完璧超人なんて比喩していた高倉志津音という像は崩れ去り、居たのは――――顔を赤らめて目尻を僅かに潤ませつつも、気丈に振舞おうとする美少女だけだった。
あっ、なんかもう満足したわ。俺、死んでもいいっす。いっすよ、サクッとやっちゃってください。
「だ、大丈夫……」
何が大丈夫なんですか。あ、喉がひりついて返事すらまともに出てこない。
「わ、分かっていますから。不可抗力だってことは……その、貴方は優しい人ですし、そんなことをする人でないことはちゃんと理解してますから」
「……」
「…………あの?」
もう駄目だ。俺が他人に優しい? まずは鏡を見て言ってほしい。
皆からは厳しいだの冷血だのと言われてるけど、そんなものはルールを守らなかった奴が叱られてちょっと面白くないからって口にする――負け犬の遠吠えだ。
きっと彼女は誰よりも一番に他人を想っているのだろう。
学校は良く社会の縮図だって言われているのを耳にする。多分だけど、そういう大人の視点とかも併せて、彼女は広い視野の元、動いているんじゃないだろうか。だから定められたルールに異論があるなら、きちんと自分の考えを述べればいいのだ。そうすればきっと、彼女は正面から話を聞いて、共によりよいルールの改正や妥協案を教えてくれるに違いない。
どちらも不器用なのだ。
言う方も、言われる方も。踏み出す側も、踏み出される側も。
きっとちょっとアプローチや距離感が変わるだけで、ここまで距離が空いたりなんかしなかったんだ。
だってこの人は……蓋を開けて近づいてみれば、こんなにも思慮深く、可愛らしい人なんだから。
「あの、先輩」
「?」
「俺、先輩のこと、もっと知りたいです」
「私の、こと?」
「はい。先輩はどうですか? 俺からこんなこと言われて……困っちゃいますか?」
今しか言えない。
頭がボーっと熱にうなされ、次々に襲い掛かってくる場面展開に頭がこんがらがっている今だからこそ――本音の部分がすんなり口をついて出て来るのだ。この機を逃せば、きっと俺は……また踏み出す勇気を失い、傍観者に戻ることだろう。
だから今――思ったことを吐き出す!
高倉先輩は時間にして5秒程度、俺の真意を理解しようと口を閉ざし、そして正面から俺の目を見上げ、ニッコリとほほ笑んだ。
「ええ、私も。私も貴方のお話を聞きたいわ。だって……そんなこと言ってくれる人、今まで誰もいなかったもの。上手く言えないけれど……私はきっと、貴方に強い関心を持っているのね」
少しだけ砕けた口調はとても新鮮で――それは彼女が俺に対して、パーソナルスペースの扉を僅かに開いてくれた証明でもあった。
俺は心の中で涙ながらに、喜びの拳を振り上げた
現実でやってしまうと、高倉先輩にボディブローをかますことになるので、もちろん心の中で大歓喜のラッパを吹き鳴らしながらガッツポーズをする程度に収めておく。
「俺……生徒会に入ります」
「え、どうしたの急に」
「だって、先輩のそばに少しでも長い時間、一緒にいたいから」
そう言うと、高倉先輩はビックリするほど顔を赤らめ、恥ずかしそうに顔を俯かせた。よくやった、俺。今の映像は脳内データベースの永久保存フォルダに格納済だ。
気付けば。
地下鉄は高校近くの駅に到着しており、熱気の籠った車内から二人で降りて最初に吸った空気は――本当に晴れやかで清々しいものだった。