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タイムカプセル

 佐々峰知輝(ともき)は母校の小学校を訪れた。実に三十年ぶりのことである。この日は同窓会で、当時の6年生と恩師が一堂に会した。

 知輝は人知れず、その準備を数ヶ月前から進めてきた。彼は当時、6年2組の学級委員長を務めていたからである。この会を成功させるために、他のクラスの代表と連携して入念に事を運んでいたのだ。

 なにしろ三十年来の同窓会である。すべきことは山ほどあった。

 まずは恩師に連絡を取るところから始めた。

 小学校に連絡を取り、何人かの教師をリレーして当時の担任の消息を突き止めることに成功した。しかし他のクラスについては、すでに亡くなられた方もいて、この先の困難を予感させた。

 次に同級生の招集である。

 当時、第二次ベビーブームを迎えており、どこの小学校も飽和状態だった。知輝の小学校でも児童数は軽く千人を超え、各学年が五クラスを抱えるほどの大所帯であった。

 当然教室の数も不足し、どの学校も校舎の増築を迫られていた。

 今では考えられないことだが、教室の確保が急務となり、使用頻度の少ない図工室や理科室を教室として使用するほどであった。

 そんな時代背景もあり、2組の卒業名簿には四十五人の名前が載っていた。その一人ひとりに、我慢強く連絡をつけていった。

 大方予想はついてはいたが、結局のところ生徒全員に連絡をつけることはできなかった。

 なにしろ三十年という月日は長い。結婚などで名前の変わった者や、転居によって現住所が分からぬ者も続出し、連絡そのものが困難を極めたのである。

 それでも知輝は諦めなかった。友人や家族の情報を元に、半分ほどの生徒に同窓会の告知をすることができたのである。


 気がつけば、その日を迎えていた。

 果たしてやれるべきことは全てやったのだろうか。責任感の強い知輝は何度も自問自答した。

 日曜の午後、同級生が続々と集まってきた。招待状を送った恩師、生徒の数は約百五十名。それに対し、参加の意志を表明した者は三十人。これを多いと見るか、少ないと見るか。

 いずれにせよ、小学校を卒業してから三十年、誰もが一言では語り尽くせない人生のドラマを持っていることだろう。時計の針を戻して、そんな苦労話を共に語ることができたらどんなに素晴らしいことか、知輝はそう考えていた。

 受付に立っていると、懐かしい顔があちこちに現れた。一瞬で三十年という時を飛び越えていた。知輝にとって、苦労が報われる瞬間でもあった。

 今日の同窓会は、当時6年生で使っていた教室で昼食をとった後、校庭に埋めたタイムカプセルを掘り起こすイベントが企画されていた。

 廊下を歩いていくと、今は使われていない教室が目立った。そのまま空けておく訳にもいかず、学年交流の場や読み聞かせの場として使っているのだという。

 誰もが自分の教室の位置を正確に言えなかった。校舎自体は当時のままなのに、すっかり記憶は遠のいているのであった。

 食事をとって、いよいよ、タイムカプセルの掘り起こし作業に移った。

 同級生たちは校庭に集まって、整列して記念写真を撮った。

 さすがに三十年の月日は、当時の記憶を全て洗い流してしまっていた。最初はカプセルを埋めた場所さえ分からない状態だった。しかし児童会で作った「地図」が発見され、どうにか掘り出しイベントにこぎ着けたという経緯がある。

 知輝には、実はもう一つの不安があった。

 他の小学校が行った発掘作業では、地中の湿気がひどく、カプセル内の文書が水分を吸って、ボロボロになってしまっていたと聞かされていた。もしそのようなことになれば、同窓会も盛り上がらない。これについては、実際に作業をしてみないと、どうなるのかは予測不能であった。

 「地図」に示された場所は、幸いにもコンクリートで塗り固められてはいなかったが、土壌がまるで石のように硬く、掘り起こし作業にはいささか時間を要した。

 当時の6年生たちが見守る中、知輝は他の男性らと交代しながら土を掘り起こした。果たして、カプセルには何を入れたのであろうか、誰もがまるで子どもに返ったような顔で期待に胸を膨らませていた。

 突然、スコップが地中でカツンと乾いた音を立てた。

 何かにぶつかったようだ。タイムカプセルに違いない。

 どこかで歓声が上がり、卒業生らは我先にと周りを囲んだ。知輝の記憶では、タイムカプセルはクラスごとに5個用意され、先生用の小さなカプセル1個と合わせて、計6個が埋められているはずだった。

 今、最初の一つが取り出された。発掘者が高々と空に掲げる。校庭に盛大な拍手が響いた。

 続いて二つ目が出てきた。三十年経った今でも当時のカプセルはしっかりと残っているものなのだ。知輝は感心した。ここまで来たら、同窓会は大成功と言えるだろう。

 三つ目が天高く持ち上げられて、また拍手が沸いた。

 しかし次の瞬間、

「あっ!」という短い声が上がって、作業中の男性が突然地面に伏せた。

 何か異変が起きたのだ。知輝もスコップを投げ出して、深くえぐられた穴に目を遣った。

 ここは児童の夢が詰まったカプセルを埋めた、いわば神聖な場所である。他に埋めた物など何もない。

 いや、あろうことか、土の中に見え隠れしているのは、白い骨だった。しかもそれは一本だけではない。小さな頭蓋骨をはじめ、人体一式が揃っているのだ。

 知輝は目を疑った。

 そんな馬鹿なことがあるものか。大きさからして、人骨は子どものものである。ここに埋められているということは、連絡のつかなかった卒業生の誰かということになるのか。

 頭が混乱した。

 知輝は当時の責任者の一人である。これがもし生徒の中の一人だとしたら、自分に責任の一端があるように思えた。

 どこかで女性の悲鳴がした。一体何が起きたのかと、卒業生らはみな穴に殺到していたのだ。

「おい、何も触るな。警察を呼ぶんだ!」

 知輝は厳しい口調で言った。


 同窓会はそこで一旦打ち切りになり、後日に延期された。集まった人々も、ほとんどが帰っていった。

 今残っているのは、実際に掘り起こし作業をした男性数人と、同窓会を企画した当時の学級委員たちだった。

 警察が到着して、丁寧に人骨を掘り出した。そしてその後で、残りのタイムカプセルも地中から取り出された。

 鑑識官によると、人骨は幼い女性のもので死後何十年も経過しているということだった。知輝は警察に心当たりはないかと尋ねられたが、そんなものがあるはずがない。

 警察による現場検証が慌ただしく進められる中、夏の夕陽を受けて、タイムカプセルが校庭の片隅に静かに並べられていた。

 知輝はおやっと思った。

 カプセルが一つ足りないのだ。缶にはマジックでクラス名が書かれている。不足しているのは、自分のクラス、6年2組のものだとすぐに分かった。

「すみません、缶が一つ足りないのですが」

 知輝は近くの警官に申し出た。

「いえ、これで全てですよ」

 そう答えが返ってきた。

 しかしそれはあり得ないのである。確かに5個の大きなカプセルと1個の小さなカプセルを埋めたのである。それは間違いない。当時の目撃者も大勢いる。一つ足りないとはどういうことなのだろうか。

「地中に埋められていた物は、これで全てです。調査のためにもう少し深く掘ってみますので、後から出てくるかもしれません」

 警官はそう言ったが、それはおかしいのだ。なぜなら、カプセルは各組一列に並べて埋めたのである。よってその深さは同じでなければならない。

 そこで知輝は思い至った。

 2組のカプセルの代わりに少女の人骨が出てきたということは、カプセルが少女にすり替わったということである。つまり、その人骨は2組の生徒の誰かということにならないだろうか。

 知輝は泣きたい衝動に駆られた。

 これは、開けてはならない扉を、自らの手で開けてしまったのではないだろうか。そして少女は三十年間この時が来るのをじっと待っていた。果たして彼女は我々に何を伝えようとしているのだろうか。

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