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白い服の少女

 翌日、テレビや新聞は競って、小学校で発見された白骨死体について報じた。

 三十年前に埋めたタイムカプセルの発掘作業中に、少女の骨が見つかったという衝撃的な出来事は、マスコミにとって格好のネタであった。

 田舎町にはヘリコプターが飛び、中継車が押し寄せて付近の道路は大渋滞するほどであった。

 そんな中、多喜子から電話があった。

「沢渕くん、今晩空いてる?」

 多喜子の意図はすぐに汲み取れた。

「特に予定はないけど」

「それじゃあ、うちに夕飯食べに来ない?」

 さすがに、そこまでは予想していなかった。

「迷惑じゃないのかい?」

「ううん、全然構わないわ。実はお父さんが沢渕くんに会いたがっているのよ」

 思った通りである。それならもちろん返事は決まっている。

「じゃあ、行くよ」

「よかった。じゃあ、美味しい料理を作って待っているから」

 最後は嬉しそうに電話を切った。

 多喜子の父親、知輝ともきとはいずれ会うことになると思っていた。

 彼は小学校の校庭から少女の白骨死体が出た際、現場にいた責任者である。以前ある事件で、探偵部のことは全て伝えてある。よって警察とは別に捜査の依頼が来ることは大方予想ができていた。

 今回、探偵部員の親族に事件の関係者がいるという、極めて珍しいケースである。これを最大限に利用しない手はない。

 それからすぐ、森崎叶美(かなみ)から電話があった。

「沢渕くん、凄い事件が起きたものね。今、学校付近は大混乱になっているわよ」

 彼女は珍しく興奮気味である。

「学園祭の打ち合わせがあって、学校へ向かっていたのだけど、坂の手前の小学校付近は報道関係者がいっぱいで先へ進めないのよ」

「へえ」

 確かにテレビの生中継を見ると、警察とマスコミで道路はほとんど閉鎖されている状態だった。

「それで今日の打ち合わせは中止。先生から学校には来ないようにってお達しが下ってるわ」

「そうなんですか」

「何でも、地中から少女の白骨死体が出てきたらしいけど、これって音楽準備室の亡霊と何か関係があるのかしら?」

「まだ詳しい状況が分かりませんから、何とも言えません」

「本当に大丈夫かしら?」

「何がですか?」

「もし二つの事件が繋がっているとしたら、とんでもない大事件ってことでしょ。果たして私たちの手に負えるものなのかなって」

「実は、佐々峰姉妹のお父さんがこの小学校の卒業生で、昨日はどうやら現場に居合わせたらしいのです」

「本当に?」

 叶美は心底驚いたようだった。

「それで、今晩お父さんから話を聞くことになっています」

「沢渕くんは、いつも段取りがいいのね」

「いや、多喜子さんの方から誘われたのです」

「ふうん、やっぱりね。沢渕くんはタキちゃんとは仲がいいからね」

 それはどこか含みのある言い方だった。

「いや、お父さんから直々のご指名です」

「あら、そうなの」

 それから、やや明るい声になって、

「明日、探偵部の捜査会議を開きましょう。その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

「分かりました」

 沢渕は電話を切った。

 直貴やクマからも立て続けに電話があった。内容はいずれもマスコミが報道している事件について意見を求めるものであった。


 夜になると、沢渕はバスを乗り継いで多喜子のアパートに向かった。

 以前、一度来たことがあったが、どこまでも同じ景色が続く広大な団地群なので、目当ての棟がどれだか分からなくなってしまった。

 そこで多喜子に電話をすると、遠くで手を振る女子の姿が見えた。一棟分ズレた場所から助けを求めていたようだった。

 多喜子の案内で二階に上がった。スチールドアの軋む音とともに部屋に入れてもらった。

 父親はすでに仕事から帰ってきていた。姉の奈帆子も顔を見せた。

「いらっしゃい」

 知輝は笑顔で迎えてくれた。

「いつも娘たちがお世話になってます。特に多喜子は君のことが気に入っているみたいだから、今後も仲良くしてやってください」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 両者はテーブルを挟んで頭を下げ合った。

「何だか、結婚の許可をもらいにきた恋人みたいね」

 奈帆子が言うと、

「ちょっと、お父さんもお姉ちゃんも変なこと言わないでよ、もう」

 多喜子が台所で料理の手を止めて言った。なぜか顔を真っ赤にしている。それを姉に指摘されると、コンロを使っていたから当たり前だと怒った。

 4人での夕食となった。

 多喜子の作った料理は見た目からして食欲をそそり、実際どれも美味しかった。それを褒めると、彼女はレシピは頭に入っているので、手際よく作ることができるというようなことを言った。

 知輝が沢渕に学校生活の色々な質問をして、それに答えながらの食事となった。多喜子は父親に何か変なことを言われるのではないかと気が気でない様子だった。時折、奈帆子が茶々を入れてくる。沢渕は笑いの絶えない家族を微笑ましく思った。

 食事が終わってテーブルの上が片付くと、

「沢渕くん、そろそろ本題に入ろう」

 と父親が切り出した。

「昨日、私の母校の小学校で同窓会があってね。そこで三十年前に地中に埋めたタイムカプセルを掘り出すイベントが行われたんだ」

 多喜子がコーヒーを淹れてきた。それを飲みながらの話になる。

「その先は、マスコミで報道されている通りだ。少女と思われる白骨死体が発見された」

「まだ身元は分かっていませんね?」

「警察が調査中なんだが、どうも私のクラスの子のような気がしてならないんだ。なにしろ、うちのカプセルだけが消えていて、その代わりに死体が出てきたのだからね」

 知輝は困った顔をした。

「死体を発見したのは、どなたですか?」

「松島という5組の学級委員だった奴だ」

「どのように発見したのですか?」

「土が硬かったので、代わる代わるスコップで掘り起こしていたんだ。すでに3個のカプセルが見つかっていたのだが、すぐ隣から骨が出てきたという訳なんだ」

「人骨はカプセルと並んで埋めてあったということですか?」

「そうだね。しかし当時は5つのカプセルを隙間なく並べたはずなんだ」

「人骨が発見された深さ、つまりカプセルを埋めた深さはどのくらいですか?」

「そうだなあ、地上から約五十センチってとこだな」

「カプセルが一つ抜かれていて、その空間に人骨があったのですね」

「そうだね」

「もう一度確認しますが、死体はカプセルの上や下ではなく、カプセルと同じ深さで見つかったということですね?」

「うん。そうだよ。本来うちのクラスのカプセルが埋めてあったところだ」

「沢渕くん、どうしてそんなことに拘るの?」

 奈帆子が遠慮なく訊いた。

「少女がその地中に入れられた経緯を考えてみたのです」

「と言うと?」

 今度は多喜子。

「タイムカプセルの下にあったのなら、犯人は一度カプセルを全部掘り出してから少女を埋めてまた戻したことになる。それはかなり大変な作業だと思うのです。一方、上にあったのなら、割と作業は楽なのかもしれない。カプセルの深さまで掘り起こさなくてもいいからです」

 犯人はカプセルを一個取り出してから作業をしている。これにはどういう意図があるのだろうか。

「まさか、お父さん。当時作業中に誤って穴に落ちた子がいるんじゃないでしょうね」

 多喜子がそんなことを言うと、

「バカだな、お前は。そんなのすぐに気づいて引っ張り上げてるだろう」

「そりゃ、そうよね」

 沢渕は机の上のデジタルカメラに目を遣って、

「昨日はあれで写真を撮られたのですか?」

 と尋ねた。

「そうだよ。まだ印刷はしてないんだが、見るかい?」

「ぜひ」

 沢渕は知輝の許可を得て、写真を液晶画面に表示させた。同窓会の始まる前から記録が始まっていた。会場準備、受付、教室での食事などが続く。

 それから校庭での集合写真が出てきた。同窓会の参加者全員が三列に並んで写っている。失敗がないように、数枚同じアングルで撮られていた。

 沢渕はふと手を止めた。同窓生の中に異質な存在を見つけたからである。

 白い服を着た少女だった。最後尾の端っこにぽつりと立っている。中年に混じって彼女だけが浮いて見える。

 その部分を拡大してみた。

 一昨日、多喜子と見掛けた少女、その人だった。あの時は小学校の校庭に一人佇んでいた。なぜここにいるのだろうか。

「この人は誰ですか?」

「ああ、当時の校長の孫娘という話だ」

「孫娘?」

「そう。校長が高齢のため参加できないから、代わりに来ましたとか言ってたなあ」

 この記念撮影の後、白骨死体が白日の下にさらされることになる。彼女はそれを予見して、ここに来ていたのだろうか。

 沢渕はしばらく彼女の顔を見つめていた。

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