兄妹の旅立ち
むかあし、むかし。どこかの青い空の下。
「お兄ちゃん、それ、あたしのよ!」
「ちょっとくらいいいだろ、グレーテルばっかりずるいもん」
「お母さまにもらった大事なペンダントなの! ……ヘンゼルのばかぁ! かえして!」
ヘンゼルとグレーテルという、それはそれは元気な兄妹がいました。
「こらこら、けんかはだめですよ。ヘンゼル、グレーテルにペンダント、かえしてあげなさい」
「ちえっ。はあーい」
「もう! ……いじわるばっかりやめてよね」
「おうい、帰ったぞう」
「あっ、父さんだ!」
「お父さま、おかえり!」
二人は、やさしい母と、しっかり者の父と四人。森の近くの家に住んでいます。
「お肉をもらったんだ。よかったら食べてくださいって」
「あら、まあ! 晩ごはんは、お肉を焼きましょうね!」
「やったあ!」
「お母さま、あたしもてつだう!」
貧しいながらも、おだやかに仲よく、四人は暮らしていました。
しかし、ある夜のこと。
「グレーテル、グレーテル! おきて!」
「……どうしたの、お兄ちゃん」
「いいから、おきろって!」
眠っていたグレーテルを、ヘンゼルが小さな声で起こしたのです。
すると、二人が寝ていたとなりの部屋の、母と父の会話が聞こえてきます。
「……じゃあ、二人には、家を出てもらうしかないわね」
「……そういう事になるな」
いつもとはちがう声色で話す、母と父。その内容に、二人は顔をみあわせます。
二人が聞いているとは知らないで、母と父は話をつづけます。
「いつにしようかしら?」
「そうだな、……二日後でどうかな」
「そうね。早い方が、良いものね」
そう母が言ったところで、グレーテルがヘンゼルの服を引っぱりました。
「お兄ちゃん、あたしたち、お家を出ないといけないの……?」
不安そうなグレーテルに、ヘンゼルは何も言うことができません。
「お母さまとお父さまは、あたしたちがいらなくなっちゃったのかな……?」
やがて、ヘンゼルはグレーテルの両手をにぎりしめると、まっすぐ見つめてこう言いました。
「母さんと父さんにおいだされる前に、いっしょに家を出よう、グレーテル」
「そんなあ……!」
ヘンゼルは、今にも泣き出してしまいそうなグレーテルの頭を撫でます。
「二人でいっしょなら、だいじょうぶだって。な? グレーテルと、おれと二人ならだいじょうぶ」
ヘンゼルは、グレーテルに、そして自分に言い聞かせるようにそう言いました。
母と父の話を聞いて、かなしいのはヘンゼルも同じです。しかし、グレーテルの兄として、そんな素振りを見せることはしませんでした。
「……うん」
やがてグレーテルがうなずいたのを見て、ヘンゼルはいっそう顔をひきしめます。
「じゃあ、朝になって目が覚めたら、家を出て行くじゅんびをしよう。ひつようなものをかばんにつめるんだ」
「わかった……」
二人はベットにもぐりこんで、小さな声で話をつづけます。
「食べ物と、あたたかいおっきな布と、あとはなにがひつようなんだろう」
「小さいランプ。夜は、くらいから」
「そうだな」
「ペンダント、どうしよう……」
「ひも、あげるからさ。首にかけてもっていきなよ」
「……ありがとう、お兄ちゃん」
そうして、次の日の夜。
ヘンゼルとグレーテルは、まあるい月に見守られながら、窓から家を出て行ったのでした。




