5冊の週刊誌
鹿沼武義の記事が載った週刊誌が全国一斉に発売された。
少女の白骨化死体で幕を開けたこの事件がついに解決した瞬間であった。三十年前、寺間誠一郎が起こした誘拐殺人事件は詳細にわたって報道されたのである。そのために反響も大きかった。
再びマスコミ各社は小さな町に押し寄せた。市会議員はマスコミのカメラの前で罪を認め、謝罪会見をした。彼は当然、議員を辞職することになった。今はもう補欠選挙の話が持ち上がっている。
娘の典子については実名報道されなかったが、マスコミの取材力とは凄いもので、程なく彼女の家の前にも報道陣が集まった。コメントをもらおうとテレビ局は連日張り込んだが、彼女がカメラの前に姿を見せることはなかった。
地元の警察は、寺間誠一郎と館岡典子に任意で事情聴取を行った。この誘拐殺人事件は発生後三十年が経過しているため、時効が成立しており、彼らが刑事罰に問われることはなかった。
この事件を解決に導いたとして、鹿沼はテレビのワイドショーやニュースに引っ張りだこだった。
彼は記事の多くは独自取材によるものだと語り、山神高校探偵部の存在は口にしなかった。これは沢渕晶也からの要望でもあった。久万秋進士や橘雅美はこれには不満を漏らしたが、そもそも探偵部は秘密の存在であり、それは仕方ない処置であった。
9月に入って、夏休みも終わり、再び学校生活が始まっていた。
しかし考えてみれば、探偵部はこの期間、亡霊の撮影に始まり、捜査、張り込み、そして容疑者の確保など目の回る忙しさだったため、あっという間の夏休みだった。
特にクマは、自分の柔道大会そっちのけで箕島紗奈恵の警護に当たったこともあり、柔道部の顧問や部長からは相当つるし上げを食ったという。その理由を訊かれても、彼は秘密を守り通した。これは森崎叶美に釘を刺されていたというのが、本当のところであった。
昼休み、探偵部が化学準備室に集合していた。
机の上には、例の週刊誌が5冊も置いてある。
「どうして同じ雑誌がこんなにもあるのよ?」
橘雅美が当然の疑問を口にした。
「私は部長として一冊買ってきたけれど、他に誰が買ったの?」
多喜子がそろりと手を上げた。
「私です。記念になると思って一応」
「僕も内容を検討したいから、一冊買ったけど」
と堀元直貴。
さらにクマが身体を揺すりながら、
「俺も一冊買ったぜ。ひょっとして、俺と紗奈恵さんが一緒にいるところを隠し撮りされていては堪らんからな。それをチェックするためさ」
「芸能人のゴシップ記事じゃないんだから、そんなの載ってる訳ないでしょ」
雅美がすかさず突っ込みを入れる。
「あと、もう一冊は?」
叶美が聞くと、
「沢渕くんじゃないでしょうか? 記事に関しては一番気にしてましたから」
と多喜子。しかし、その当人はまだ部屋に現れてはいない。
奥の部屋から声が聞こえた。
「それは、私のだよ」
初老の鍵谷笹夫だった。
「先生、いらっしゃったんですか」
叶美が驚きの声を上げた。
「そもそも、この部屋は私の居場所なんだが」
鍵谷は隣の部屋から出てきて、みんなの前に顔を出した。
「危ない、危ない。ちょうど今、化学の実験レポートを誰か写させてくれって頼むところだったよ」
クマが五分刈りの頭を掻いた。
「あんた、正直ね。自分で悪事をバラしてるじゃないの」
雅美の的確な指摘にみんなが笑った。
「ところで沢渕くんがいないけど」
叶美が部屋の中を確認して言った。
雅美がいたずらっ子の目になって、
「いい、みんな見ていて。どうせ沢渕くんも一冊持ってきて、合計6冊になるから」
すると扉が開いて、お待ちかねの沢渕晶也が顔を見せた。
「すみません、遅れました」
そう頭を下げる後輩に、
「あれ、何も持ってない!」
雅美が指摘した。
「沢渕くん、鹿沼さんの週刊誌買ってないの?」
多喜子がすぐ隣で訊くと、
「そんなの買ってないよ」
やや困惑した顔で答えた。
「ここにたくさんあるじゃないですか」
と一冊を手にした。
週刊誌には、亡くなった箕島校長も当時の被害者として扱われていた。寺間に仕組まれた偽装交通事故のあと、月ヶ瀬みなみの遺体を埋めたという記述はなかった。
確かにそれを書けば、校長ともあろう立場の人間がどうして児童の遺体を土に埋めて隠したのか追求しなければならない。
妻は子どものできない体でありながら、あの翌日は出産予定日だった。だから校長は学校に置き忘れたカメラを取りに戻った。箕島が五十を過ぎて授かった子どもであり、その喜びもひとしおだったであろう。
箕島校長は交通事故を起こしてしまい、警察に出頭すれば、妻はショックのあまり流産するかもしれないと心配になったはずである。それでも真面目な彼は、数日後警察に出頭するつもりでいたのかもしれない。あるいは家族に心配かけまいと、その時点で責任を取っての自殺を考えていたのかもしれない。
しかしそのような箕島家が抱える悩みを公にする必要はない。箕島校長はやはり被害者だったのだ、沢渕はそう思った。
それにしても、鹿沼というライターは大したものである。あの締め切りぎりぎりのタイミングで原稿を全て書き替えたのである。それについては感心せざるを得なかった。
翌日、放課後を迎えた途端、沢渕の携帯にメールが着信した。
見ると、「校門」とだけ書かれている。
これは集合場所を伝える探偵部、部長からのメッセージである。同じ教室内にいる多喜子の方に目を遣ると、彼女も我が意を得たりという顔で席を立った。
二人して校門へ駆けていくと、そこには箕島紗奈恵と父親が並んで立っていた。叶美が何やら話をしている。
父親は沢渕に気づくと、深々と頭を下げた。それに倣って紗奈恵も同じようにした。校長が亡くなった日に電話でお悔やみを言ってあるが、直接会うのは久しぶりだった。
「探偵部のみなさん、そして沢渕さん。この度は色々とお世話になりました」
父親が口を開いた。
「校長の前で真実を伝えると約束しておきながら、それができなかったことをお詫び申し上げます」
沢渕は頭を下げた。
「いいえ、祖父は動画を通して真実を知ることができました。ですから、お約束は守ってくれたと思っています。ありがとうございました」
「おじいさまには聞こえていましたか?」
「はい。私には分かりました。顔に変化を感じ取れたのです。それは気のせいかもしれませんが、何か心に響くものはあったと思います。私には分かるのです、大切な祖父ですから」
実は紗奈恵は養子縁組で箕島家に来た娘である。血のつながりはないものの、彼女の祖父を思う気持ちは本物だと思った。
「祖父は、月ヶ瀬みなみさんを死なせてしまって懺悔しかない人生でしたが、ようやく誤解に気づいて晴れ晴れと天国に旅立つことができました。本当に探偵部のみなさまには感謝の言葉もありません」
紗奈恵の目から涙がこぼれた。
「娘に訊いたのですが、探偵部とは隠密のクラブだそうですね。今回のお礼として、部費をいくらか寄付したいと思いますが」
父親が真剣な表情で言う。
それには叶美が応える。
「それには及びません。探偵部の運営は昔から細々と行われております。その伝統はこれからも守っていきますので。お気持ちだけ受け取っておきます」
それは部長としての固い意志だった。




