002話 海軍軍令部にて
1942年6月6日 『日本 東京 海軍軍令部総長室』
「負けたな」
「はい、総長。しかし総長が第2機動部隊を第1機動部隊へ参加させる事を強硬に主張していなければ、事態はもっと悪くなっていたでしょう」
自分がポツリと呟いた言葉に福留部長が反応した。慰めにもならんが気遣いは嬉しい。
だが負けた以上、甘ったれた事は言っていられない。
「世辞はいい。それよりもこれからどうするかだ」
「幸い敵の空母も多くが沈みました。すぐには攻勢に出てくる事はないでしょう。
その間に空母の整備を急ぎませんと」
福留部長が「作戦の神様」と呼ばれているのは伊達じゃない。打てば響くように答えが返って来る。
「そうだな。
問題は連合艦隊司令部だ。
連合艦隊司令部と陸軍が乗り気になっていたハワイ攻略は今回の敗北で流れる事になるだろう。
だが連合艦隊司令部の攻勢の方針は変わらんだろう」
「おそらくは……」
福留部長が大きく頷く。
この際だから自分の意のある処を言っておこう。
「福留君、こういう結果になった以上、軍令部は守勢の準備を強く推進しておくべきだと思う」
「守勢でありますか」
以外そうな顔をした。攻撃こそ最大の防御と考え「MI作戦(ミッドウェー島攻略作戦)」にも肯定的な自分が方針転換を言い出せばそうなるか。
だがミッドウェーで大負けした以上は方針の変更も仕方がない。
「そうだ。今回の負けを取り戻すためにも連合艦隊司令部は攻勢に出たがるだろう。現在、修理中や改装中の空母が戦線に参加できるようになれば尚更その傾向は強まる筈だ」
「確かに」
「それで勝てれば問題は無い。だが今回のようにまたもや突っ走って返り討ちにあったらどうなる。日本の建艦能力はそれほど高くはないぞ。次も今回のような負けを喫せば……」
「総長の仰る通りです。危機的状況に陥いる事になるでしょう」
「転ばぬ先の杖だ。連合艦隊の主要な兵力を頼らずに最重要拠点を繋ぐ最低限の防衛線の策定と、その防衛計画を練り上げてみてはくれんか。私の方も独自に計画を練り上げてみる」
「わかりました。早速取り掛かってみます」
「うむ。頼んだぞ」
福留部長が退出した扉をそのまま見つめながら考える。
さてどうなるか。
この会話の流れのままにソロモン諸島への進出が抑えられればいいのだが。
それはそれとして、防衛ラインはどうしたものか……
このまま状況が推移すれば必ずや必要になるだろう。
ここはやはりあの男の案で行くか。
史実において戦後、
「(もし、陛下が自分に参謀総長を命じたならば、日本はアメリカに絶対に負けなかった)」
と言い放ったあの男の案を素案にするか。
「(訓練よく団結よく作戦よろしければ必ずしも兵数の劣弱を恐れるものではありません。例えば今次太平洋戦争において、日本の戦力はアメリカに対して非常に劣弱でありましたけれども、作戦よろしきを得れば、必ずしも敗北するものではなかったと私は信じております)」
と言い放ったあの男の案を素案に。
あの石原莞爾が東京裁判の事情聴取で言っていた案だ。
現代であの証言記録を読んだ時には負け犬の遠吠えにもほどがあると吹き出したものだが。
だが、防衛戦略の素案としては悪くない。
ソロモン、ビスマーク、ニューギニアを放棄して戦線を縮小し、西はビルマからスマトラ、フィリピン、サイパン、テニヤン、ガムのラインに強固な防衛線を張り何年でも粘り、その間に蒋介石と講和して東亜を一丸と成し、米国との講和に臨むという案だ。
戦線を縮小して内線の利を高めれば防衛ラインの戦力層を厚くできる。
ビスマーク諸島の放棄は是認できないが、ソロモンやニューギニアには進出しない方が賢明だろう。
だがなぁ今回の歴史では別に気になる点が一つある。
何故、マッカーサー将軍が罷免された?
自分がまたもや憑依だか転生だかトリップだかの、わけのわからん現象で永野修身軍令部総長となったのは今年1942年の元旦の事だ。
それから「MI作戦(ミッドウェー島攻略作戦)」直前までは対外的に歴史を変えるような事は何もしていない。
自分の動き以外でも日本でアメリカの歴史が変わるような動きがあったようには見えない。
なら原因はアメリカだろう……
マッカーサー将軍がオーストラリアで南西太平洋方面軍最高司令長官とならないとなると、厄介な事になるかもしれん。
まったくマッカーサー将軍だったら勝手に内部不和を起こすは、戦力を分散させるはで楽だったのに。
一応、備えだけはしておくか。心もとない備えしかできないが。
まぁやらないよりはいいだう。
【つづく】