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亡霊の捕獲

 当時、寺間誠一郎は月ヶ瀬庄一に娘を返せと迫られ、もみ合った末に彼を殺害してしまった。その後、プレハブ小屋から脅迫の際に使ったカセットテープが持ち去られていることに気づいた。寺間は事件の証拠となり得るテープを求め、校舎内をくまなく探し回ったに違いない。

 しかし、彼が学校に出入りできる期間は限られていた。事件から数ヶ月が経過し、増築工事が完了したため、校舎に立ち入ることができなくなってしまったのである。

 寺間は考えた。これだけ探しても見つからない理由は、すでに学校内には存在しないということである。そこで思い至ったのは、山神高校へと委譲されたグランドピアノである。テープはその中に巧妙に隠されていたのではないだろうか。特に娘はピアノの愛好家だったから、娘を偲んで証拠もそこに隠したことは十分に考えられた。

 最初は寺間自身が山上高校に侵入して、グランドピアノを調べていたのかもしれない。しかし娘の典子が成人になると、彼女の前で全てを白状したのではないか。その頃には市会議員になっていたこともあり、娘は父親の懺悔を受け止め、自ら亡霊役をかって出た。

 それから毎年夏になると、音楽準備室に侵入し、グランドピアノの鍵盤を叩いて異常な箇所を調べていたのである。つまりその場所に異物、すなわちカセットテープが隠されていると考えた。

 そこで、沢渕は典子に鎌をかけた。

 山上高校のグランドピアノが、近々解体処分されることをほのめかした。さすがに解体されては、中から証拠が出てきてしまう。その前に回収に来るよう仕向けたのであった。


「おい、森崎。毎晩毎晩、深夜に校舎に侵入して、これって許可は取ってあるんだろうな?」

 クマが闇の中、押し殺した声で言った。

「許可なんて、取れるわけないでしょ」

「しー、二人とも静かに」

 雅美の声が真っ暗な廊下の先まで響いた。

「亡霊は本当に現れるのでしょうか?」

 多喜子の不安な声。

「現れてくれなければ、困るよ」

 と直貴。

 時刻は午前0時。

 探偵部員は指定された持ち場についた。これでもう3日目になる。一昨日、昨日と亡霊は現れなかった。果たして今夜はどうであろうか。鹿沼と約束した期日は、明日の正午に迫っていた。今夜典子が現れなければ、敗北は濃厚だった。

「おい、入口班応答しろ」

 クマが呼びかけた。彼が今回の任務の指揮官である。

 直貴が応える。

「こちら入口班。とはいっても、一人だけなんだが、今のところ異状なし」

「おそらく亡霊は裏口の鍵を開けて、まずはブレーカーを落とすはずだから、よく見張っていろよ」

「それは心得ているが、真夜中の校舎内で無線機を使うのはあまりよい作戦とは言えないよ。丸聞こえだからね」

「確かにそうだな。これ、店から持ってきた業務用無線だからな。音がデカいんだよ」

 そこへ沢渕の声が割り込んできた。

「直貴先輩、ブレーカーが落とされても報告はいりません。例の非常灯が消えますから、みんな分かるはずです」

 さらにクマの指示が続く。

「それから、亡霊には絶対気づかれるなよ。音楽準備室まで上がって来てもらわないと困るからな。我々の張り込みに気づいて、手前で逃げられたら目も当てられん」

「了解」

「女子トイレ班、タキは起きているか?」

 クマが呼びかけた。

「まさか、こんなところで寝たりしませんよ」

 多喜子のやや怒った声。

 2階の階段横にある女子トイレに多喜子を一人配置してある。彼女にだけは刺股さすまたを持たせてある。万が一、亡霊が逃げたとき、すかさず飛び出して押さえつける作戦はクマの発案である。

「でも、私、こんな道具の使い方知りませんよ」

 多喜子は情けない声を出した。

「だから、明るいうちに橘に教えてもらえって言ったんだよ」

 それには雅美がすかさず、

「私も知らないって。あれって相手に投げるの?」

「アホか。あんな細長い棒が当たる訳ないだろ」

 クマは大声で怒り出した。

「だから、しー」

 今度は叶美が黙らせた。

「私とタキちゃんはね、体操部に家庭部というお嬢様なの。あんたみたいに誰でもかんでも投げ飛ばす乱暴者とは違うのよ」

「なんだと~」

「もう静かにして!」

 叶美が大声で叫ぶ。

 音楽室では、叶美と沢渕が教室の両端にそれぞれ身を隠していた。

 そしてグランドピアノの置いてある準備室にはクマと橘雅美が隠れている。二人とも楽器ケースの隙間に収まっていた。

「いいか、亡霊がグランドピアノの鍵を開けて鍵盤を叩く。そして最初の音が出た瞬間に飛び掛かるんだぞ、手順を間違えるなよ」

「分かっているわよ」

 雅美が面倒くさそうに言った。

「それから、森崎と晶也は亡霊が逃げないようにドア付近を固める、いいな」

「はい」

 沢渕が返事をした。

「森崎、返事は?」

「はいはい」

「ここでは、俺が隊長なんだぞ。俺の指示には忠実に従え」

「分かってます」

 叶美は一本調子で答えた。

 奈帆子だけは校舎の外、駐車場に停めた軽自動車内で待機していた。もし犯人が車で逃走した際に追いかけるためである。

「今のところ、駐車場も異状なしよ」


 午前1時、2時とゆっくり時が過ぎていった。しかし誰も現れる様子はない。

「おい、本当に今夜亡霊は来るのか?」

 クマ隊長はだんだん弱気になってきた。

「大丈夫、必ずやって来ますよ」

 沢渕は自信を持って応答した。

 午前3時を少し回ったところだった。

 一階裏口付近に身を潜めていた直貴がドアノブに鍵が差し込まれる音を聞いた。いよいよやって来たのだ。これが罠とも知らずに。

 今、椅子の上に乗ってブレーカーに手を掛けたようだ。パチンと乾いた音が響いた。

 声を出せないので報告はできないが、非常灯が消えたことで、メンバーは全員気づいていることだろう。いよいよこの時が来たのだ。直貴は胸を躍らせた。

「どうやら、来たようですね」

 沢渕は部屋の奥にいる叶美にささやいた。

「そのようね」

 しばらくして廊下を歩く足音が徐々に大きくなってきた。当然ながら、これは亡霊などではない。しっかりとした足取りでこちらに向かってくる。

 今、音楽室のドアが開かれた。

 亡霊はやや慌てているようだ。明かりをつけることなく、膝立ちもせず、準備室に向かった。

 ドアを開け放ったまま、グランドピアノまで一直線に進む。

 クマと雅美は準備できているだろうか。

 鍵が差し込まれた。そして天板が持ち上げられる。

 さあ、ピアノの音が鳴った。

「そりゃー」

 雄叫びと同時に二人の人間が亡霊を挟み撃ちにした。直ぐさま叶美と沢渕も隣の部屋へと駆け込んだ。

 クマは柔道技で見事に亡霊の身体を押さえ込んでいた。必死にもがくも、まるで身体の自由がきかない。雅美は跳ね返されないよう、両足をしっかり掴んでいた。

 叶美が無線機のスイッチを入れた。

「亡霊を確保したわ。直貴、ブレーカーを戻して」

「了解!」

 沢渕は準備室の明かりを点けた。

 侵入者は頭からベールのような物を被っていたが、叶美がすぐに奪い取った。

 顔が露わになった。

 思った通り、館岡たておか典子の顔がそこにあった。

「直ちに警察を呼んで」


 沢渕は興奮気味の典子と向き合った。

「あなた、わたしを嵌めたのね」

 クマに腕を掴まれながらも、憎悪の眼差しを向けることは忘れなかった。

「いや、別に嘘を言ったつもりはありません。事件が解決したら、このグランドピアノは廃棄すべきものですから」

「しかし、私がここに侵入したからといって、父の犯罪が立証された訳ではないのよ。私は先日娘の学校見学でこの校舎にやって来たけれど、どうやら落とし物をしたようなのでそれを探しに来ただけ。そう言ったら、それ以上追求はできないでしょう」

 女は鋭い眼光で苦し紛れに言った。考えてみれば、彼女も子を持つ母親の身である。しかも探偵部のメンバーの母親とほぼ同年齢なのである。

「あなたは何度となく、この部屋に侵入し、グランドピアノを触って何かを探していた。その際、誰かに見られてもいいように、膝を立てて歩き、子どもの亡霊の振りをした。それを偶然見た生徒たちが、音楽準備室の幽霊として語り継いできたのです」

「そんなことは知らないわ。私は今日初めて来たのだから」

 女は吐き捨てるように言った。

「あなたのほしかったのは、このカセットテープでしょ」

 叶美が目の前に差し出すと、彼女の顔色が変わったのが分かった。

「そんな偽物に騙されないわ」

 沢渕は叶美からテープを受け取ると、

「実は3日前、業者に頼んで鍵を開けてもらい、調律をしてもらいました。多少弦が緩んではいましたが、今では正常に音が出ます。その際にピアノの奥を見せてもらいました。すると実に手の込んだやり方で、テープが木ネジで筐体に取り付けてありました。これだけしっかりと固定してあれば、ちょっと移動したぐらいでは落下することはありません。当然、鍵盤に悪影響は及ぼしませんから、まさか何かが隠されているとは誰も思わないでしょう。月ヶ瀬庄一さんは、実に見事な仕事をしたものです」

「しかし、さっきも言った通り、このピアノからカセットテープ一本出てきたところで、何の証拠にもならないじゃない」

 女は強がって叫んだ。

「確かにその通りです。このテープを直ちに専門家に回し、指紋の採取を依頼しましたが、あっさりと返ってきました。指紋が多すぎて判別不能とのことでした。テープには子どもと思われる指紋が無数についていて、その中から大人二人の指紋を検出することはできないと言うのです」

「ほら見なさい。やっぱり証拠にはならないわ」

 典子は拘束されながらも勝ち誇った声を上げた。

「あとは、テープの中身です。ここには親子と思われる声が録音されていました。今、声紋を分析中です。おそらくあなたとあなたの父親のものと思われます」

「たとえそれが私たち親子の声で、それがどんな内容であれ、殺人を犯したことにはならないでしょう。たとえば何かの小説を読んで録音したものかもしれない」

 確かに彼女の言う通りである。これを寺間誠一郎に突きつけたところで、果たして犯行を認めさせることができるだろうか。

 そこへ警官が二人駆けつけた。叶美が代表で事情を説明する。

 深夜ではあったが、沢渕は鹿沼に連絡を取り、明日市役所の議員控室に来てくれるよう頼んだ。

「どうしてそんなところへ?」

 鹿沼は不満を露わにした。明日ではもう記事の差し替えには間に合わないとも言った。しかし誤った記事を載せるより正しい記事を載せる方が、雑誌の信頼性も上がり、売り上げアップに繋がるのではないかと沢渕は食い下がった。

 それを聞いて、鹿沼は渋々市役所まで来ることに同意してくれた。

 しかし最後に、

「君が無理矢理組み上げた推測では話にならない。証拠を固めた上で、寺間氏から直接証言が得られなければ、記事の差し替えはできないぞ」

 と釘を刺した。

「分かっています」

 沢渕は素直に答えた。

 鹿沼は、期待はせずに待っていると電話を切った。

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