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亡霊との対峙(2)

 タイムリミットは4日後に迫っていた。とにかく時間がなかった。

 この寺間誠一郎が真犯人かどうかは分からないが、当たってみる他なかった。まずは娘の方に揺さぶりを掛けてみることにした。

 沢渕と叶美の二人で典子の家を訪ねた。

 玄関のドアから顔を出したのは、やや神経質そうな女性だった。

(この女が音楽準備室に現れた亡霊なのだろうか?)

 沢渕は撮影したビデオを思い出していた。しかしあのノイズだらけの映像では判定は難しかった。

 山神高校の者だと名乗り、お父様には以前お世話になったと伝えると、二人を支援者と考えたらしく、家の中に招き入れてくれた。

 二人は応接間に通された。そこにはアップライトピアノが置いてあった。

「これはどなたが弾くのですか?」

 沢渕が尋ねると、典子は軽く笑って、

「昔、父に買ってもらったものですが、今は私の娘が弾いております。私なんかよりも音楽のセンスがいいようで、結構上手なのですよ」

「娘さんは、今おいくつでいらっしゃいますか?」

 叶美が訊いた。

「中学3年生で来年受験を控えております。実は山神高校も考えているのですよ」

 叶美は自身が生徒会長であることを伝えて、

「ぜひうちの学校に来て、ブラスバンドをやられてはいかがでしょうか。学校には素晴らしいグランドピアノがありますので、娘さんが実力を発揮するには最適な環境だと思います」

「それは素敵な話ですね。きっと娘も受験勉強に力が入ると思いますわ」

 沢渕は典子の顔をじっと観察していた。グランドピアノという言葉に反応して、眉の形が変化したのを見逃さなかった。

「先輩。せっかくの話に水を差すようで悪いのですが、あのピアノは音が出ない鍵盤があってどこか壊れているそうです。業者に修理を頼むにも、相当古い物で高くつきそうなので数日のうちに廃棄されるって話ですよ」

「ええ、そうらしいわね」

 叶美も合わせる。

「でも大丈夫。うちの学校はブラスバンドには力を入れていますので、またすぐに新しいグランドピアノが届くことになると思います。来年入学される娘さんにとっては、ちょうどいいタイミングになるわ」

 そんな話を興味深く聞いてから、

「では少々お待ちください。お茶をお持ちしますので」

 と典子はキッチンに消えた。

 沢渕は立ち上がって緊張を解きほぐすためか、ピアノの上にある置物を一つひとつ手に取って眺めた。

 叶美が不安そうな眼差しを向けた。

「こんなことして、本当に大丈夫かしら?」

「大丈夫です。僕に任せてください」

 沢渕は笑みを浮かべた。


 典子はよく冷えた麦茶を持ってきてくれた。

「ところで、今日はどんなご用件でしたかしら?」

 ここからは、沢渕が一人で話す番だった。

「実はお父様に取り次いでもらいたいのです。忙しい議員さんだから、直接約束を取り付けようにもあっさり断られてしまいそうで」

「あら、そんなことありませんよ。父はどなたの話も親身になって聞く性分です。若い人にも喜んで面会すると思いますが」

 典子は自慢げに言った。

「でも、念のため娘であるあなたから、一言連絡を入れてもらいたいのです」

「分かりました、どのように伝えましょうか?」

「今から三十年前、小学校の増築工事で現場監督をされていた寺間誠一郎さんは、二人の人間を殺したのではないかと」

 途端に典子の顔が歪んだ。

「その二人とは、小学校の用務員を務めていた月ヶ瀬庄一氏とその娘みなみさんです」

「一体、何の話なんですか? あなたたちは一体誰なんです?」

 典子の怒声が部屋中に響き渡った。

「もう、帰ってください。でないと、警察を呼びますよ」

「もちろん、呼んでもらっても結構です。しかし警察は僕らの事情聴取をすることになるでしょう。そうなれば、僕は三十年前に起きた事件について全てを話すことになります。今、警察は小学校で見つかった白骨死体の事件を捜査中です。その真相が明らかになるのですから、彼らも大喜びでしょう。皮肉な話、警察は僕を褒め称えてくれるかもしれません」

 典子は一瞬にして黙ってしまった。それでも大きく息を吸って体勢を立て直した。

「とにかく、言いがかりはよしてください。何の証拠があって、父が殺人をしたなどと言うのですか? それに三十年前といえば、すでに時効が成立している案件でしょう。今更罪に問うことなどできないんですよ」

 典子はヒステリックに言った。

「確かにおっしゃる通りです。しかし真実を明らかにしたいのです。そうでないと、まったく無実の人間が罪を被ることになってしまう」

「父に会ってどうする気です? 殺人犯であることを認めさせようという魂胆ですか? 父は高齢で70を越えております。そんな老人をあなたたち若者が虐めようというのですか?」

「いいえ、そんなつもりはありません。ただ真実を話してもらいたいだけなのです」

「そこまで強気なら、証拠の一つや二つはあるのでしょうね。三十年前の出来事の証拠といったら、相当効力のあるものでなければならない。あなたたちにはそれが提示できるというのですか?」

 沢渕は言葉を失った。

 予想していたとはいえ、まだ確固たる証拠はない。全てが推論でしかないのだ。しかし待ってはいられない。時間がないのだ。

「証拠はカセットテープです」

 沢渕は平静を装って答えた。

「何ですか、それは?」

 典子はまるで興味がないと言った顔を浮かべた。しかしその仮面の奥は、果たして目の前の若者が何をどこまで掴んでいるのか探ろうという雰囲気に満ちていた。

「当時の箕島校長と用務員月ヶ瀬庄一氏を脅迫したテープです。あなたの父親は不慮の事故で亡くなった月ヶ瀬みなみを校長の車にぶつけて交通事故死に見せかけた。さらに誘拐を装い、身代金を要求したのです。それだけではない。みなみが生きているかのように亡霊の演出まで行った。その時手を貸したのは、あなただ」

 典子は黙って聞いていた。

「小学生だったあなたは、父親から妙なメッセージを録音するように言われた。自分が亡霊となって呪い殺すといった不可解な内容だ。あなたは何に使うか不思議に思ったはずで、今もその内容を覚えているはずです。

 テープには、亡霊を演じたあなたの声が記録されているはずです。さらにはあなたの父親が脅迫する声も入っているかもしれません。

 というのも、誘拐犯から電話が掛かっている時、何事もなくその場に姿を見せることで、自分が誘拐犯ではないという偽装工作ができるからです。電話を掛けて、テープを再生しておいて、決まった時間だけ二人の前に姿を現せばよい」

「それで、そのテープとやらは見つかったのですか?」

 典子は努めて他人事のような口調で言った。

「いいえ、残念ながらまだです。しかし必ず見つけ出します。きっと小学校の敷地のどこかに隠してあるはずだ。まもなく警察によって大規模な捜索が行われると思います」

「結局のところ、証拠はないに等しいようですね。全てはあなたたちの憶測に過ぎない」

 典子は勝ち誇ったように言った。

「どうぞ、お引き取りください」

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